《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》296◇観戦

第三人類領域《カナン》にて、年に一回行われる大會。

人類を護る領域守護者、その育を掲げる四つの學舎で予選が行われ、それを勝ち抜いた猛者のみを集め、本戦が執り行われる。

各予選で準決勝以上に進んだ四組ずつ、合わせて十六組で、都市最強の訓練生を決めるのだ。

領域守護者候補の中で、最も優れた一組は誰かを。

ヤクモとアサヒはつい先日、四つある學舎の一つ《燈の耀》の學ランク第一位アルマース組と戦い、本戦一回戦を勝ち抜いた。

ヤクモ組とアルマース組の試合が一試合目だったのが、それ以前に結果の出ている試合もあった。

《蒼の翼》第六位《無傷(むしょう)》アンバー組が、棄権を申し出たのだ。

これによって、対戦相手である『』の第二位《銀雪》クリストバル組が不戦勝。

クリストバルはアサヒの腹違いの兄であり、都市に大きく貢獻した名家である五大家(ごしきたいか)の一角、オブシディアン當主の長子だ。

ヤクモたちとは、互いに勝ち進めば準決勝であたる相手。

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第一回戦で、八組が姿を消す。

初戦の勝者になれるのは、殘り六組。

その日、ヤクモとアサヒは放課後に試合の観戦に向かった。

「隊長」

ヤクモたちが立ち見すべく最前席の更に前にいると、聲を掛けてくる者がいた。

白銀の髪に見惚れるような貌をした、『』の一位アルマースだった。

の隣には、パートナーであるアルローラの姿もあった。

アルローラは會場の外で売っている菓子類をぱくぱく食べていた。

「ちっ、貴ですか。負けたくせに兄さんに何のようです」

アサヒはヤクモの腕にぎゅうっと絡みつき、牽制するような視線をアルマースに向ける。

「いえ、隊長と私の約束では、勝った側が相手を引き抜けるということだったので、敗北した場合でも隊長に聲を掛けることは不自然ではありません」

今日もアルマースの聲は平坦だ。

負けたことへの悔しさがない筈がないが、表に出さない。

「んぐっ。引き抜けるというだけで、引き抜くとは言ってませんし!」

「その通りですね。故に隊長の意思を確認すべくやってきたのです」

「くっ」

を退けることができず、アサヒが悔しそうな顔をする。

「二人が仲間になってくれれば確かに心強いけど……。僕とアサヒは風紀委の班にっているし、すぐには決められないな」

「そう、ですか」

「それに、所屬の問題もあるよね」

アルマースは、ヤクモたちを『』に引き抜こうとしていた。

ヤクモが勝ったので引き抜きの権利は兄妹側が手にしたことになるが、これを行使すると逆にアルマース組を『白』に引き抜くことになる。

學舎の第一位がそう簡単に移籍できるものなのだろうかという疑問もあるし、口で言うほど簡単なことではないだろう。

「隊長と組めるのであれば、わたしは問題ありませんが」

アルマースは迷いなく言った。

アサヒも警戒は解いていないが、反対もしない。

妹なりに彼たちの実力を認めているのだろう。

「そうしたら、風紀委のみんなに相談してみるよ」

「はい、ありがとうございます」

ヤクモとアルマースの會話が一段落した瞬間、アサヒが口を開く。

「話は済みましたね? では――」

「隊長、このまま共に観戦させていただいてもよろしいですか?」

「よろしくないが……っ!?」

アサヒが目を剝く。

「わたしと兄さんから放たれているラブラブな空気に気づいていないのですか!?」

アルマースは首を傾げながら一歩ヤクモたちに近づき、すぅうと深呼吸。

「申し訳ございません、空気が特別変わっているようには思えないのですが……」

「比喩ですけども!」

「では、実際にはお二人からは何も放たれていない……?」

「雰囲気です雰囲気! 仲睦まじいカップルの姿を見れば、『今話しかけたら邪魔になってしまうな』と理解できるでしょう! そういうことです!」

「……急時など伝えるべきことがあれば、私は相手の狀態を問わず話しかけますが」

「えぇそうでしょうねもう理解しました!」

「理解が得られたようで良かったです」

アサヒはび疲れてぜぇぜぇ言っているが、アルマースは靜かに頷くのみ。

「それで、隣で観戦させていただいても?」

「もう勝手にしてください。わたしもわたしで勝手に兄さんとイチャつきます」

ふんっと鼻を鳴らし、アサヒがより一層絡みついてくる。

ヤクモは苦笑しながらも、それを振り払わない。

「というか、貴たちは何故観戦に?」

兄妹にとっては、対戦相手になるかもしれない相手の試合。

だがアルマース組は敗退したではないか、とアサヒは言いたいのだろう。

単に観たいから観にくる、というのでも問題ないとヤクモは思うのだが。

「理由は三つあります。一つ、実力者の戦いを見ること自が勉強になるから。一つ、隊長と會えるかもしれないと思ったから――」

「やはり兄さん狙いですか!」

「最後の理由は、『赤』のオブシディアン隊員……ではなく、コースさんの応援です」

アルマースに噛みつかんと牙を剝いたアサヒが、「え」と固まる。

コース=オブシディアン。

『赤』の三位で、アサヒの腹違いの姉だ。

廃棄領域《エリュシオン》奪還作戦にて、ヤクモが隊長を務めた《隊》のメンバーでもある。

アルマースも參加していたし、彼がヤクモをいまだに隊長と呼ぶのもあの作戦があったから。

「我々は同じ苦難を共有した仲ですから」

確かにヤクモ組もアルマース組もコース組も、同じ戦いをくぐり抜けた戦友と言える。

コースの方は、ヤマト民族であるヤクモとアサヒを嫌っているようだが……。

「……仲良かったんですか?」

アサヒの言葉に、アルマースは首を傾げる。

「あまり話をした記憶はありませんが」

「は、はぁ……そうですか」

個人的な親はなくとも、任務で共闘した仲。

にとってはそれで充分、応援する理由になるのだろう。

「そうなると、僕らはどちらを応援すればいいか迷ってしまうね、アサヒ」

これから始まる試合、片方はコース組。

こちらは《エリュシオン》で共闘した。

もう一組とは、《アヴァロン》で共に戦った仲なのである。

本戦一回戦、

《燈の燿》學ランク四十位《月暈(ヘイロー)》ラブラドライト=スワロウテイル

《紅の瞳》學ランク三位《人形師》コース=オブシディアン

両者がステージに現れる。

ラブラドライトの妹であるアイリがこちらを見つけた。

ヤクモが軽く手を振ると、アイリはグッと親指を立てた。

ラブラドライトの方は集中しているのか、こちらに気づいていないようだ。

アイリの視線を追うようにしてこちらを見たのは、コース。

今度はアルマースが彼に手を振ったが、思いっきり顔を顰められてしまう。

「貴嫌われてません?」

「殘念です」

そう言いつつ、アルマースは小さく手を振り続けていた。

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