《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》23◇綺麗

ネフレンは一週間の謹慎となった。

訓練生の分であることが考慮された結果だが、校初日に謹慎処分とはある意味で厳しい。

兄妹の場合は班長でもあるスファレや他のメンバーが自分達も支持した作戦であると証言し、ネフレンと同じ《班》の人達が酌量を嘆願してくれたこともあり、祿――報酬――が僅かに減らされるだけとなった。

助けられたからいいものの、訓練生の全員が英雄的に行をしては問題。そういった前例を認めるわけにはいかない。

表面上は罰しなければならないというのは、ヤクモにも分かる。

二人で戦っていた時とはもう違うのだ。

そんなことがあり、翌日。

「お晝休みですね、兄さん」

座學の授業が終わり、教が退室する。

訓練生らも次々に立ち上がり、教室を後にしていた。

「そうだね」

妹の聲に応えつつ、ヤクモは落ち込んでいた。

座學はあまりにも難しく、魔力作や魔法関連の実技は散々だった。

後者はともかく、座學の方は努力でどうにか出來る問題だ。

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今日から勉強の時間を増やそう……と誓うヤクモだった。

相変わらずヤマト民族に対する風當たりは強かったが、ネフレンとの決闘があったからか聞こえよがしの口はほとんど無くなった。

聞き咎められて決闘を申し込まれるのは嫌、ということかもしれない。

「おつかれさまです。あの、私、サンドイッチ作ってきたので、よろしければ……」

一緒に授業をけていたモカが控えめに會話にってくる。

その目許は赤く腫れていた。

余程心配だったのか、兄妹が帰宅した時には泣きながら迎えられたのだ。

「わたしも手伝ったんですよ。兄さんはわたしが作ったものを食べてくださいね」

「は、はいっ。そうなんです。アサヒさまにも手伝っていただいて」

すすす、と視線を逸らすモカ。

嫌な予がする。

「どこで食べようか」

食堂を利用出來るのは《導燈者(イグナイター)》だけだ。

《偽紅鏡(グリマー)》は各自自分で調理するという都合上、自室へ戻っていることだろう。

そうしてもいいが、それではモカに申し訳がない気がする。

外で食べることを前提に、あらかじめ用意してくれたのだろうから。

教室を出て、ぼんやりと窓の外を眺めていると、聲がした。

「あそこ、校庭の端に大樹が見えるでしょう。オススメよ。葉れの音が耳に心地いいの」

「あ、そうなんですね」

「よければ一緒にどう?」

「えぇ、是非……ん?」

自分は誰と話しているのだろう。

気づけば橫にラピスがいた。

瑠璃の麗人にして學ランク第九位の《導燈者(イグナイター)》だ。

相棒を連れている様子は無い。

おそらく弁當箱だろう、自分の髪と同じのランチクロスに包まれたそれを手に持っている。

「ラピス先輩」

「えぇ、あなたの予想通り自分の髪と瞳のが大好きなラピス先輩よ」

「そんなことは思ってないです」

「そう。てっきり『自分と同じのランチクロスを使うとか自己ヤバすぎかよ』なんて思われているものだと」

苦笑しつつ、首を橫に振る。

「まさか、綺麗なじゃないですか」

ラピスは薄笑みを一度消し、真顔になった。

「わたし今、口説かれているのかしら」

「あ、いえ、すみません! 違うんです」

慌てて誤解を解く。

ヤクモは普段、家族に対して思ったことをそのまま言う。だから、家族以外の人に対するそれがどのようにけ止められるかがまだよく分かっていなかった。

「違うのね。つまりわたしはあなたの何気ない一言を口説き文句と勘違いした愚かなということかしら。非常に申し訳なく思うわ。愚かな勘違いでごめんなさい」

――や、やりづらい!

