《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》263◇星を數うる如し、されども
《黎明騎士(デイブレイカー)》という言葉は、當時黎明を齎す騎士を期待して命名されたものだ。
『騎士』という語が與えられたのは、そのままアークトゥルスとその都市の影響。
だが時が流れるにつれ、與えられる名前と求められる役割が乖離し始めた。
今、《黎明騎士(デイブレイカー)》に黎明をむ者がどれだけいるだろう。
そんな現実味の薄い希よりも、現実的な問題である魔族への対処をむ聲の方が遙かに大きい。
実際黎明騎士とは名ばかりに、彼らは夜明けの為でなく都市の守護の為に用いられる。
アークトゥルス達も、その一組だ。
ただ、たった一組。
始まりに込められた希を現するが如く剣を振るう戦士がいた。
『お前さんらが始まりの黎明騎士か?』
《ヴァルハラ》の使者として《アヴァロン》を訪れていた彼達を出迎え、対面してすぐの會話だ。
彼の経歴はある意味有名だった。
複數の都市の廃棄を生き延び、その何度かは彼の闘あって多くの生存者が出たと言われる。
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また、都市が廃棄の憂き目に遭わずとも、自らの意志で都市を出ていくこともあるというから驚きだ。
出逢った當時は《黎明騎士(デイブレイカー)》になりたての第七格。
《騎士王》《朧鋒鋩(おぼろほうぼう)》《羽纏(はごろもまとい)》《熾天使》《雷霆》《道化》の下――《黎き士》。
《黎明騎士(デイブレイカー)》と言えど人間。構メンバーは引退や死などでよく変した。
特に騎士――《導燈者(イグナイター)》と《偽紅鏡(グリマー)》――は戦士としての壽命が短い。
存命でも一線を退く際に除名される。
ない時は三組以下だったこともあることを考えれば、七組というのは作と言えるだろう。
『思ったよりちっこいな。後ろの姉さんは大した別嬪だがよ。見かけ通りとは思わねぇが、最強って言葉のいめーぢには合わねぇ』
『若輩故の無禮として、許そう』
當時はまだ騎士で言えば見習いの年齢だった彼達からは、あどけなさが覗いていた。
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『っと、失禮。思ったことを口に出してしまうもんで』
『姉に代わりお詫び致します。禮儀知らずではありますが、悪意はないのです。どうかご容赦を』
『出來た妹を持ったな』
『あぁ、あたしが唯一誇れるもんだ』
そう言って彼は妹のチヨの頭に手をばす。距離をとって避けられていた。
『……末席とはいえ、その年で黎明騎士に數えられる実績と実力はどうなのだ』
『んぁ? 誇らしいってのとは違うな。力は使えるが、それ自がしかったわけじゃあねぇし、実績とやらも同じだ』
『貴様への評価を上方修正しよう。己が功や力は誇示すべきではなく、その力によって人々を守護することこそが重要だ、ということだな』
『いや、違うが?』
『…………』
どうにも、摑みどころがない。
『そりゃあ見捨てるのは寢覚めが悪ぃから、助けられんならそうするさ。だが、あたしの目的は人助けじゃあないんだ。人を正義の味方みたいに言わないでほしいね』
『では貴様の目的とはなんだ』
『そう! 今日はその話をしにきたんだよあーちゃん』
呼び名の選択肢に冗談で稱をれてみたが、実際にそちらを選んだのは他都市の人間では彼が初めてだった。
『そうか。ミヤビよ、話を聞こう』
『本の太はどんなだった?』
『――――』
『あぁ、ジジイ(、、、)からお前さんのことは聞いてる。眉唾だったが、今の反応を見るに噓じゃあないらしい』
彼がジジイと呼ぶのは、おそらく第二格《朧鋒鋩(おぼろほうぼう)》だろう。彼は、ミヤビ達の師であるとの噂がある。
アークトゥルスの過去は、いわば伝承として《アヴァロン》に殘っている。だからといって今の世全に広まっていることではない。
が、彼は知っている。
『奴は壯健か』
『《ヒュペルボレイオス》の件でほとんどの弟子が死んだことをまだ引き摺ってるが、元気っちゃあ元気だろう』
確認の意味も込めて尋ねたが、ミヤビは平然と答える。隠す気はないらしい。
『貴様からすればきょうだい弟子だろう』
『どうにも涙ってのが苦手でね、仇討ちに燃える方がまだに合ってる』
それよりも、と彼は話題を戻す。
『なぁ、空が青いって本當かよ。太の位置が変わって、そうすっと空の合いも変わるってのは? 飛んだくらいじゃ屆かない高さにある太ってどんなじなんだ』
その聲の熱量は、まるで夢を語る子供のようだった。
『……まさか、貴様』
騎士見習いでも、最初の方はいるのだ。
自分こそが太を取り戻してみせます、と意気込む者が。
だが彼らもすぐに現実を知る。立派な騎士になっている頃には、その言葉の重みを理解して口に出來なくなってしまうのだ。
それが不可能ごとだと悟って、都市を守るという職務に忠実になる。
アークトゥルスさえ、都市が將來迎えるだろう様々な危機を乗り越える為の対応に追われるばかりで、そんなこと考える余裕もなかった。
『あたしは魔王を殺したい。殺して、この世に太を取り戻すんだ』
そんな中、定住地を持たぬ自由の剣士は、子供のような無邪気さで言う。
人類が半ば諦めた夢を、人類の誰よりも理解する実力と立場を持ちながら。
