時間の流れが緩やかになる。無論錯覚だ。同時に現実でもある。

思考が高速化するあまり実時間とのズレが生じているようにじられるのだ。

一秒に十秒分の思考が可能になった場合、で十秒が経過した頃にようやく実時間が一秒進むという狀態になる。結果、時間が引きばされたような覚に陥るのだ。

迫る聖剣が遅い。

まだ視えない。

どれだけ目を凝らしても――いや。

重大な勘違いに気づく。

綻びを視るとはいっても、視覚だけで捉えているとは限らない。

ヤクモがヤマトであることや彼の戦い方を見るに、あの能力は暗闇の中で手にれたもの。

闇夜において両の瞳は頼りになるとは言い難い。彼は聴覚や魔力知など使えるものを総員して対象の全像を摑み、そこから綻びを捉えた筈だ。

武なら？

魔力以外による構造にも同様に綻びは存在するが、魔力知が使えないならどうする。

考える。頭を回転させ、思考を加速し、可能を模索する。

それが在ると分かっても、自分の認識に合わせて呑み込めるとは限らない。魔法を使えぬ人間に魔法を使う覚は分からない。闇夜しか知らない人類に青空のしさは伝わらない。

理屈の上では分かっても、綻びを視る技の真髄に至ることは容易くない。

遠峰夜雲という剣士の半生、その極地を模倣しようとすること自が無謀。鍛錬の末に技を盜むならばまだしも、その果のみを瞬間的に盜用しようというのだから、ある意味で冒涜とさえ言えるかもしれない。

それでも。

必要なのだ。

――引き出させてもらう。

目の奧が灼けるように熱くなったところで、何かが瞬いた。閃のような煌めきがもたらしたのは、解答。

《偽紅鏡（グリマー）》も人間だ。そして彼ら彼らの神狀態は武能に直結する。それは何も、大きなの揺らぎに留まらない。戦闘中も《偽紅鏡（グリマー）》の思考は途切れない。《導燈者（イグナイター）》と意思疎通が可能。神が活中ということ。

常に、完全に、安定している人間などいない。

呼吸一回の間だけでも、『揺らぎ』はあるものだ。人の神を線に描こうとすれば波打つだろう。

どれだけ微細であっても、変化は常にある。

ならばその波を読み、最も隙きの大きいその瞬間を狙えば。

武に刃を通すことが、葉うのではないか。

視覚を中心に事を捉えるのをやめる。

アークトゥルスを通して、聖剣の神を読もうと試みる。

気配という語は、錯覚あるいは第六に類する覚と捉えられがちだ。もしくは比喩か。

だが、正確には違う。元々は五を通して明確にじ取られた報・対象の言行を観察することによってけた印象・推察される過去の痕跡などを含んだ。

そういった意味が失われたのは、実の問題だろう。

大半の人間は、たとえば視界の外に人の気配をじた時、吐かれた言葉の真偽を看破出來た時、その理由を明確に説明出來ない。

無意識が拾い上げた報が時に、漠然とした不安として意識を刺激することや、瞬間的に答えを出すことがある。

それが、実のある者なら？

空気の揺らぎ程度の違和さえも『貴重な報』として扱うような人間ならば？

気配は、失われた意味で用いられる。

アークトゥルスの反応は素早かった。ゆっくりとこちらを向く顔には、焦りを思わせる表が浮かんでいる。傷を負わないのであれば、泰然と構えていてもいいだろうに。

アカツキの追撃に焦っているわけではないだろう。質がアカツキ側にあらかじめ知られていたこと、それをヤクモ達他都市の人間や、地上で生きている騎士達に見られたのがショックなのか。見る者が見れば『治癒』でないことは明らか。中途半端に目の良い者の場合、魔人の再生能力と錯覚するかもしれない。そうでなくとも、人間に許された奇跡ではない。

奇異の視線は避けられない。

これ以上ボロを出さないようにか、無傷の保証にも限度があるのか、彼はアカツキに聖剣を振るおうとしている。細腕に似合わず剣筋は確かで、剣の重量に引っ張られる様子はない。『加護』にあぐらをかいた愚でないのはこれまでのきからも確かだが、の限界には抗えない。

聖剣の中は。湖の乙、その神はどうなっているだろうか。

適格者の狀態に何を思うか。

アークトゥルスの表が。

ほんの僅かに。

一瞬を更に幾つにも分割したその一つでしか表れなかったが、確かに変化が見られた。

僅かに険がとれる。《導燈者（イグナイター）》にこういった変化が表れるのは、経験上パートナーとの関係が良好な場合のみだ。

つまり、聲を掛けられたのだ。

アカツキも経験がある。比べたことはないが、ミミは騒がしい方だと思う。ヤクモの表が引き締まる時は、おそらくパートナーの一聲があるのではないか。

とにかく、湖の乙はアークトゥルスに聲を掛けた。

意識がアークトゥルスに向いたということだ。

であれば、自は疎かになっている筈だ。

視る。摑む。いや、捉える。

遠峰夜雲が辿りついた武の深奧を完全に模倣することは困難と判斷。

アカツキは自分なりのアプローチで、結果を再現出來ないかと試行。

互いの剣が接しようという、その時。

――そこか。

未知の覚を、摑む。

それは一瞬後、時の流れが戻ると同時に失われてしまった。

意識的な潛水(、、)は元來人間に備わった機能ではない。アカツキは意思の力だけで己に『此処が火事場だ』と強く思わせた。自分自を謀ることで集中力を瞬間的に高めたわけだが、ズル(、、)は長く保たないらしい。

集中力の持続時間は、僅か一合の間のみ。

無理が祟ったのか、頭蓋が割れるような痛みに襲われる。

それでも、結果は出た。

「――――」

聖剣が半ばから斜めに斷たれ、分かたれた剣が落下を開始。

その途中で人間狀態に――戻らない。

『はぁっ！？』

ミミの驚く聲。

だがアカツキは驚かない。可能はあった。

《騎士王》と、この都市において円卓と稱される上位騎士の更に一部が扱う武は、《偽紅鏡（グリマー）》ではない。

伝説の武の名を冠するそれらは、そもそもが接続者の子孫ではないのだ。

違う存在だから、形を似せても常識が通じない。

彼ら彼らはあくまで、當世の人類に合わせて在り方に融通を利かせるだけ。

《準神裝(エピック)》と、アカツキの主(あるじ)は呼稱していた。

武破壊されても、壊れた狀態のまま存在を維持出來るという特も違いの一つ。

ただ、それでも。

壊れていることには変わりない。損なわれていることには違いない。分かたれた現実からは逃れられず。欠けた事実はそこに在る。

「さすがの加護も、緩むんじゃないか」

いアークトゥルスの下腹部やや右、魔力爐を剣で貫く。

『吸収』を発。

膨大な魔力が、剣に吸い込まれていくのが分かる。

違和。

アカツキの策は、これ以上なくうまく嵌った。

だというのに、何故か悪寒がしたのだ。

「捉えたぞ」

――あぁ、なるほど。

魔力に刃を突き立てられ、その負傷を無かったことに出來ずにいるというのに。

アークトゥルスが、笑っていたからだ。

その笑みの理由も、すぐに判明する。

小さな手のひらで、力いっぱいにアカツキの左肩を摑んでいる。

己の中にある途方もない魔力を、調整もせずに暴発させようというのだ。

だがこれでは、彼自も無事では済まないだろう。

「これならば、逃げられまい？」

の気の引いた顔で、それでも小さな王様は勝ち気に笑った。

魔力が――。