アークトゥルスの長壽の理由は、単純な壽命の延長だけによるものではない。

そもそも人間の神は、數百年という時に耐えられるようには出來ていないのだ。の側を超常の力で変質させても、心の強度や限界は変えられない。それを変えて悠久の時を生きようとした者もいたが、それはもう同一人とはいえないだろう。過去の記憶は継いでも、過去の覚は持ち合わせていない。

アークトゥルスが人のまま在れたのは、幾度も彼を『休眠』させたからだ。

《騎士王》は最初期から現代まで全てアークトゥルス本人だが、他都市も知っているように《騎士王》は常に君臨していたわけではない。彼が《黎明騎士（デイブレイカー）》として活していない空白の期間が、歴史上何度も存在するのだ。

彼は不定期に、主に《アヴァロン》が危機的狀況に陥った際に眠りから覚め、それからしばらくの間、都市での生活を送る。そして再び眠りにつく。

それを繰り返すことによって、アークトゥルスは人の心を保ったまま、長い時を超えて存在することが出來た。

だが、それはとても孤獨な在り方だ。

都市を救い人々と親しくなっても、次に目覚めた時にはその者達は大きく年を重ねている。この世を去っていることもあった。

アークトゥルスとヴィヴィアンにとって、お互いだけが不滅のものだった。

しかし、それもここまで。

ヴィヴィアンの主(あるじ)は、自分が先に朽ちることを悟ってヤクモ達を《アヴァロン》に招いた。次の適格者になるかもしれないと。

確かに彼らは素晴らしい人間だ。

特別な理由もないだろうに、命がけでこの都市の為に戦ってくれている。

アカツキ達を恨む気持ちもない。いや、多くの騎士を手に掛け、アークトゥルスを傷つけたことは到底許されることではないが、なくとも今から自分がやることに関して、彼らの所為にするつもりはなかった。

「ヴィヴィアン様！　アークトゥルス様は！？　大丈夫なんですか！？」

この聲は、パーシヴァルか。

そう思うのだが、ヴィヴィアンには反応している暇が無い。

「今、モルガン様が向かっています！　だから――」

無駄だ。

モルガンは優秀な魔法使いだ。治癒魔法が得意なだけではない。

武破壊後すぐに人間狀態に戻らない、という《準神裝(エピック)》の特を八人の妹に組み込んでみせたくらいだ。

だがたとえ彼でも、今のアークトゥルスを救うことは出來ない。

証明できたかと、アークトゥルスは言った。

「えぇ、さすがはアークトゥルス様です」

特別な力を人に與えてしまう自分が、悪しき存在というわけではなかった。

彼のように、間違わない人間もいてくれた。

掬われる想いだ。もう、これ以上要らないというくらいに。

ただ、どうしても気掛かりなのは。

アークトゥルスの側はどうだったのだろう、ということ。

父親に置き去りにされたまま死ぬことを、自分の力で回避した。

だが、それが必ずしも彼の為であったとは限らない。

ヴィヴィアンが孤獨を恐れたあまりに、心優しいを付き合わせただけなのではないか、と。

自分との約束を守ってくれたが、その代わりには多くのものを背負った。

「もう、大丈夫ですよ」

安心させるように彼の手を握る。

ヴィヴィアンのが、徐々に溶け出す。

◇

「……もういい」

アカツキから戦意が消えた。

ヤクモは怪訝に思いながらも、追撃を一時停止。

「任務は失敗だ。お前は見事、オレ達の目的達を阻んだ」

「なに、を――っ！？」

気づく。

アークトゥルスの魔力反応は辛うじて生きているのが分かる程度まで小さくなっていたが、それが完全に消えているのだ。

それだけではない。

今まさに、それが凄まじい速度で復活している。

「アカツキ！　これはどうなっている！」

「ランタン、オレ達は霊のを見誤っていたようだ」

「どういうことだ！　再契約だとしても、最早アークトゥルスにこれだけの力を得られるだけの代償は支払えない筈だろう！」

「……あぁ、だから彼が払ったんだろう。湖の乙が」

『兄さん……ヴィヴィアンさんは、何処に？』

アークトゥルスが、上を起こしている。

その右手から、水が伝ってこぼれた。周囲にはどういうわけか、水たまりが出來ている。

ヴィヴィアンの姿は、ない。

消えてしまったかのように。

「ふ、ふざけるな！　朽ちる寸前の契約者を救う為に、霊が己を代償に延命をんだとでもいうのか！　人間の為に、霊が死を選んだと！？」

「らしくない、なんて言葉をオレ達は言えないだろう。人間らしくない人間と、魔人らしくない魔人なんだから」

「だが、これではプリマ様が！」

「他の方法を探そう。オレ達以外もいているんだ、見つかるさ」

「～～ッ！　貴様の所為だぞアカツキ！」

「あぁ」

軽口を返すこともなく項垂れるアカツキに、ランタンがハッとする。

「……忘れろ。貴様ばかりに責を負わせるのは間違いだな」

「いいさ」

それからアカツキは、改めてヤクモを見る。

「オレ達は帰投する。目當てのものが手にらなくなったんだ、留まる理由もない」

これまでの死闘が噓とばかりに、アカツキはあっさりと引き下がる。

――意味が分からない。

いや、ヤクモの理はそれをとっくに理解している。

彼らは最初から一貫して、ただ一つを求めていた。

これはそれを拒否したから起こった爭いで。

それが手不可能な狀態になれば、戦いを続けることは無意味。

だが《アヴァロン》側は、ヤクモ達は、そう簡単に話をまとめられない。

ヴィヴィアンが、消失したなどと。