「そんな風には思っていないですから!」

「じゃあ、先程の発言の意図は何? よもや、純粋にしいとじたなどとは言わないでしょう」

「……えぇと、純粋にしいと思っただけ、ですけど」

ラピスはしばらく無表で黙っていた。

ヤマト民族にを稱えられるのは不愉快だったりするのだろうかとヒヤヒヤする。

「ということは、よ。あなたはわたしの髪も瞳も、しいとそう思ったということ?」

「そう、ですね」

「それは先輩に対する社辭令ではなく?」

「そういったものには疎くて」

なにせ周囲に家族しかいなかった。ヤクモなりの敬意の表し方こそあれど、そこに噓を吐いてまで褒めることは含まれない。

「生本能を刺激されるという意味合いは含まず?」

真顔で言うものだから反応に困った。

ではのこういった発言も普通なのだろうか。分からない。

「はい、含まずです」

平靜を裝って答える。

「寒々しいとは思わないわけ?」

「寒々しい?」

そんな風に、言われたことがあるのだろうか。

ヤクモ達が、ただ黒い髪と瞳をしているだけ汚らわしいと言われたように。夜を連想させるからと、殘飯を貪るからと、夜などと蔑まれたように。

ならばと、ヤクモは改めて、そして先程よりも気持ちを込めて言う。

「はい。男も上下も関係なく、ただ綺麗なだなと思います」

「そう。そうなのね。よくわかったわ」

は薄笑みを浮かべようとした、のだと思う。

上手く表の形が出來なかったのか、がくにくにと歪むに留まる。

「変ね。一応説明しておくと、わたしは今最高の作り笑いと共に謝の言葉を述べるつもりだったのよ」

「なるほど」

頷いたものの、よく分からない。

は不思議そうにに手を當て、頬をり、それから得心がいったのか、皿にした手に拳を落とす。

「理解したわ。わたしは表を作るまでもなく、本心から喜んでいたようなの」

「はぁ……」

ならば普通、自然と笑みがれるものではないだろうか。

「というわけで、ありがとう。ヤクモ、あなたの言葉はとても嬉しかったわ」

「いえ、どういたしまして」

「それでは気を取り直して、食事に行きましょう」

「あ、はい………………ん」

何かおかしくないか?

「あれ、二人は?」

モカはともかく、兄がと口を利いてこんなにも妹が介してこなかったのは初めてだ。

ラピスの獨特の空気とインパクトに気圧され、そのことにさえ気が回らないなんて。

いや、介の是非はともかく、妹とモカが消えていることは大きな問題だ。

「あら、今頃気づいたの? あなたと會話するにあたって邪魔になりそうだったから席を外してもらったわ」

ラピスが力無げに手を叩くと、それは現れた。

青い服に、白いエプロン。訓練生の制服ではない。

銀の長髪をなびかせ、頭には白いカチューシャ。

「うちのメイド兼《偽紅鏡(グリマー)》よ」

「イルミナと申します。ヤクモ様。主(あるじ)の命とはいえ、貴方様の《偽紅鏡(グリマー)》を拘束したことを深くお詫び致します。何卒ご容赦を」

イルミナの足元には鎖でぐるぐる巻きにされ、猿ぐつわを嵌められたアサヒとモカがいる。

モカは涙目で、アサヒは怒りの表を浮かべている。

「……ラピスさん」

「なにかしら、わたしを純粋にしいと褒めてくれたヤクモ」

ぴきっ、と妹の眉がく。

……後で面倒なことになりそうだ。

「次からこんなこと、しないでください」

「そうね。あなたの大切な人間なのだものね。以後気をつけるわ。約束する。もし怒っているなら、出來る限りの方法で許しを乞おうと思う。とはいっても、今のわたしに渡せるものなんて……あ、パンツでいい?」

「要りません」

「そうよね。わたしとしたことが失言だったわ。あなたのことを何にも分かっていない、考えていない、無配慮な発言だったと認める」

「いえ……」

「だってそう、上下セットでなければ意味ないものね」

「そういう問題じゃないです」

いよいよもって暴れだす寸前の妹を気にも掛けず、ラピスは神妙な顔をする。

「……ヤマトの男がそうなのか、あなた個人がそうなのか、わたしには知るがないけれど、どちらにしろわたしに二言は無いわ。えぇ、覚悟を決める。靴下を含めた三點セットを所するならば、今すぐ全部いでお渡しするわ」

「………………」

「と、ここまで全て乙のジョークなのだけど、いかがだったかしら?」

――いかがも何も、反応に困る以外の想が無い!

「取り敢えず、ジョークでよかったです」

「そう。十年間溫め続けてきて抱腹絶倒必至との確信を得た會心のジョークだったのに、あなたはそれを失笑ものだと評するわけね」

「……それもジョーク、ですよね?」

「さすがはヤクモね。その通りよ。ところで立ち話もなんだし、そろそろ食事に行かない?」

「あ、はい。……でもその前に、妹とモカさんを放してやってもらえますか?」

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