《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》288◇天秤
赤銀の魔人ビスマスとセレナの視線がわされたのは、実際には一瞬程度のことだった。
「……よかろう。こちらは四、貴様らは二の駒を損なわずに済む。相違ないか」
ランタン、全、そしてアカツキとミミで四。ミヤビとチヨで二。
「分かりきったことは言わなくていいから、さっさと消えなって」
「十年級(トドル)風がよく吠えるものだ」
「その首噛み千切ってあげようか」
「フッ」
ビスマスは何を思ったか、小さく笑った。
アカツキとミミのが宙に浮く。
『風』魔法だ。
「魔王に従う人間、《黎明騎士(デイブレイカー)》を庇う魔人。この時代は、退屈せずに済みそうだ」
「勝手に満喫してろよ、おじいさん」
「次はその命、貰いける」
「誰があげるかバーカ」
ビスマスのも浮き、彼らはそのまま闇の中に消えていく。
「待っ、逃がす……わけにゃ」
「うるさいよババア」
セレナが杖代わりとなっていた太刀を蹴ると、ミヤビはそれだけで勢を崩して倒れてしまう。
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普段ならば絶対にこんな醜態は曬さない。
ミヤビのはとうに限界を越えていた。今生きているのも不思議な程。人間の脆さを知っているセレナからすれば、その生命力はとても自分が殺してきたゴミ共と同じとは思えない。
呆れる頑丈さだ。
「てめぇ……」
まだセレナを睨む力も殘っているらしい。
「死にたくないなら黙ってなよ」
セレナが屈んで彼に手をばす。
反的に警戒心を見せたミヤビだったが、即座にそれを解く。
に染み込んだ反応と、それを瞬時にし切る神力もまた人間離れしていた。
「クソ……」
ミヤビが素直に仰向けに倒れる。
どこにそんな元気が殘っているのか、拳を地面に叩きつけるミヤビ。地面が拳大に陥沒。余程悔しいらしい。
彼の傷口に手をあて、『治癒』を施す。
太刀が人間狀態に戻り、ミヤビの傍らに膝をつく。
「……セレナ、貴方」
「うるさいよ。圧し折られたくなかったら黙ってて」
『治癒』を中斷されるわけにはいかないからか、チヨは素直に口を閉ざす。
言いたいことは分かる。だが言われたくない。
自分でも答えがよく分からないから。
セレナはしいものが好きだ。しいものを作る者と、しい顔をした男。これがあればいい。
戦いで満たされる魔人という生きの中にあって、セレナは異だった。
強さにこだわりを持つ魔人にとって、セレナの『萬能』という魔法は蔑みの対象となった。
自ら何かを生み出すことが出來ず、これまで目にしてきた魔法を劣化させて再現する魔法。
思想も魔法も魔人らしくないのに、強さだけは冠絶している。
さぞかし疎ましかったことだろう。それでも強かったから従う者は沢山いた。
人間との戦いで命を落とした部下は大勢いたが、助けられるタイミングがあっても見捨てていただろう。思いれなんてないから。
じゃあ、何故この人間を助けた。
魔人らしくない? 違う。セレナらしくない。
「……お前さん」
ミヤビだ。気持ちの切り替えが済んだのか、もう落ち著いている。
「半死人は大人しくしてろよ」
「ヤクモに執著してんのは、ほんとらしいな」
傷は急速に癒えているとはいえ、その顔は蒼白。だがミヤビは楽しげな笑みを浮かべている。
「はぁ? なんでそこでヤクモくんが出てくんのさ」
「てめぇで考えな。脳みそ使えよ」
くっくっくと、ミヤビは愉快げ。
……いつだったか似たようなことをセレナが言った気がする。こんな時に意趣返しとは、このババアに殊勝な態度など期待するだけ無駄なのだろう。
このを助けてしまったことが、ヤクモに関係ある……のだろうか。
――ッ!
「そっか……」
思い當たる。
ランタンと全を捕らえていた位置からぼんやりとアカツキとミヤビの戦いを眺めていたセレナは、ミヤビが死にそうになり、他の魔人が接近してることに気づいた時には移していた。
上手く分からないががいた。
のきに大きく遅れて、脳が理由を描畫。
こういうことだ。
そもそも、ミヤビ組とセレナだけが此処へやってきたのがヤクモの為。
彼を大會本戦に集中させる為に、裏に問題を処理しようとしたわけだ。
それだって、セレナに勝利したヤクモが人間同士の戦いで敗北するなんて許せないから。
つまり、これも同じ。
あそこでミヤビが死に、敵のヤマトだけ助かった場合。ビスマスとヤマトと戦うことになっただろう。別にそれはいい。
問題は《カナン》に齎される影響。
わざわざランタンと全を返す理由もないから二は殺すとして、ミヤビと相打ちに持ち込んだヤマトに加えビスマスと相手取るのは厄介。
どちらが勝利するにしても、ミヤビの死は知れる。
最悪の場合、同じヤマトに殺されたという報も。
ランタンの記憶を抜いたことでセレナは知っているのだ。そのヤマトは名をアカツキといい、ヤクモとの戦いを生き延びている。
そのことを一どれだけヤクモに隠せる? 大會とやらは一日二日では終わらない。どういう伝わり方をするにしろ、彼のコンディションに多大な影響が出ることは必至。
そもそもが心とやらで強くなる戦士なのだ。逆も十分有り得る。
ミヤビの死は、ヤクモの神衛生によくない。そういうことなのか。
「…………」
セレナのに去來したのは、安堵に近い。
自分が分からない、変わってしまったのかという困からは抜け出せた。
人間の抱えるのようなものが芽生えたわけではない。
自分は自分のまま、このの命を拾ったに過ぎないのだ。
「あいつは、あたしが死んだくれぇで弱くなるような奴じゃあねぇけどな」
「はっ、じゃあ今からでもセレナが殺してあげようか?」
「戦(や)るってんなら構わねぇよ。あたしとしちゃあ、やり辛いがな」
「はぁ?」
「てめぇが何考えてようが、どんだけむかつく魔人だろうが、命の恩人だ。首を刎ねるのは、ちとが痛む」
「ほんとむかつくよきみ、どこがってその狀態でセレナに勝てるつもりでいるところがさ」
「助かったぜセレナ(、、、)。この恩はどこかで返す」
ミヤビが軽薄に笑う。
「キモ過ぎるんですけど?」
鳥が立った。
「けない限りだが、帰るしかねぇな。あ、當たり前だが魔力爐抜いてまた牢にれるからな」
「謝してる奴のセリフじゃないよね」
80萬字突破しました!
次かその次から本戦開始出來るかと思います
引き続き応援していただければ嬉しいですm(_ _)m
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