《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》256◇換気
「ヴェル、いくよ」
『うん』
ツキヒの言葉に、グラヴェルは即座に応えた。
狀況が最悪なことも、ヤクモ組が諦めないことも分かっていた。
この魔力濃度はともかく、酸素不足は誰にとっても辛いもの。
幸い、どちらも一度に解決する方法がある。
簡単に言えば、『風』屬の魔法で空気をれ替えるのだ。
この一帯は局地的に高濃度の魔力が溜まっている狀態。であれば、『風』魔法で濃度を下げればいいだけ。
何故他の者達がやらないか。
理由は幾つかある。
並の騎士は現在、まともに魔法を練られる狀態ではない。
この中でける者はゴーレムの攻撃対象となってとても『風』魔法に集中出來ない。
現在は數ないける者達がゴーレムを食い止めつつ、倒れた騎士達を運び出そうとしているところだった。
アークトゥルスの選択が間違っているとは思わないが、結果は最上とは言えない。魔力解放でアカツキは死ぬ筈だった。それが欠いたのは彼の片腕のみ。《騎士王》の魔力を再び『吸収』されるという最悪の事態は免れたものの、依然として狀況は芳しくない。
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そこでツキヒが考えたのが、今から行う荒業。
普段、ツキヒは《導燈者(イグナイター)》であるグラヴェルのを『作』している。パートナーの力を借りて魔法を使っているわけだ。
言うまでもないが、これは普通の領域守護者とは大きく異なる。
《偽紅鏡(グリマー)》の地位が不當に低い《カナン》においては、戦闘中に《偽紅鏡(グリマー)》の発言を許さない者もいるくらいだ。武は武に徹しろ、ということなのだろう。
だから、ほとんど存在しない筈なのだ。
《導燈者(イグナイター)》と《偽紅鏡(グリマー)》、どちらも魔法が使える領域守護者は。
もちろん、同時は無理だ。をっている側のみが、魔力爐の使用が可能。だが、その前段階までなら?
つまり、魔法の詳細を詰めるだけなら、が使えなくとも出來る。
ツキヒが表に出ると『作』の分だけ思考が圧迫され、魔力が減る。
グラヴェルに一時を返し、その間にツキヒが周囲一帯の空気をれ替える魔法を組む。
魔力が溜まったタイミングで再びをれ替えれば、その瞬間に大規模な魔法が発出來る。
単では思考までランタンとゴーレムに集中しなければならないが、このやり方なら。
自分達なら。
『四十位にばっか、かっこうつけさせるわけにはいかないかんね』
「うん。一番は、ツキヒだよ」
ツキヒは自分でも素直ではないと思う。今だって純粋に姉が心配なだけなのだ。それをそのまま口に出來ない自分を、グラヴェルは理解した上で尊重してくれる。軽口を軽口と知りながら、そのまま乗ってくれるのだ。
「理解出來んな、貴様らは他都市の戦士なのだろう? 命を懸けてまで関わる理由が何処にあるというのだ。元より我らは、貴様らの命に興味など無いというのに」
「また」
ランタンの言葉に、グラヴェルは微かに反応。相手もそれを見逃さない。
「なんだ、言ってみろ」
「また言ってる。『理解出來んな』」
「思うままを口にしたまでだ」
「違うから、分からないのは當然。普通は、どうでもいいって思う」
「……何が言いたい」
「理解したい、の?」
「私が、人間を? くだらん」
「じゃあ、理解されたい?」
理解が出來ないと言う。見下すようなことを言う。それでも関わりを絶とうとはしない。
心のどこかで理解したいという気持ちがあるか、そうでもなければ。
自分のことを理解してくれと、心の何処かで願っているか。
ツキヒには、滅茶苦茶にも思えるそのが、よく分かった。
「――――口調が変わったかと思えば、途端に不快度が上がったな」
逆鱗にれたようだ。
ゴーレムがこちらに向かってくる。
ラブラドライト組が吹き飛ばされた時と同じだ。
時を飛ばしたような神速での移。
実際は腳部と背部から発的な風が噴出され、それによって推進力を得ているようだ。単なる『風』魔法ではないようだが……。
このゴーレムの厄介なところはで稼働する魔力爐を搭載していること、だけではなかった。未知の技による魔法補助もあるが、更に厄介なことがある。
アカツキが大量にこさえたアークトゥルスの魔力の魔石だが、き出したゴーレムがすべて平らげた。生における食事とは違うだろうが、口にあたる部分からに取り込んでしまったのだ。
その所為で破壊の機會を得られずにいた。攻撃が迫ると生の反を超えた速度で防壁を展開するのだ。
だが、そのきはもう、何度も見ていた。
『ヴェル』
「うん」
最小の魔力で、攻撃を回避する。
速いが単調なき。丸太程の右腕部が大地ごと割るように降ってくる。
ギリギリのところで魔力強化した足によって地を蹴って橫に回避。
元々彼の、これくらいのきはわけない。
「え」
ゴーレムの頭部が、こちらに向いていた。赤い二つのが、見つめるようにこちらに注がれている。
左腕部がこちらにばされ、そして。
「誰かが言っていたが、腕が飛ぶのは浪漫だそうだ。同じ人間なら――理解出來るか?」
肘関節から先の部分が分離、いやこれは――発か。
太いワイヤーで本と繋がったそれが、こちらに向かって急接近。
僅かな滯空時間を突くような攻撃。魔力防壁では破られてしまう。風魔法により急回避は――。
「使うな」
魔法を、ということなのは分かった。
グラヴェルは迷ったようだったが、その迷いもあって魔法は間に合わなくなる。
こちらを庇うように飛び出してきたのは、宵彩迎を攜えた年。
その刀には『風』魔法が纏わされており、迫る拳を迎え撃つのではなく――け流した。
僅かに傾斜をつけた『風』の防壁に沿うように、飛ぶ拳は逸れる。
「これを」
言葉なに、ラブラドライトはあるものを投げよこした。
魔石だ。
――そういえば、拾ってたな。
騎士を相手取る時にラブラドライトは魔石を手にしていた。
――というか、ツキヒ達のやろうとしてること分かったのか。
言いたいことは々あったが、それどころではない。
『ヴェル、行くよ』
再びを借りる。
魔法の準備は整っていた。魔力の不足は今解決された。
嵐の如き、風が吹く。
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