《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》282◇一秒
ふと、自分は何をしているのだろうと思うことがある。
生として遙かに劣る人間に破れたなら、その力を認め素直にとどめを刺される。魔人同士の戦いでも同じ。
それが魔人という生きだ。生への執著よりもなお、勝敗を重んじる。
戦うよりも前に実力差を理解すれば、挑むか従うかを選ぶ。
「アンタ、セレナよね」
金髪全が喋りかけてきたので、セレナは睨みつけた。
「だったら何」
「人間に飼われるなんて、魔人としてのプライドはないわけ?」
「待ってくれる? 人間と群れる魔人にプライドとか言われたくないんだけど?」
エルとか呼ばれていたか。彼が手に持つ鞭は――《偽紅鏡(グリマー)》のようだ。
「まぁ、そうね」
可笑しそうに笑う。
「一応訊いておきたいんだけど、その子、返してくれないかしら?」
足元に転がる魔人のことだろう。赤茶の髪をした小角の魔人。人間で言えば十に満たないほどの軀で、魔力爐の能は低い。まぁ、ゴミだ。よく今まで生きていられたものだと不思議になるくらい。
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要するに、そういうことだろう。
《耀卻夜行(グリームフォーラー)》は弱者が集まって助け合う、哀れな集団なのだ。
「吐き気がするね。仲間意識とか、気遣いとか、そういうのさ。生としての劣化だよ」
「ご主人様の言いなりになる魔人というのはどうなの?」
「セレナがやってるのは暇つぶし。頭空っぽの戦闘狂共相手するより、よほど刺激的だからね」
ただ、一般的な魔人と比べていかれているのは彼らと同じ。
なんとなく苛立つ。何故だろう。
エルの後ろに控えているのは、男の魔人が二。
ババアことミヤビと敵の剣士は知己らしく、こちらから離れて戦闘を開始。
――配分おかしくない? セレナ手伝ってあげる立場なんですけど?
向こうは人間相手で、セレナが人質連れながら三の魔人を相手にするのはおかしくないだろうか。
不満はあるが、わざわざ伝えに行く程ではない。
そもそも、この程度の魔人共の數など問題にはならない。
不愉快だ、というだけ。
「アタシ達は爭いを好まないわ」
「弱いからでしょ。好まないって、あはは、ものは言い様だよね。そういうのは、強い子が言うものだよ。苦手だから避けてるだけなのに、それを何? 『好まない』? やめてよね。君達のどれかが『再現』持ちでしょ。剣士の子に別人の皮を被せてた。元になった人間はどうしたの? 殺したんじゃないの? 爭いを好まないから、話し合いで姿を借りられるか相談した?」
「……」
「自分に合わせて理屈をこねるの、最っっ高にダサいよ。開き直るならまだしも、まともなこと言ってるって勘違いしているあたりがもう、鳥もの。人間とつるんだりなんかするから、心まで弱くなるんじゃないの」
「そう……普通の魔人と違う考え方を持つあなたになら、しはアタシ達のことを理解出來ると思ったのだけどね」
「見當違いも甚だしいんだよ全ブス。汚ねぇ曬してねぇで服を著てくれないかな。文明的じゃないよ、お前はサルですか?」
「……特級だからって、調子に乗らないことね」
ぎり、と歯を軋ませる全。
「十秒……いや五秒かな」
全員を見回し、セレナは聞こえよがしに呟いた。
は怪訝そうな顔をする。
「なにを――」
その頃には幾つかの行が済んでいた。
「ゔぉッ」の絡んだ呼気をらしたのはランタン。セレナが『土』魔法によって作り出した円錐が彼の腹部を貫いたのだ。そのことに驚愕した男魔人の片方の背後に『空間移』したセレナは「な――」右の抜き手で魔力爐を貫き機能を停止させ「え」左手で頭部を首から毟り取った。もう片方といえば「あ、ああっ、ぁあああッ……!」などと斷末魔を上げながら豪炎にを焼かれすぐに炭の塊と化した。
「――言ってる、の」
そうしてようやく、エルと呼ばれていた全魔人の言葉が終わる。
言葉を停止させる間もない程の剎那で、殘るはエルのみとなった。
「一秒も要らなかったかぁ。あぁごめん、さっきなんて言ったの? 特級だからってのあたり。もう一回言ってくれる?」
エルの背中に聲を掛ける。
彼はセレナからすればうんざりするくらいの時間を掛け、ゆっくりと振り返った。その顔に浮かぶのは恐怖ではない。理不盡に対する不満と怒り。
魔人に生まれた者が本來避けられない理不盡。弱いから死ぬという當たり前に対する、弱者の意思表明。
「何故……人間なんかの側に。これの程の力があるなら、囚われのに甘んじる必要なんて――」
「そういうところがダメなんだよブス。服なんてを覆えればいいのに、人間ってのは工夫を凝らしてデザインなんかするでしょ。そこがいいんだよね。可い服、綺麗な服。必要かどうかじゃなくて、心を揺さぶるからしくなる」
「……《カナン》に、アンタを揺さぶる何かがあるっていうの」
「可くて強くて面白い、そういうサムライがいるんだ。まだまだあの子で楽しめそうなんだから、お前らみたいなゴミに邪魔されたくないんだよね」
「分かってない、アンタは何も。アタシ達は――」
「いや、興味ないから」
『熱』魔法が一條のとなって駆け抜け、彼の魔力爐を焼き貫く。
「――ッ!?」
「世界は遊び場で、セレナはセレナがしたい遊びをする。魔王サマの下について雑魚と群れる? 吐き気がするね」
「萬が一、世界に太が戻るようなことがあったら……」
「だから、興味ないって」
『土』魔法で彼のを覆い盡くし、土壁に閉じ込める。
《偽紅鏡》の方は人間のようだし、全からは魔人側の最新報を抜き出せる。ランタンも殺していないし、ヤクモの悪を煽るような結果にはなっていない筈だ。
彼の嫌がることをした上で協力関係を維持させるというのもゾクゾクするが、彼が示した『特級魔人であるセレナが都市を歩き回れるようにする』という未來の方が興味深い。
そのためには今のところ、その他大勢の人間共に協力的と思わせた方がいいだろう。
とはいえ。
「そっちは手伝わないからね、ババア」
『空間移』の移範囲ではあるが、大分距離が開いていた。
噴き上がる紅炎を見るに、戦いはまだ続いているのだろう。
「はぁ、牢屋も夜も変わんないなぁ。何もなくて、退屈だ」
セレナは『土』魔法で椅子を作ると、そこに腰掛ける。
ぼんやりとサムライ同士の戦いに目を向けながら、己を楽しませてくれるもう一人のサムライを思い出す。
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