――もったいなかったな。

自分の判斷を疑いはしないが、それが本音だった。

ヤクモの狀態は何も彼固有のものではない。

アカツキは俗に言う天才とそれ以外の違いをこう考える。

再現だ。

天才を天才たらしめる何かは、當人以外に再現出來ない。到達出來ない。理解出來ない。

その點、ヤクモも自分も天才でないのは明らかだ。

も、技も、狀況判斷も、『経験』によって獲得したものに過ぎない。

先程までのヤクモの狀態さえ、珍しくはあるが天稟の類ではない。

だからこそ、得難い。

アカツキが惜しんでいるのは、あれ(、、)が意識的に踏み込める領域ではないと知っているから。なくとも、ほとんどの人間にとって。

火事場の馬鹿力をたとえに出したが、元々長く続くような狀態ではないのだ。火事場を過ぎれば、自分がしたことさえ信じられなくなるような、幻のような一瞬。本來はその程度のもの。

ヤクモは極度の集中力でその瞬間を持続させたが、アカツキが戦闘を放棄したことでそれを途切れさせてしまった。

彼が追いついてくる頃には、もうあの狀態はめまい。

水底に向かって深く深く潛っていたところで、呼吸を思い出したように。浮上してしまっては、潛水中の覚や景は摑めない。再び潛ろうにも、もうそこに水はない。泡沫の如く消えるのみ。

『アカツキはヤマトに甘すぎ。どうして斬ってこなかったの』

ヤクモ組を箱に閉じ込める前に、彼らを殺せたのではないかとミミは言っている。

「ヤクモはきっと反応したさ」

『でも殺せたでしょ』

どうしても必要ならばしただろう。ヤクモ側も同じように手心を加えているなら別だが、あちらは本気。こちら側が殺意を覗かせたとて、彼は話が違うなどと言って恨みはしない。

「殺すまで(、、)が問題だ。きっと楽しくて、任務を忘れてしまう」

パートナーの呆れる聲が脳に染みる。

『……ありそう』

斬り込むことは出來た。彼を殺す斬撃を放つことは可能だったのだ。

だが、それで殺し切れる確信が持てなかった。アカツキにしては非常に珍しいことではあるのだが、仕方のないことでもある。あの狀態のヤクモは、力量が絶えず変していた。一瞬ごとに強さが更新されている、とでも言えばいいか。

対処されるかはともかく、反応される可能は大いにあった。

次の一撃が必要になってしまう。

それでは結局時間が掛かる。

時間が無いから決斷を下したのに、意味がない。

アカツキ自としてはあのままヤクモとの戦いを楽しみたかったが、それを許す狀況ではない。

ランタンは機械人形(ゴーレム)の起に功したようだし、地上は任せてもいいだろう。

ヤクモの赫焉粒子は地上に留めてある。者の許に戻るまでに多の時間が掛かる。

最優先はやはりアークトゥルス。

そう判斷しての離。

剣の形狀を元に戻す。

魔力攻撃の雨を防いだ彼は、その後も魔力を練っていた。

當たり前のようにやっているが、魔力爐能では表せない異常だ。魔力爐能と言われる時、一般的には『生力』『貯蔵量』『出力』などを併せたものを指す。あるいや暗闇に曬されて活発化した魔力爐が、どれだけの魔力を『作り出せる』か、そしてそれをどれだけ『に留めておける』か、またどれだけ『一度に放出可能』か。

『生力』が高くとも『貯蔵量』がなければ意味がなく、どれだけ魔力を作って溜められても『出力』が低ければ量ずつしか魔力を外に出せない。

アークトゥルスは全ての數値がずば抜けている。

大量に作り、大量に留め、大量に放出出來る。

ただし、人間レベルを越えていた。

高位の魔人にも比肩しうる魔力爐は、彼本來のものではないだろう。

「伝説の検証だ」

アカツキは無防備にも見える前進でアークトゥルスに薄。

彼は魔力を使わず、剣を構える。

『ケーカイされてるし』

あれだけ『吸収』を見せればそうもなる。

「そので剣勝負は厳しいんじゃないか」

反応は良いが、がでは限界がある。

接の寸前で宙を蹴ったアカツキは彼の頭上を通り過ぎるように移、頭が地上に向いた勢からアークトゥルスの背中を切り上げる。

「――……っ」

『うわ』

「……実際目の當たりにすると、妙な気分だな」

その背中は確かに切り裂かれた。があり、服ごとそのは裂けた。

だが、彼は怪我を負わなかった。

裂かれた服はそのままに、だけがまるで無かったことのようにを曬している。

剣についたさえ、既に消えていた。

「傷をけないって聞いていたけど、こうなるのか」

何をしても、そのには『無傷』という結果が上書きされる。

だから、傷をけない。

――さて。

これでは魔力爐に刃を突き刺してそこから魔力を『吸収』するという手は使えない。仮に功しても、彼を怪我させて手にれた以上、一瞬後には魔力を吸収していないことになるだろう。

地面に降りて魔石を拾うか。敵に利用された分を除いても、數にはまだ余裕がある。

――だめだな。

こちらが降りる頃には、防壁分の魔力が溜まるだろう。

下にある魔石をかき集めても、防壁破壊には屆かない。

今この瞬間彼をなんとかするしかない。

傷つけられない《騎士王》をどうする。

「……あぁ」

思いつく。

――ヤクモの真似をしよう(、、、、、、、、、、)。

ヤクモが何度か見せた、刀であらゆるものを斷つ。

理屈は分かる。完全なる組み合わせは存在しない。故に萬は綻びと無縁ではいられない。糸が刃にれれば斷たれてしまうのと同じだ。

どんなものにも弱い部分があり、弱い部分を抱えることからは逃れられない。

ヤクモの目はそれを捉え、的確に突くことで崩壊させている。

その技は一朝一夕でにつくようなものではないが、アカツキとヤクモは戦闘スタイルがよく似ている。適自はある筈だ。

だから後は、につけるのに必要な経験を飛ばす(、、、)方法があればいい。

完全に自分のものには出來なくとも、一瞬だけその境地に到れれば。

その方法もまた、アークトゥルスに向かうまでヤクモが実踐していた。

眼の前のことに集中する。

背中を斬られたアークトゥルスが、振り向きざまに剣閃を放っているところだった。

敵は人類最強の《騎士王》。相手としては充分以上。

『アカツキ？』

聖剣の綻びを視ようと試みる。

傷をけないのは、アークトゥルスのみの筈。

二匹の蛇に貪られる黃金の果実が描かれた剣に、変化は無い。

――こうか。

水に潛る(、、、、)。