《12ハロンのチクショー道【書籍化】》11F:TYPE=BLACK-3
『こんにちは。機嫌よう。本日はロンシャン競馬場より凱旋門賞の前哨戦、フォワ賞をお送りいたします。例年、言ってしまえば腑抜けたレースになることが多いフォワ賞ですが、今年は違います。當番組が放送枠を確保しているのが何よりの証拠。
競馬を見るならドーヴィルよりロンシャン。そんな貴方の考えは真実で正しい。どうも。実況のカウマスです。
さて、今年のフォワ賞は一味違います。まず出走頭數。まさかまさかの14頭。フォワ賞としては異例の出走頭數となっています。どうしてこんな事になっているのかと申しますと、端的に述べるならば外敵への対抗策でしょう。
敵とは誰か? 日本から來た侍達の事でしょうか? いいえ違います。ドバイの雄、ジェイク殿下率いるダーレー所屬馬セヴンスターズこそが我々が迎え撃つべき敵なのです。
そして今年のフォワ賞は。セヴンスターズ討伐へ名乗りを上げた歐州中の名馬達が、本番へ向けての予行演習として終結しているのです。特に我々フランス勢の熱気といったらかなりのものがあります。自國の看板を二年も預けているのですから、それも當然といった所でしょう。
解説はお馴染みこの人。シャンティイの怪人アランさんです』
『機嫌よう。どーぞよろしく』
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『アランさん。どうですこのフォワ賞。中々壯観ではありませんか』
『覚えに無いくらいの眺めだね。このレースにGⅠ馬が來ること自稀なのに、これだけ集まったからねぇ。毎年こうならレースのグレードが変わるくらいだよ』
『集まったGⅠ馬勝利馬は7頭。一昨年のアイリッシュチャンピオンステークス勝ち馬のビート。今年のジャック・ル・マロワ賞馬ダンクスメイ。昨年のムーラン・ド・ロンシャン賞馬ランドチュー。今年はこういったマイルからの參戦が多く見られます。
恥も外聞も無く言えば、本番のセヴンスターズへの包囲網でしょう。
さてそんな中でアランさん。注目の馬というとどの辺りになりますか』
『カウマス君は期待していなかったみたいだけどね、僕は日本のサタンマルッコを推すよ』
『ほうサタンマルッコ……あ、分かりましたよ。この馬、シャンティイに滯在してますね?』
『お、よく知ってるじゃない。普段から見る機會があってね。ちゃんと走れば今日のメンバー相手じゃ楽勝だね』
『ほう、強気に出ましたね。これはアランさん特有の逆張りですか? 皆さん要注意です。強気のアランは低めに見積もれ。努々お忘れなきよう』
『へへーん。後でみとけよー?』
『しかしサタンマルッコ。前走サンクルー大賞を大きく出遅れて敗戦。なんとゲートから4、5秒出なかったそうですね。
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私はこの馬は、昨年も渡歐してきたクエスフォールヴのラビットだと見ていたのですが、どうなんでしょう。まあラビットと言っても勝ちに行くタイプのペースメーカーだとは思うのですが』
『ペースメーカーとしての役割は持っていると思うよ。この馬はかなり激しいペースで逃げる馬なんだ。ここ數十年は居なかったタイプだね。恐らくレース自が高速化したとき、クエスフォールヴに対して有利に働くんだろうね』
『では今日も逃げると』
『恐らくはそうだろうね』
『しかしロンシャンの厳しいコースを逃げ切ることが出來るのでしょうか』
『ふっふっふー。そこはシャンティイが誇る坂で調教を積んだ馬だからね。僕は勝算が高いと見ているよ』
『ほーう。ではその辺りを注目していきたいところです。ちなみに私の発言が日本馬に対するヘイトスピーチであるように聞こえたかもしれませんが、そんなことはありません。何故なら私は彼、サタンマルッコに謝しているのです。
気難しい年頃になったウチの娘。ここ最近全く口を利いてくれなかったのですが、サタンマルッコ號の寫真を見せたら話をしてくれるようになったのです。恐らく、私は歐州で一番日本の馬を応援しているアナウンサーでしょう』
『そ、そう。大変だね君も』
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『ええ。そうですとも』
この番組の司會者、隨分いい加減でブッ込んだ話するなぁ。日本じゃ考えられん。
廄舎の事務所でくつろぎながら、意外にも語學堪能な須田はウェブラジオのフランス語放送を聴きながらそう思った。
「やっぱ日本のにするか」
チャンネルを変えると耳に慣れた言語が聞こえてくる。
