アカツキはこれまでヤクモに心はしても、好は抱いても、親近をじても、驚愕だけはしなかった。

意表を突かれることがあっても、心のどこかに余裕があった。

自分の方が強いという確信が揺らぐ程のことではなかったからだろう。

アークトゥルスとの対峙を邪魔立てされたのは厄介にじたが、それだけ。

経験と機転。それがヤクモの強み。

黒點化による進化はその強みを拡張したものに過ぎない。有用だが、彼らの力の本質はそこにはない。

加えて言うならば、実力に対して能力の練度が低い。

普通の戦士が一割以下魔法三割程度の力しか発揮出來ないとすれば、ヤクモはに限り七割から八割程。対して赫焉を魔法に例えるなら四割か五割といったところか。

並の戦士では歯が立たないだろう。彼の思考力も併せれば強者とも渡り合える。

だが。

その応用力で誤魔化してはいるが、アカツキから見ればと赫焉のきが連していないのだ。

に近いものならばまだしも、距離を隔てる程に度が下がる。彼に限って修練を怠るということはないだろうから、目覚めたのは最近なのだろう。

赫焉の粒子作という點で、理想のきを再現するまでに至っていないのだ。

努力の人だからこそ、努力する時間が足りなければ結果は出ない。當たり前のこと。

だというのに。

『アカツキ？』

不安そうな聲。

アカツキとヤクモの間に広がっていた、絶的なまでの戦力差が。

今この瞬間にも急速にまってきている。

全を利用した刺突は、眼前に迫ったところで外側の刀が弾け粒子となってアカツキの視界を阻害。そのまま突っ込んできたのは、ヤクモの全を覆っていた鎧だけ。

本は目くらましを利用してアカツキの背後に迫り、アカツキが鎧を斬ったタイミングで斬撃を降らせたのだ。

その振り下ろしをすんでのところで防いだアカツキだったが、無傷では済まなかった。

脇腹がわずかに裂かれる。

ヤクモは振り下ろしが防がれた頃には、赫焉粒子によって作り出した小刀をアカツキの腹部に突きれようとしていたのだ。

咄嗟にを逸して直撃は免れたが、姿勢が崩れて防が維持出來なくなる。

再度降下を再開する斬撃を、アカツキは捌かない。

先程目くらましに使われた粒子が青年を捕らえようと蠢くようにして接近してきたのに気づいたからだ。

捕まえるのが最上だろうが、そうでなくともそれを止める魔力を捻出させればアカツキの殘存魔力を削ることが出來る。

青年としては回避一択。この場合は、選んだのではなく選ぶよう仕向けられたのだ。

アカツキが飛び退ったことで振り下ろしのエネルギーが下方に向かって流れてしまうが、ヤクモはそれに抗わず中空でを回転させる。

の前半分が天に向く勢になった瞬間、壁のように発生させた赫焉を曲げた腕で突き、加速。

回避行を選んだアカツキを上回る速度で彼の両足蹴りが飛んでくる。

彼の予想接近時間を瞬時に判斷。が流れる中でも剣での迎撃は可能。

だが予想が外れる。

棒が出現した。槍の柄のような、何の特徴もない棒が中空に浮かぶ。棒の両端はヤクモにもアカツキにも向いていない。どちらからも棒が一本の線に見える狀態だ。

くいっと。

ヤクモが足をわずかに浮かせ、棒の上部を下半が通過。

する直前。

膝が曲げられ、膝裏と棒が接。ぐるんっとが半回転。

今度は彼の上半がこちらを向く。

何かが投げつけられる。いや、投擲された。

一瞬で數本、數瞬の間に更に複數本。

――赫焉粒子製の棒手裏剣か。

一連の行は小刀を解し棒手裏剣に再構築しているのをアカツキに『見』せないようにする為のもの。

初見の攻撃を事前報なしに放つことによってアカツキの虛を突こうと考えたのだろう。

しでも思考時間を削ろうという魂膽。

そこまでしても、アカツキには対応可能。

冷靜に棒手裏剣を剣で弾き――後悔。

それはただの棒手裏剣ではなかった。

正確にはただの棒手裏剣だけではなかった。

『両斷』を纏い、その上から粒子を被せられたもの。

非実在化が施されたもの。

全三種類が剎那のに九本投擲されていたのだ。

――明らかに、運用レベルが先程までと違う。

天才になったわけではない。

まるで、無理やり能力を十割まで引き出しているかのような。

ヤマトで言うところの、火事場の馬鹿力が近いだろうか。

全ての行に全全霊で臨む人間はない。いないといっていいだろう。

必要がないし、疲れるだけだ。

人間のにも同じことが言える。常に全力など発揮していたら筋が耐えられず力も持たない。

運用の効率が著しく低下する。

だから、無意識のに最適化されているのだ。

逆に、極限狀態に置かれた時、その狀態に無意識がを最適化することがある。

ヤクモのこれも、おそらくその類。

彼の思考が常時よりも加速することによって、と赫焉の作にかかるロスを補っている。

驚くべきは、彼がその狀態に戸っていないこと。

「お前、これが初めてじゃあないんだな」