《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》14◇邂逅

師と出逢った日のことは忘れられない。

まだそう日が経っていないこともあるが、そういう問題ではないのだ。

人生には、忘れられない出逢いというものがある。得難い存在というものがある。

その後の人生、ことあるごとに脳裏を掠めるような、魂の一部のような記憶と存在。

ヤクモにとっては、妹との出逢いに匹敵する衝撃だった。

「おいおい、こりゃあなんだ」

魔獣の群れに村落が襲われた。

常日頃から生き殘ることを考えていた村落は、外に大きなを掘ったり、急避難場所として地下壕を作っていた。

だがそれも一時しのぎでしかない。

しのいでいる間に誰かが魔を倒さねば意味が無い。

その村落には、ヤクモとアサヒしか戦える人間がいなかった。

正確な時間は分からない。それでもでは、七日程。

二人は不眠不休で魔獣を狩り続けた。

そして。

「お前らがやったのか? たった一組で?」

その時はヤクモもアサヒも神が限界まで磨り減ってた。

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聲をした方に目を向けるより先にく。

の人間なら、青い隊服を著ている筈。

そして壁外に追いやられた人間にしては聲が明るすぎる。

ならば魔人かもしれない。

斬らねば。

そうしなければ、みんなを守れない。

自分達が負けてしまえば、それは家族の全滅を意味する。

「威勢がいいのは嫌いじゃあねぇ。それはそれとして、だ――落ち著け(、、、、)」

意味が分からなかった。

ヤクモとアサヒは、練の領域守護者でさえ命を落とすことがあると言われる魔人だって倒したことがある。三日三晩戦い続け、命を落とす寸前だったが、倒したのは事実だ。

だというのに、何も見えなかった。

何も出來ないまま、地面へと叩きつけられた。

「よぉく見ろい。あたしゃあお仲間だっつの」

そのは、和裝をしていた。

肩に掛からない程度の黒髪。漆黒の太刀を擔いでいる。

「はっはぁ。鳩が豆鉄砲喰らったような目をしてんじゃねぇよ。信じられねぇならカァカァ鳴いてやろうか?」

「…………ヤマト、の」

「おう。正真正銘ヤマトのよ。理解したかぃ?」

ヤマト民族の《導燈者(イグナイター)》と《偽紅鏡(グリマー)》なんて、自分達だけだと思っていた。

でも、聞いたことがある。

信じはしなかったが、家族の誰かが言っていたことがあるのだ。

領域守護者の中でも最も能力の高い七組。

その七組の価値は、人のにして模擬太に匹敵すると言われる。

一組で模擬太一つと並ぶ、人類の至寶。

魔人はおろか、魔王にさえ屆くとされる彼ら彼らは、希を込めてこう呼ばれる。

夜を明かす者――《黎明騎士(デイブレイカー)》と。

その第三格が、ヤマト民族のコンビだというのだ。

世界で最も無価値な民族出の、世界で最も価値の高い戦士。

そんな妄想みたいな剣士は《黎(くろ)き士(さむらい)》と呼ばれているらしい。

確か名前は――。

「あたしゃ雅(みやび)。赤座(あかざ)雅だ。こっちは千代(ちよ)。よろしくさん」

……実在したのか。

だが、彼は第七人類領域《エデン》にいる筈。

「おいおい、どれだけ貧しかろうと心までそうなっちゃしまいだぜ? 名乗られたら名乗る。基本の禮儀を忘れちゃならねぇよ」

言われて、ヤクモは立ち上がり、警戒心を殘しつつ名乗った。妹の名前も。

「ヤクモにアサヒか。覚えたぜ。んで聞きたいんだが、あん中にどんだけ生きてる?」

村の中のことだろうか。

訝しみながらも、教える。

「マジかい。數十人規模の村落がまだ殘っていたたぁ驚きだ。それをなんだ、もしかしてお前さん達だけで守り抜いてきたってのか? いつから」

「……十年くらい前から」

その瞬間のの顔は、どこか痛快と言えた。

余裕たっぷりのそれから、驚愕に染め上げられる顔。

そして、気持ちがいいくらいの大笑。

「は! ははははは! うっそだろ! なんだそりゃあ!」

腹を抱えて笑い出すに、妹が気分を悪くした。

『いきなり現れて、何が楽しくて笑っているんですかね』

「お前ら――すげぇじゃねぇか!」

「――――」

『――――』

二人揃って、固まってしまう。

だって、そんなことを言われたのは初めてだった。家族の皆は子供二人に戦いを任せるしかない負い目から、二人に謝こそすれ戦う姿を褒めたことは無い。

それが嫌なわけではなかった。

でも、ミヤビの言葉が嬉しくなかったといえば噓になる。

「いいね。気にった。いやぁ、しばらくこっちに居るってんで、蒼のクソ共をしばいて同族の居場所を聞き出した甲斐があったってもんだ。まさかこんなもん見っけられるとはな」

「な、にを」

「チャンスをやる」

それは、契約だった。

「お前ら領域守護者になれ。この《黎き士》様のコネで隊試験はけさせてやる。白一択だけどな」

「りょういき、しゅごしゃ?」

それが何を指すかは分かる。

だが、自分達がそれになる?

『わたし達を見捨てた奴らと同じ職に志願しろと? この何を言って――』

「一年やる」

ミヤビはを張って言った。

「こう見えて懐はあったかいんでね。お前らと家族(、、)全員、きっちり面倒看てやるとも。つってもこんな大所帯となると一年が限界なもんで、その間に結果を出してもらわにゃならんが」

それはつまり、壁の側に家族を連れて行ってくれるということだ。

一年。一年で何かしらの果を上げれば、それ以降も壁の側で過ごせるようにさせてあげられるという話なのだろう。

明らかに怪しい話。

でも、ヤクモはの話が噓ではないと思った。

だって彼は、こう言ったのだ。

『家族』と。ヤマト民族の現狀を分かっているのだ。世界に捨てられた者同士が共に暮らし、互いを家族のように慈しんでいると。彼は紛れもなくヤマトの民だ。

「ここで命盡きるまで戦うってんならいいぜ、尊重する。だが夢を見るってんなら、希くらいは出してやってもいい。どうする?」

この時、は自分の目的を言わなかった。

わざとだろう。

でも、そんなことはどうでもよかった。

人生で初めて垂らされた、救いの糸なのだ。

これを逃せば次は無いとさえ言える。

答えは一つ。

「行きます。アサヒとなら、どんなことでも出來る」

『…………うぅ、そんなこと言われたら反対出來ないじゃないですか』

「いい返事だ」

ニカッと、は楽しげに笑った。

それが、師との出逢い。

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