《競馬放送特別編。本日は世界の競馬、フランスはロンシャンよりフォワ賞をお送りいたします。
例年にない超ハイレベルの前哨戦となりましたGⅡフォワ賞。
統書に黒太字(ブラックタイプ)の文字を刻む権利を持つ國際GⅠ勝利馬が7頭。
最早GⅠとなんら遜のない、或いは時代によってはこれが凱旋門賞と謳っても文句の無い、歐州が誇る名馬達が揃いました。
そしてその中を、日本が誇る黒太字(ブラックタイプ)サタンマルッコが戦います。
まもなくパドックへ出走各馬が姿を現そうかというところでございます――》
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「お疲れ様です。小箕灘サン」
「おうお疲れ。どうだ調子は」
「私ならいつでも絶好調デス。マルッコは……うん。いつも通りですね」
爽やかな気のロンシャン競馬場。すっかり慣れた挨拶をこなしながら、クリスは相棒の首をでた。
「空輸の時も思ったが、ここまで輸送にじないとそれはそれで心配になるな。野生を失いすぎている」
「期待されていた事でしたガ、帯同馬すら不要でしたからね」
あくびをしながら宙を舞う蝶の行方を追っているマルッコは自然……を通り越して若干眠そうだ。もうそろそろパドックに向かう時間だというのに、これでいいのかと小箕灘はヤキモキする。
「中にったら変わりますよ」
「そうだといいんだがなぁ」
また出遅れは勘弁してくれよ? と力なく笑う。
二度は無いだろう。クリスは思う。韜晦しているが、マルッコはロンシャン競馬場にってからし神経質になっている。張の前段階だ。レースに対して意識が向いている証左でもあるだろう。
「確認しておくぞ。マルッコを除けばGⅠ馬は6頭。それぞれにペースメーカーや風除けがついていると思えばいい。恐らく中団に塊を作って本命は後ろで待機だ。やることは分かるな?」
「ぶっちぎりマス」
「そうだ。鈴がついても気にするな。今日のメンバーにダイランドウよりテンのいい馬はいない。出來ても追走くらいだ。そしてにわか仕込みの逃げ馬なんぞ……」
「マルッコの相手じゃないデス」
「よし。見せ付けて來い」
「ハイ」
ちょうど戻ってきたクニオが時間を告げ、人馬は戦場へ向かう。
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やはり今日は隨分と周囲を気にしている。
パドックを経て馬道を経由。馬場に出たマルッコの背に揺られながらじた変化だった。
そういえばミーシャは観に來てくれているだろうか。パドックではそれらしい影を見かけなかったが……と考えて気付く。
マルッコが周りを気にするのは、背中の自分が落ち著かないからだと。
馬は背中にる人間の気配に敏だ。そんな基礎的な事にさえ思い至らない辺り、どうやら自分も張しているらしい。
前回の出遅れ。二度は無いミスだが、いざ本番ともなると力みも出よう。
「ひんっ」
「ん?」
キャンターからギャロップ、準備運を終えスターティングゲートへ向かうマルッコが小さく吼えた。激勵だろうか。首筋をでて応える。
スタンドを見やる。パドックからじていた事だが、なんとなく日本馬ということでマルッコは軽く見られているように思う。日本の馬がどこまでやれるかお手並み拝見。そんな上からを見た下卑た空気。
「君は慣れているのかな、こういう視線や空気に」
羽賀というローカルな競馬から中央の競馬へ。そして日本というローカルな競馬からフランスの競馬へ。挑戦者を迎える立場という優越。似たところがあるのかもしれない。
故に。
「風を開けてやろうじゃないか。常識はいつだって変化しているのだと」
「ぶるるっ」
任しておけ。任せたぞ。そんな聲が聞こえた気がした。
ファンファーレのない発走前に違和を覚える程度には日本競馬に慣れてしまった。
乗りからゲートへ収まる間に考えていたことだ。マルッコも拍子抜けしたように首を傾げた雰囲気がある。
広い場所から狹い場所へ。馬は本能的に狹所を嫌うがマルッコにそれは無い。今日は⑬番ゲート。かなり外になった。
ロンシャンの競馬場は構造的にはUの字形の素直な右回りコースだ。故に枠はコーナーり口に近く、日本競馬の原則に近い枠の有利さが存在する。しかしそれとて、絶対のスピード差の前には無力だ。テン(スタート)の――特にスタート直後2ハロンの勝負でこの馬に勝てる馬など存在しない。その事を、この會場にいる他陣営、観衆は知らないのだ。
偶數番號が収まる。間もなくスタートだ。下のマルッコが発走勢にっている。今日は大丈夫そうだ。ゲートに集中する。
軋む音。今ッ!
