ただ、どんな力にも限界がある。

人としての天運を放棄することで、長は止まり常人よりも長くこの世に留まることが出來る。契約で、聖剣を発現させている間は傷を負わない。

それでも不老不死とはいかない。理を騙すことは出來ても、壊すことは出來ない。

更に、加護にも限度があった。考えれば當然だ。

『代償』には種類がある。先払い、後払い、継続した支払い。

魔力を消費して魔法を使うなどが先払い。行の後に罪悪・天運の歪みが生じるパターンが後払い。

そして『約束』は最後者だ。継続することに意味がある類の『代償』。加護を維持する為に、常に何かを強いる必要があった。

だが、見落としがあった。

代償が大きければ大きい程、得られる力は大きくなる。

特定の言行を代償とする場合、達難度が重要になる。

簡単なことでは、大した代償にはならないということだ。

ヴィヴィアンとの約束事は、人間という生きにとってとても難しいこと。

だが、アークトゥルスはそれを■百年もの間、守り続けてきた。

どれだけ不信を買おうと、疑われようと、責められようと。

彼にとって、それはとうに『當たり前のこと』になってしまったのだ。

どうやら、世界から見て、もうそれらは『代償』とは認められないようだった。

いずれアークトゥルスのは朽ち。

枯れた湖と、《騎士王》を失った《アヴァロン》と、自分が殘る。

「契約を放棄しろ、湖の乙。《騎士王》はもう限界だろう」

アカツキとか言ったか、侵者がアークトゥルスに刃を向けながら降伏を迫る。

ヴィヴィアンは這うようにして主(あるじ)の許に近づく。

あの時、魔力の解放でアークトゥルスのは消滅していてもおかしくなかった。アカツキに斬られた刃の殘り半分がまだ手のにあったから、死なずに済んだのだ。

無傷の保証は薄れたが、それでも死の到達は防げた。

ただ、今となってはこれも無限の力ではない。

「正直に言えば驚いたよ。加護は確実に弱まっている。全盛期の半分もないと聞いていたのに、それでもこれだけのことが出來るんだからな。この時代まで殘っている霊だけはある」

馬鹿だな、とヴィヴィアンはアカツキを愚かしく思う。

自分が凄いのではない。自分はただ、加護を與えるだけ。それで何を為すかは、契約者次第なのだ。

他の誰を選んでも、今の《アヴァロン》は無い。

過去、これだけ強い契約者はいなかった。

彼だから、■■■だから、アークトゥルスだから、ここまで。

「ア……、ク、……ル……、さま」

倒れるその姿は、邂逅の時を思わせる。

契約してからしばらくのことだ。■■■がヴィヴィアンに名前をつけてほしいと言い出した。

彼なりに父親の行を理解し、意識的に過去と決別したかったのかもしれない。

ヴィヴィアンはかつての夜空に輝いていた星の中で、一番好きだった星の名前を挙げた。

その日から、はアークトゥルスとなったのだ。

「……いや、オレが間違っていたな。馬鹿なことを聞いた。出來るわけがないよな、自分の判斷で長い時を共にした契約者を死なせるなんて、出來るわけがなかった。悪かったよ」

なんとか主(あるじ)の許まで這ってきたヴィヴィアンを見下ろして、アカツキは頭を揺すった。

ヴィヴィアンが上手くけないのは、アークトゥルスの魔力解放の影響をなからずけているから。

放っておけば、またけるようになるだろう。

だが、アークトゥルスは違う。

「契約を破棄すれば、《騎士王》は本當に伝説と化してしまう。語り継がれるだけの存在に。最初から、オレが契約の履行が不可能な狀態にするしかなかった」

それはつまり、アークトゥルスを殺すということ。

ヤクモ組も、グラヴェル組も、ラブラドライト組も、騎士達も助けようとしてくれている。

だが、様子のおかしい者たちが増えていた。

ヴィヴィアンの考えを見かすように、アカツキが言う。

「これだけ空気中の魔力量が増えると、酸素の不足から呼吸が困難になる者もいるだろうな。魔力適が並程度でも魔力火傷の癥狀は出る濃度だ。機能や質は、努力ではどうしようもない」

