《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》264◇

「やぐもぐんっ!」

ぎゅう、と抱きしめられる。

満なが押し付けられ、溫もりと花を思わせる香りを近くにじる。

「ちょっと!」

條件反のように怒るアサヒは、だが次の言葉を継ぐ前にターゲットにされた。

「アザビじゃん!」

「ぎゃあ!」

湖の管理人、魔法使い、九姉妹の長姉――モルガンだ。

の家で世話になった《カナン》の訓練生達は必然的に彼と関わりを持つ機會が多くなったわけだが、それが彼に別れを惜しませているらしい。

「ちょっと、お姉ちゃん嫌がって――え」

じたばた暴れるアサヒを存分に抱きしめたモルガンは、次にツキヒへと飛びかかる。

結局全員抱きしめられた。

の抱擁にちゃんと応えたのは、六人の中でアイリだけだった。

アイリは表は変わらないながら、ぽんぽんとモルガンの背を優しくっていた。

おんおん泣き、ずびずびと鼻をすするモルガン。

「みんな、うちの子にならない? ずっといてもいいのよ?」

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「そこまでにしておけモルガン、酷い顔だぞ」

「あーちゃん……。仕方ないでしょ、寂しいんだから」

不満げに頬を膨らませる金髪の麗人に、アークトゥルスは呆れ顔。

「よくも逢って數日でそこまで別れを惜しめるものだな」

「あのねあーちゃん、っていうのは期間に対して湧くものじゃあないのよ?」

「そうか」

「冷たい!」

ヤクモ達は《カナン》に戻ることになった。

今回の件の禮という意味もあって、アークトゥルスは膨大な魔力が込められた魔石を沢山持たせてくれた。

「悪いが、頼んだぞ。余もついて行ければよかったのだが」

「いえ、アークトゥルスさんはこの都市に殘るべきだと、僕も思います」

ランタンを捕らえたことによって、《耀卻夜行(グリームフォーラー)》が奪還に來ないとも限らない。

アカツキの発言や彼らの仲間意識からすると、その可能は否定出來なかった。

それでも捕えることを選んだのは、アークトゥルスなりの決意の表れだろう。

この時代に魔王を討伐するという、意志の表明だ。

たとえ襲われても、今の彼であれば対処出來る。

「こちらの『看破』持ちでは報を得られなかった。頼むぞ」

「はい」

湖畔に木箱が運ばれてくる。見覚えのある騎士達がいた。ペリノア組やパーシヴァル組だ。彼らは《アヴァロン》の使者として隨行する。

ランタンは《カナン》に連れ帰ることになった。

特級魔人であり協力者でもあるセレナであれば、かつてクリードの部下テルルにしたように口を割らせることが出來るだろう。

ミヤビ組と共に《エリュシオン》に殘ることになった彼だが、今はどうしているか。場合によっては師と合わせて呼び戻す必要がある。

「また逢おう、《カナン》の戦士達」

「えぇ、必ず」

「そう……ランタンは捕まってしまったの」

廃棄領域《タカマガハラ》。

その中心部には、神社が建てられている。今は《ヤシロ》と呼ばれている建造の拝殿に、アカツキはいた。

簾の向こうから、靜かな聲が聞こえる。

「任務は失敗した。責任はオレにある」

隣に座るミミが、悔しげにを噛んでいた。

「責任? あなた達は、わたしの為にいてくれた。その気持ちに謝こそすれ、失敗の責任を問うだなんて有り得ないわ。それよりも、腕の治療をしましょう。今、誰か呼ぶから」

「《騎士王》が言っていた。逢いに來ると」

「……そう。みんなに伝えなくてはね」

「どうやって。逢いに來るって、そんなの無理だし」

ミミが言う。

「魔人からしい報抜くなんて人間には出來っこないのに、どうやって逢いに來るの!?」

パートナーの言っていることは尤もだ。

「ハッタリとは思えない。何かしら手があるんだろう」

「なにかしらって何!」

「ミミ」

窘めるような、主のその聲で。

ミミはぐっと聲を抑える。

「あなたの考えは正しい。そして今、あなたは自分で答えを言ったのよ」

「……なにそれ、どゆこと」

その通りだった。

ミミの言ったことは正しいのだ。

人間が魔人の口を割ることは、一部の例外を除けば不可能。

一部の例外なんてものは通常、考慮に値しない。他の全ての可能が潰えた時でもなければ。

そしてそう、可能は殘っている。

「――彼達が、より上位の魔人をかせる立場にあると?」

「あっ、え、でもっ」

うミミ。

「賢い。さすがアカツキね」

褒めるように、綻ぶプリマの聲。

「だが、今回の戦いには出てこなかった」

「《アヴァロン》が使役しているわけではないのかもしれないわね」

魔人の拷問に協力するような魔人がいたとして、それが戦闘面では非協力的というのは考えにくい。

かといって、人間が魔人を都市外の作戦に連れて行く可能も低い。

だとすれば。

「……他都市の戦士が、三組いた」

「アカツキお気にりの、ヤマト民族の子ね。一組は、違うのだったかしら」

「ヤマトの生き殘りはとてもない。《アヴァロン》と流のある都市をあたれば、すぐに発見出來る」

アカツキは彼らの裝も覚えている。ヤクモは和裝だったが、あれが制服ということはないだろう。

他の二組のものを參考に探せば、見つけ出すのは難しくない筈だ。

「お客さんは歓迎だけれど、ランタンは返してもらわないといけないわ。《アヴァロン》と、流のある全都市に同胞を行かせましょう」

今のはあくまでも仮定。ランタンが囚われてるとすれば《アヴァロン》は第一候補だ。

「すぐにでも」

立ち上がろうとするアカツキを、聲が制す。

「あなたは、まず腕を治すこと。それとこれは常に言っているけれど」

「『不必要な殺生は避けること』」

「よろしい。あともう一つ」

「もう一つ……?」

まだ何かあるだろうか。

「ミミを、ちゃんと労うこと。今回は特に、あなたの趣味に付き合わされたようだから」

「…………」

「プリマさま、いいこと言う」

ずっと機嫌が悪そうだったミミが、にっこりと笑う。

「……心のままに」

わざとらしく恭しい返事をして、アカツキは今度こそ立ち上がった。

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