絶好のスタート。
日本での走りを見て分かっていた事だが、橫田さんはスタート直後にいつもこんな景を見ていたのか。一頭だけフライングしているようなものだ。橫に並ぶ馬がいない。一頭既に突き抜けている。
400mを通過。コーナー前の上りに差し掛かる。後方を確認。6馬はある。へ寄せていく。ここを上れば後は下りだ。上り坂で自然とペースが衰えるが今日は攻める。
でテンの3Fは33秒前半。後ろの馬とは10馬程差が開いている。この馬に鈴を付けねばならない馬が哀れだな。坂の上りでこの差を埋めに來なくてはならないのだから。
上りきってまた暫くの直線。コーナーが見えてきている。後ろのラビットは5馬程に寄せてきている。全く問題にならない。あんなところで力を使って最後まで走りきれる程ロンシャンは甘いコースではないと散々言っていたではないか。
直線が終わりカーブのり口。1000mを通過。通過は57秒臺半ば。58秒は越えていないだろう。傾いたコースのついでに後方を確認。ラビットまでは5馬。その後ろ更に20馬程離れて後方集団。
ぬるい。
今までそんなことを考えたことも無かったが、日本の競馬、そしてマルッコという馬に出會って改めて認識したことがある。
歐州の騎手、並びに競馬関係者はコースに対する信用が高すぎる。高低差が大きく整地された路面でないコースは、なるほど確かに厳しいコースではあるだろう。だがそれは逃げ先行馬に対して絶対的なスタミナ切れを齎すではない。見方を変えれば、上った分だけ下るのだ。そこで息をれたなら、生まれるのはポジションによる優位のみ。先に行った馬が必ず潰れるというのは幻想であるし、妄信したとなれば最早怠慢だ。
そして今ここに、悪路や激坂をともしない、息のれ方が上手な、図抜けたスタミナを持つサタンマルッコという馬が単騎で逃げている。
ここからフォルスストレートまでは12秒で刻む。下り坂ゆえに力が要らない。賢いこの馬は息のれ所だと分かっている。ペースを維持しながら長く呼吸を整えている。
1600m通過。フォルスストレートに一頭だけ先にる。差は全く詰まっていない。ぶら下がっていたラビットがずるずる後退している。限界をじて息をれ始めたらしいが、全く役目を果たせていない。
メインストレッチまで続く600m強の直線。ここから先は勾配が緩やかになる。日本でいう京都競馬場に近い。
まだまだリードはある。この區間でさらに息をれる。ペースをし落として12秒2を3つ。
フォルスストレートの終わり際、馬群の迫る足音。ようやく後ろが上がってきた気配がする。リードは15馬。カーブを曲がる。直線だ。
彼方にむメインスタンド。緑一面の芝。視界が滲む。
先頭を走っていたはずの俺達の前に存在する馬群。
鞭を持った自分の姿。
悸がする。
振り上げたそれを、俺はセルクルに……
「ヒンッ!」
「――っ!」
意識が現実に戻る。
緑のターフには何者も存在しない。
俺たちが先頭だ。
俺は誰だ。サタンマルッコの騎手、クリストフ=ユミルだ!
マルッコに鞭など要らない!
まだゴーサインは出さない。引き付ける。
なるほど後続馬達は名なのだろう。フォルスストレートからペースを上げ、直線でもまた更に差をめてきている。殘りは350m程。いよいよ10馬に迫ろうかというところ。
意思の伝達。マルッコは待ちかねたと言わんばかりに馬を弾ませた。
スタンドから歓聲が聞こえる。いや、悲鳴か?
