《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》278◇差
「ぐぐぐ……」
地下牢から《タワー》の一階に出た兄妹。
先程からアサヒの機嫌が悪い。
「あのセレナとかいう魔人、どうにも気に食わないです」
アサヒの気持ちは分かるどころか、彼の反応でもまだ優しい方と言えた。セレナがこの都市にもたらした被害を思えば、いまだ生かしていることの方がおかしい。彼の協力によって得られる恩恵がいかに大きかろうと、それはあくまで理的な判斷。政治的な選択。
だが被害者や彼ら彼らを大切に想う者達からすれば、到底許せることではない。ヤクモ自、父を殺めたクリードと対峙したから分かる。憎しみは、あらゆる理屈に優先するのだ。
ましてや彼は自分が悪いことをしたとも思っていない。
「アサヒの覚は、正しいと思う」
「……嫉妬とか抜きにしてですよ? もちろんそっちの方でも気に食わないどころではないですが」
「でも、彼がいなければ《エリュシオン》は救えなかった。救えてもかなり時間が掛かることになったと思う。そうしたら僕らが《アヴァロン》に行くこともなくて、もっと沢山の騎士が死んでいたかもしれない」
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「結果論ですし、それは理屈です。わたしは、心の話をしているんです」
「そうだね」
アサヒがぎゅっとヤクモの腕を抱くように近づいてくる。
「アサヒ?」
「確認と周知です」
ふんす、と鼻息を荒くしながら言うアサヒ。
やはり、セレナのヤクモに対する言を気にしているらしい。
そんな妹を微笑ましく思いながら、気恥ずかしさをじるヤクモ。
「周りの人たちが見ているよ」
「見せつけてやりましょう」
アサヒがこうなっては言うことを聞かない。ヤクモはすぐに諦めた。
「おやおや、首付きと《導燈者(イグナイター)》が腕を組んで歩くなんて一どんな変態かと思ったら、きみかトオミネくん」
し離れたところから聲を掛けられる。
タワー一階。玄関ホール。任務後の『白』は各班ごとに報告を済ませる決まりになっている。この際に魔獣の種類や脅威度、個人の魔獣撃滅數なども報告し、それが祿(給料)に影響する。
白い正規隊員の制服にを包む彼らには見覚えがあった。特に関わり合いは無いが、夜間の任務時に何度が姿を見たことがある。
『風』『火』の前衛二組、『』と『治癒』を持つ一組で構される《班》だ。人數構だがバランスの整った優れた《班》だったと記憶しているが、それと思想は別。
「おつかれさまです。僕らの行が何か問題ですか?」
「ヤクモくん、だったね。今日はシフトがっていなかった筈だけど、此処に何の用で來たんだ? まさかデートじゃあないだろう?」
『風』魔法の遣い手の青年が近づいてくる。表面上は笑みを浮かべているが、好意的でないのは明らか。
「別件で報告しなければならないことがあったので」
「へぇ、さすがは次期《黎明騎士(デイブレイカー)》だ。僕らのような平隊員には話せないお仕事を任されているらしい」
――こんな人だったろうか。
ヤクモの周囲に特別優しい人間が多いだけで、彼のようにヤマトに否定的な人間の方が多い。《偽紅鏡(グリマー)》を見下す者の方が多い。
だが、妙だ。
ほとんど話したこともないが、彼は一度だって突っかかってきたことは無かった。
違和を抱く。
まるで、話しかける為に尤もらしい理由をでっち上げたような。
「やるべきことをやるだけです。先輩方も同じではないのですか?」
「きみのやるべきことってのは、なんなんだい?」
「おい、その辺にしとけ」
『火』魔法の遣い手である別の《導燈者(イグナイター)》がやってきて、青年を止める。
「悪いなヤクモ、こいつ最近嫌なことがあったみたいで気が立ってるんだ」
「なんだよ、し後輩と談笑していただけじゃないか」
「可い後輩を困らせて談笑も何もないだろう。ほら、報告に行くぞ」
話はそこで終わりとなり、半ば引きづられる形で青年は去っていった。
「兄さん、なんかさっきの人たち変じゃありませんでした?」
「うん。だけどどこが明確におかしいのか、上手く言い表せないじで」
「《偽紅鏡(グリマー)》への差別意識から話しかけてきたと思ったら、やけにわたしたちが何やってたか知りたがってましたし、なんなんでしょう」
「分からない……」
し考えても答えは出ず、兄妹はそのまま帰路についた。
◇
「……お前、馬鹿だろう」
『火』の遣い手改めアカツキが、呆れたように言う。
「うるさい。此処でこそこそやってるなら、ランタンもいるかもしれないでしょ。探りをれただけよ」
ヤクモの仲間に武を『複寫』する遣い手がいたが、今アカツキの仲間がやっているのは生の『複寫』だ。本人の記憶や能力を上書きするもので、これで人間に化ければ魔人とはばれない。それどころか記憶から本人らしく振る舞うことも可能。
普通にしていれば疑問を持たれることもないだろうに、先程の會話でヤクモは自分たちを警戒しただろう。
「ヤクモは勘が鋭いんだ。さっきので疑問を持った筈だ」
「だから? 疑いが確信に変わる前にランタンを助けて離すればいいでしょ。それにしても、こいつら使えないわね。ろくな報持ってない」
自分達が複寫した六名は、『白』の正規隊員ではあるが階級は高くない。必然、持っている報もたかが知れていた。
「報告がてら偉そうな奴に『る』のもアリよね」
「……危険だが、ランタンを救うには近道だな」
「あら、しは話が分かるじゃない」
「オレだって責任をじてるのさ」
「仲間見捨てて逃げ帰っておいて、罪悪一つないって言うなら殺してたわ」
「怖いな」
「思ってもないくせに。それにしても、夜ってなんなの? 弱いのか強いのか分からない種族ね」
「弱いし、強いんだ。分かってくれなくていい」
「あっそ」
一行は進んでいく。
そして――。
「――は?」
全員が己の覚を疑った。
ランタンの魔力反応を知。
だが場所がおかしい。
都市の、外で――。
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