ヤクモはなんとか地上に降りたものの、膝をついてしまう。

それでも彼は、こちらに向かっていた。

「《騎士王》も酷なことをする。純のヤマトにあんな魔力を浴びせればどうなるかくらい、分かっていただろうに。……そうと知って応えるヤクモは、どうしても惜しいな」

そんな彼に、近づいてきたランタンは肩を竦めた。

「まだ懲りないのかアカツキ。理解出來んな。この程度で使えなくなる人間が、何故惜しい」

「太のだけで目が灼ける魔人が言うのか」

「……人間の神は暗闇に長く置かれるといかれるらしい。帰還したら貴様で試していいか？」

ける者達がこちらに來れないのは、ランタンのるゴーレムに阻まれているからだ。

「談笑は後にしよう。腕の心配も、後でしてくれ」

「あぁ、さっさと済ませろ。いかにく見えようと、最早人間とは呼べぬ存在だ。躊躇う必要はない」

ヴィヴィアンは彼を庇うように、覆いかぶさる。

小さくて、溫かい。アークトゥルスはまだ、生きているのだ。

「退くんだ」

「退きません」

「何度も何度も契約者を変えてきたんだろう。新しい主(あるじ)を探す時が來たと考えるんだ」

その通りだ。だが、彼は、彼だけは他の者達とは違った。

「退きません」

「可能なら、《騎士王》のが自然に朽ちるまで待ってやりたいが、そうもいかない事がある。それ以外で譲歩出來る部分はしただろう」

「退かないと、そう言っているでしょう……！」

あのの終わりが、こんなものであっていいわけがない。誰よりも自分に誠実であった主(あるじ)の結末が、襲撃者に殺される？　そんなの許されない。

「なぁ、ランタン。霊は剣で貫いたくらいで死なないよな」

「あぁ。存在強度が人間の比ではないからな。あの魔力解放に曬されてその程度で済んでいるところを見れば分かるだろう」

「なら、庇うだけ無駄……と言っても、聞いてはくれないんだろうな」

アカツキの聲には、憐れむようながあった。

ぴくり、と。

自分の下で、アークトゥルスのがく。

小さな手が、弱々しく、それでもきゅっと、自分の手を、握った。

力無げに開かれる瞼、揺れながら上がる口角。

掠れた聲で、紡がれた言葉は。

「証明、できたか……？」

「ぁ」

――『自分の所為だろうか。自分が與えた特別が、人間を歪めてしまうのだろうか』。

ヴィヴィアンは、その考えをアークトゥルスにも吐したことがある。

まだ、人々の上に立つ《騎士王》となる前。

彼の喋り方が、まだのそれだった時。

『じゃあ、■■、じゃなかった、アークトゥルスが、しょーめーしてあげるね』

『証明、ですか？』

『うん。約束まもるよ。そしたら、悪いのはヴィーじゃないって、わかるよね』

自分が特別を與えても、歪まない人間がいるなら。

それは、ヴィヴィアンが悪いのではなく、歪んだ人間の側の問題ということになる？

なくとも、アークトゥルスはそう考えてくれたようだった。

『……ありがとうございます』

のことは好きだった。健気で、一生懸命で、心優しい。おしい存在だ。

だが、最初はみんなそうだった。

だから、正直期待することが恐ろしかったのだ。期待、しないようにしていた。

『ぜったい、しょーめーするから！』

気持ちが表に出ていたのか、信じてもらえないとじたらしいアークトゥルスは頬を膨らませた。

「ヴィーに救われた、アークトゥルスは、ちゃんと、約束を守っただろ？」

「――――っ」

ずっと、覚えていたのか。

じゃあ、今日までの彼の頑張りは。

「ほら、ヴィーは悪くないんだよ」

にっこりと笑って。

アークトゥルスは、眠るように目を閉じた。

自分の指を握る手から、力が抜ける。

「だ、だめです……！！」

ヴィヴィアンは慌てて手を握る。彼から溫もりが急速に消えていくような覚に襲われる。

まだ死んでいない。死んでいないが、このままでは。

「お別れは済んだか？」

上から殺意が降ってくる。

ヴィヴィアンはぎゅっと主(あるじ)を抱きしめた。それしか出來なかった。

――。

――――。

とうにこのを貫いてもいいだろうに、刃はいまだ屆かない

アカツキから、乾いた聲が出る。

「その執念はどこから湧いてくるんだ――ヤクモ」

これまでのわざとらしいのが無い代わりに、その聲は震えているように聞こえた。

顔を上げると、全を赫焉で固めたヤクモが、雪夜切で彼の突きおろしを弾いていた。

「これ以上、何も奪わせない」

絞り出すような、それでいて力強いヤクモの言葉に。

アカツキは、出來の悪い笑みを浮かべた。

「悪いが、無理にでも奪うさ」