意地悪な気持ちが湧き上がる。そうだ、もっと喚くといい。この差はもうまらない。
最後の一び。後続を更に引き離して、ゴール板を一番で駆け抜けた。
「ぶるヒイイィィンッ!」
舐めんじゃねぇぞ。怒號を飛ばす観客に対し、そう言わんばかりにマルッコが吼えた。
左手を高々と上げる。
俺達の勝ちだ! 凱旋門賞(わすれもの)を俺は獲るッ!
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《サタンマルッコ先頭! これは大楽勝! 今、日本のサタンマルッコ一著でゴールインッ!
見たか歐州ッ! 逃げるとはこういう事だッ! これが日本のダービー馬だッ!》
「よぉぉぉしよしよしよし! 勝った! まずは勝った! 大河原(たくや)ぁぁ! 勝ったぞぉぉ! まるいのが勝ったぞぉぉ!」
同時刻、日本、須田廄舎はサタンマルッコのフォワ賞勝利に降って沸いた。
小半時、喜びを分かち合い、PCの前まで戻った須田。興から未だ顔が赤い。
「お、そろそろインタビューでもやってるかな。フランスの方で聞いてみるか」
無関係のニュース番組になっていたチャンネルを変える。
『あくまで今日のレースは前哨戦だったと思うのですが、このような走りを見せてしまってよかったのですか? 本番では一層マークが厳しくなると思われますが』
スピーカーからフランス語の質問が流れる。みどおり、ちょうどインタビューが始まっていたらしい。
記者の質問に対して、し遠いところで日本語の回答が聞こえた。初めから通訳を通した言葉を放送するつもりなのか、話している小箕灘の聲は聞き取れない。やがて翻訳者が喋り始める。
『我々は勝利を盜みに來たわけではありません。奪いに來たのです』
おや? と思った。コミさんにしては隨分勇ましげな発言だ、と。
『ところで、お集まりの皆様は勝負が面白くなる鉄則をご存知だろうか。
それは、相手がどれだけ本気かどうかです。
我々の本気は既に示した。ラビットでもなんでもつけるがいい。日本の競馬を見せてやる。
どこからでもかかってきなさい』
「コ、コミさん何言ってんのぉ!?」
それが誤訳をこえた超訳である事を知るのは、もうし後の事であったという。
いつもお読みいただきありがとうございます。
本日2回目の更新です。明日は恐らく12時の1回だと思います。
以下エクストリーム超訳の原文です。
ちなみに翻訳にいれてもああはならないのであしからず!
(我々は堂々と勝つためにきました。こそこそと盜むように勝つためではありません。
我々が本気であり、クエスフォールヴのラビットではないことを皆様に知っていただくため、本日はこのような騎乗を指示しました。
我々は本番でも先頭を走るでしょう。そして勝利を目指します。
それが、この馬の走りであるからです。
あとは、本番でどれだけこの馬の実力を見せられるか、そういったところだと思います)
翻訳者:ははーんなるほどね(うんうん。訳知り顔)
たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)
【書籍版①発売中&②は6/25発売予定】【第8回オーバーラップ文庫大賞『銀賞』受賞】 夜で固定された世界。 陽光で魔力を生み出す人類は、宵闇で魔力を生み出す魔族との戦爭に敗北。 人類の生き殘りは城塞都市を建造し、そこに逃げ込んだ。 それからどれだけの時が流れたろう。 人工太陽によって魔力を生み出すことも出來ない人間は、壁の外に追放される時代。 ヤクモは五歳の時に放り出された。本來であれば、魔物に食われて終わり。 だが、ヤクモはそれから十年間も生き延びた。 自分を兄と慕う少女と共に戦い続けたヤクモに、ある日チャンスが降ってくる。 都市內で年に一度行われる大會に參加しないかという誘い。 優勝すれば、都市內で暮らせる。 兄妹は迷わず參加を決めた。自らの力で、幸福を摑もうと。 ※最高順位【アクション】日間1位、週間2位、月間3位※ ※カクヨムにも掲載※
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