『お前さんも協力してくれよ。懐かしいだろう? もう一度見たくはねぇか』
見たいに決まっている。
ただのとしての生活は、常闇の到來によって奪われたも同じだ。
だがアークトゥルスにそんな余裕はない。この都市を守ることで一杯。他都市への訪問さえ、取り引きという名目がなければ出來ない狀態なのだ。
『不可能だ』
『……聞き飽きた言葉だ。人類最強が凡人と同じこと言うなよ』
『そうではない。貴様の想像する魔人の王がいるとしよう。その存在を討伐すれば世界にが戻るという、単純な話だと仮定してだぞ? どう探す』
『虱潰しに』
『……世界が闇に閉ざされ、あらゆる技が失われ、長い時が流れた。故に今の人類は知らないのだ。この星(ほし)はな、広いんだ。魔人の発見など、星を數うるが如しというものだ』
『なんだ、その、星を數えるってのは。いや、星は分かるぜ、夜空に浮かぶってあれだろ?』
『かつての夜空には、無數の星が輝いていた。その一つ一つを數えればキリがない、という程にな。限りのないものを數えきることが出來るか? 出來まい』
『出來やしねぇことのたとえってワケか』
何故かミヤビは楽しげだった。
『そういうことだ』
『それでもやるんだ』
『世界中の魔人を片端から殺していったところで、貴様の命數が盡きるまでに果たせる保証はないぞ』
『構わねぇよ。そん時ゃあ継ぐ者が現れることを期待して死ぬさ。だが、死ぬまで諦めることだけはしない。掛かってくる魔人を全員殺していけば、いつか魔王に辿り著くだろ』
『……正気か?』
『粋狂さ。だからってまともな奴にとやかく言われる筋合いはねぇだろう?』
確かに好きだからといって、間違いではない。
何を好むかは自由だ。
『貴様は今日、余を勧しに來たのか』
『あぁ、ちなみにジジイは不參加だ。あの腑抜けめ』
仮にも師に向かって吐く言葉ではないが、これまで通り悪意はじない。
『悪いが、その理屈でいくと余も腑抜けだな』
ミヤビは骨にガッカリした様子で肩を落とす。
『お前さんなら分かる筈だ。このままじゃあ人類はそう長く保たない』
緩やかな衰退。
ミヤビは太を取り戻すことで、それをどうにかしようとしている。
彼からすれば、他の力ある者達はそれを知りながら現狀維持に逃げる者なのだろうか。
『世界を救えるならばそうしよう。だが、魔王探しには協力出來ない。余裕がないのだ』
『……そうかよ。じゃあ仕方ない。無理言って悪かったな』
ミヤビはそれ以上食い下がることはなかった。これまで何度も勧に失敗して、そのあたりは無駄だと分かっているのかもしれない。
『あ、萬が一気が変わったら言ってくれ』
『萬が一、そのようなことがあればな』
それから數日滯在したが、アークトゥルスはミヤビという人間を嫌いになれなかった。
その目的が、葉えばいいと本気で思った。
◇
「魔王を探し出し、これを討伐する」
襲撃から數日後。騒ぎがなんとか収まった頃になって、アークトゥルスは言った。
ヴィヴィアンの消失は騎士達に大きな衝撃を與えたが、これまで以上の――正確には全盛期に近い力――を見せたアークトゥルスと、その力こそがヴィヴィアンが命を賭して授けてくれたものだと分かると、皆悲しみに暮れながらもヴィヴィアンの死をけれた。
一般人への被害はアカツキ達の対応もあってゼロだったが、不安は広がった。しかしそれも、新たなアークトゥルスの言葉と力の証明によって払拭された。
彼にもはや、約束の枷はない。ヴィヴィアンが契約を破棄したからだ。
故に。
アークトゥルスはその膨大な魔力を自ら魔石に注することが出來るようになった。
彼が『水』魔法持ちの《導燈者(イグナイター)》をパートナーに迎えるなり、『水』魔法持ちが魔石を使用するなりすれば、水の枯渇も心配いらない。
この二點は都市壽命を大きく引きばすだろう。
そしてこれによって、アークトゥルスを長らく悩ませていた問題が解決したことになる。
象徴を欠く不安や戦力の低下を除けば、アークトゥルスが都市を空けても問題はない。
湖の家、朝食の席であっさりと口にしたアークトゥルスに、みなが呆気にとられていた。
「アークトゥルスさん、それは復讐ですか?」
「ヤクモ、貴様ならばそんなことはしないと?」
する妹が敵の所為で命を落とせば、彼とて許せないだろう。
だが。
「そんな顔をするな。怒りはあるが、それが理由ではない」
なんとなく、みなが安心したような空気をじた。
「魔王とその部下は今後も人類にとって大きな脅威になるだろう。取り除かなければならない。そして一番大事なことだが」
ごくり、と唾を飲む音。
「余は、アークトゥルスが見てみたい」
全員の頭に疑問符が浮かぶようだった。
「……かがみ?」
と、アイリが提案するように首を傾げる。
「うむ、気遣いありがたいがアイリ、そうではない。余の名前は、実在する星からとられたものだ。それはとてもしく輝く星だと……そう聞いている」
好きな星だと、彼は言っていた。
そう教えてくれた彼は、もういない。
「星というのは、こう……夜空にだな、點描のようにりの粒がぽつぽつと……まぁ実際に見れば分かることだな」
「つまり」
ニッ、とアークトゥルスは笑う。無理しているのは分かったが、は本。
「ミヤビとチヨに伝えろ。『気が変わった』と」
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