《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》292◇武裝

「行きましょう、兄さん」

「あぁ」

手を繋ぐ。

最初の頃と違って、兄妹を笑う聲はとてもなくなっていた。

今日も観客席には応援してくれる友人がいて、家族がいて、師がいて……。

「ヤクモくーん、がんばってねー」

ひらひらと手を振るのは、フードつきのローブを纏った

珍しく貴賓席ではなく一般席に來ているミヤビ。

その隣にいるローブ姿の人影は――セレナだった。

「んなっ……何を考えてるんですかあのおっぱい魔王」

アサヒの気持ちも分かる。

なにせ、《黎明騎士(デイブレイカー)》が特級魔人を連れて試合観戦に來ているのだ。

これがミヤビでなかったら正気を疑っているところだ。

ミヤビなので何か取り引きがあったのだろうなと察しがつくが、魔人の連れ出しを許可するとはセレナに何をさせたのか。あるいはさせたいのか。

とはいえ、ヤクモとしてはそう心配していない。

セレナがここで暴れ出すことはないだろう。こんなところで協力関係を破るならばもっと他にタイミングはあった。

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元々彼が都市で歩き回れるような未來も視野にれての協力関係。

許可がおりたのならば、それでいい。

ヤクモが控えめに手を振り返すと、セレナから黃い聲援が上がった。

――楽しそうなのはいいこと、なのかな。

は魔人。違う生き。それは前提。思考形態そのものが異なるのだ。

だが対話は可能だし、みを持って生きる個人だ。

既に殺した人間よりも救った人間の數の方が多いだろう。命は足し引きするようなものではないが、それでも人の扶けとなったことは無視してはいけない。

なくともヤクモは協力者として扱うつもりでいた。

「隊長……彼は例の」

アルマースもばっちり気付いたらしい。

ヤクモは拗ねて兄の手をぎゅうぎゅうに握るアサヒを宥めながら、応じる。

「師匠が側にいるし、萬が一のことが起きても大丈夫だと思う」

そもそも現在は日中。魔人である以上、力を大きく削がれている。

「そう、ですね。我らは目の前の戦いに集中しましょう」

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「あぁ」

試合が始まる。

「抜刀(イグナイト)――雪夜切・赫焉」

ヤクモの髪がび、雪白に染まる。

その手に雪の如き刀の刀が収まり、ヤクモの周囲に雪華が舞う。

「展開(イグナイト)――プリズム・シャスマティス」

接続可能窩(ソケット)、という語がある。

一人の《導燈者(イグナイター)》が同時に展開可能な《偽紅鏡(グリマー)》の數は天のもので、増減はしない。

ヤクモの場合は三。同時に三人の《偽紅鏡(グリマー)》を武化出來るということになる。

アルマースは、十三だという。

同時に十三人の《偽紅鏡(グリマー)》を武化出來る才能を持っている。

だが彼のパートナーはアルローラだけ。

十二枠は未使用のままなのか。それは違う。

特別なのは《導燈者(イグナイター)》だけでなかった。

アルローラもまた特別な《偽紅鏡(グリマー)》だった。

型、非実在型。《偽紅鏡(グリマー)》の大まかな分類。

アルローラのような《偽紅鏡(グリマー)》は、武裝型と呼ばれる。

極めて特殊な存在で、武として幾つもの形を持ち、その形ごとに搭載魔法が異なる。

一つの形につき一つの接続可能窩(ソケット)を埋めるというのだ。

は様々な武になれるし、またならないことも出來るし、そして――。

開始と同時にヤクモは駆け出し、彼に迫る。

地を蹴るというよりるような軽やかな足取りで接近。

「No.6」

地面が隆起し、ヤクモの進路上を塞ぐ。左右への移も防ぐように壁は橫に長い。

赫焉の粒子を踏んで上を行くか、あるいは勢いを殺さず綻びを切って突き進むか。

予選や任務での魔法全て合わせても、アルマースの手札全てには屆かないだろう。

まだ見ぬ魔法、まだ見ぬ武があるのだ。

それを警戒して迂回路を選ぶか、準備する暇は與えぬと押し通るのか。

――押し通る。

綻びはそう遠くない。

先行させた粒子を杭狀にし、綻びを穿――つ筈だった。

『……! 『俯瞰』で粒子のきを視ているんです!』

綻びの位置が直前で変わってしまい、粒子が土壁に喰い込むだけに終わってしまう。

壁で両者の視界を遮れば、その向こうで敵が何をしているかわからなくなるもの。

だがアルマース組には『俯瞰』の魔法がある。

上からの視點を持つが故に、彼だけこちらのきが把握出來るのだ。

「『空傘(からかさ)』」

『承知』

赫焉粒子を薄く広く板狀に引きばし頭上に展開。

俯瞰的視點からの報を遮斷。『俯瞰』は高さを変更出來る筈だから、アルマースが対応するまで猶予はない。

「『白甲』、『雙・二連』」

白き鎧が三つ作られ、一つがヤクモを包む。殘る二つは囮としていてもらう。

最後に『空傘』を解除し、三つの鎧の周囲に漂わせる。

傍目には誰がヤクモか分からない筈だ。

ヤクモと分の一つが左右に分かれ壁の突破を目指し、分が赫焉粒子を足場としながら空中に躍り出る。

「相手の一手一手の意図を理解し、素早く対応する。やはり隊長は素晴らしいです」

壁の向こう側から聲が聞こえた気がした。

次の瞬間、様々なことが起きた。

壁を越えようとした分が、何かに喰われた(、、、、)。

壁が勝手に崩れたかと思えば、向こう側にはフィールドを埋め盡くす騎兵(、、)で溢れていた。

アルマースの格好が制服から鎧とドレスを合わせたような裝へと変わっていた。

その裝にはものを引っ掛けるベルトが巻きつけられており、用途の分からないナニカが大量に裝著されている。

も剣を握っていたが、驚くべきはその背後の空間。

客席が見えない度で剣と槍が空中に敷き詰められている。

『……これが、武裝型』

『彼は様々な武になれるし、またならないことも出來るし、そして――。』

そして――全ての形に同時になることが出來る。

「隊長、貴方は優秀な剣士です。私が並の《導燈者(イグナイター)》で、アルローラが普通の《偽紅鏡(グリマー)》であったなら勝てなかったでしょう。あるいは私が特級魔人で同じ規模の魔法を行使したとて、貴方がたの前に首を刎ねられたかもしれません。ですが――私達は私達なのです」

は本気を出すと言った。なるほど、これが全力。これでも全ての形を実行しているわけではないかもしれない。

そして彼が言うように、魔法の規模だけが凄まじいのでもなかった。

ヤクモ達は魔法で敵を圧倒出來ない。

これは勝負であって殺し合いではないのだから、殺す気で斬ることも出來ない。

だから必然的に、勝利は武破壊が主なものとなる。

を破壊されれば、《偽紅鏡(グリマー)》は人の姿に戻る。

再び武化するまでの短い時間で《導燈者(イグナイター)》の首に刃を添えれば、誰の目にも勝敗は明らか。

だが、アルマース組にそれが出來るのか、という問題がある。

「はい。アルローラを武破壊で人に戻すことは極めて困難でしょう」

どれを破壊すればいい? どれだけ破壊すればいい? そもそも非実在型にもなれるならば、全て壊すなんてことも出來ないのだ。

これが十三の別々の《偽紅鏡(グリマー)》ならばやりようはあったのだ。

破壊するごとに人に戻るのだから。

「貴方がしいのです隊長。共に太を取り戻しましょう?」

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