《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》298◇糸繰

《燈の燿》學ランク四十位《月暈(ヘイロー)》ラブラドライト=スワロウテイル

《紅の瞳》學ランク三位《人形師》コース=オブシディアン

その試合開始を、ヤクモは観客席から眺める。

ラブラドライトの《偽紅鏡(グリマー)》であるアイリ、彼の搭載する魔法は『複製』だ。

他の《偽紅鏡(グリマー)》の能力をコピーすることが出來る。

コピー出來るのは常に一つのみで、新たにコピーすると上書きされ、同時に二つの模倣は不可。

そしてラブラドライト組はこの大會中、必ず対戦相手の能力を『複製』して戦い、勝利してきた。

全ては、『才能至上主義』を打破するため。

天才たちが磨いてきた力を、その試合で初めて『複製』した才能なき自分たちが打ち破ることで、訴えようというのだ。

模擬太に捧げる魔力の多寡や、領域守護者になるための才能の有無によって人の価値を判斷するのは間違っていると。

「この舞臺を、真似できるものならばしてみなさいよ、負け犬」

コースの前には、數十の人形が並んでいる。

人男ほどの格をした、無貌の兵士。木目めいた模様が走っているが、そのきは極めて人間的。歩行や関節の稼働にも不自然さはじられない。

あまりに人間的過ぎて、不気味なくらいだ。

「殘念ながら、格と才能は無関係ですからね。コースお義姉さまのことは好きになれませんが……彼は間違いなく天才です。それも、才能にあぐらをかかず努力するタイプの天才」

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ヤクモと手を繋ぎながら試合観戦に臨んでいるアサヒが、ぼそりと言う。

その言葉に反応したのは『』の一位アルマースだ。

「コースさんは《エリュシオン》奪還作戦において、《隊》のメンバーに選ばれた実力者です。あの人形群の作は、複數の屬を組み合わせることで実現した彼だけの魔法と言えるでしょう」

作』が含まれているのは間違いないが、それだけではない。

あれが木製なら『土屬』の派生『木屬』は大前提。

人間の形をした人形數十を同時に、しかも人間同様の機力でかすには『並列思考』が必要だろう。もしかするとモカのように『思考速度上昇』まで備えているかもしれない。

コースは人形を作する時に自分の目を両手で塞ぐが、それはつまり自分の視覚に頼っていないということ。

人形との『覚共有』か、あるいは幽のような視點を得られる『俯瞰』を持っているのかもしれない。

しかもあの人形は簡易的ながら魔力爐まで蔵しているという。擬似的であっても臓の機能を再現するなど、どういった屬を駆使しているのか。

コースは差別主義的で、実妹のアサヒやツキヒまで骨に見下している。

人間的には合わない(、、、、)が、彼の実力を支える才能と努力は、ヤクモも認めていた。

の滲む努力がなければ、ここまで完度の高い魔法はれない。

「真似、か。ではお言葉に甘えさせてもらおう」

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彼の武ハイブリット・アイリスは、通常時は右手の甲の上にとして展開される。

しかし一度(ひとたび)『複製』する相手を選ぶと――は弾け。

源(パターン)――パールホワイト・マリオネット」

その《偽紅鏡(グリマー)》へと変化するのだった。

だが、彼の前に人間型の人形群は出現――しない。

「どうしたのよ、演者も揃えらない? わたし嫌よ、負け犬団長の一人芝居だなんて」

コースの嘲るような言葉をけて、ラブラドライトはフッと笑う。

「特権階級が好むような、繊細な腳本は書けなくてね」

「……何を笑っているのよ、気の悪い」

コースはいつものように、魔法発中は目を塞いでいる。だがやはり、見えているようだ。

「雑な腳本で悪いが、手が込んでいれば面白いというわけではないだろう?」

「はぁ?」

ラブラドライトの人形は、遅れて出現した。

現れたのは、木の巨人。いや、巨木そのもの、といった方が近いか。

枝やっこがまるで腕や足のようにいているから錯覚しそうだが、人を模してはいない。

『木屬』と『作』二種類の魔法だけに絞って採用することで、同じ《偽紅鏡(グリマー)》でも異なる運用をしよう、ということなのか。

「不細工な人形ね。陳腐だけれど、今日の演目は『怪退治』になるかしら」

「きみのように、人間に近づけた人形は作れない。それを數十も同時にるなんて神業だ。驚嘆すべき技だよ」

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「あんたに褒められても価値がないわ」

「その魔法は、たった一人で複數の《班》と同等の働きを可能とするものだ。人形の魔力爐も、対魔獣戦を考慮してのものだろう? 人形が魔力攻撃できれば、魔獣の魔力防壁を打ち破れるものな?」

ラブラドライトの言葉に、コースがぴくりと反応した。

「……黙りなさいよ」

「だが、おかしいなコース=オブシディアン。きみは『赤』だ。守るのは壁の治安だろう? 暴徒鎮圧用にしては、その魔法は些か過剰ではないかな?」

「負け犬が、ごちゃごちゃと……!」

「グラヴェル組と共に戦い、理解したよ。その圧倒的な能力をね。きみも、兄のクリストバルも、本當なら『白』にりたかったんじゃないか? その為にい頃から研鑽を積んだのではないか? だが、実際は兄妹バラバラ。きっとどこかの誰かは、理解していたんだろうな」

グラヴェル組は、校と同時に學ランク一位を與えられた。

もしコース組やクリストバル組が『白』にいても、同じことになっただろう。

だから、どこぞの誰か――おそらくオブシディアン家當主――は、上のきょうだい達を別の學舎へ送ったというのか。

年下の妹に劣る事実を、數字で突きつけられる未來を回避すべく。

だが、そうだとしたらそれは、子どもたちにとって、どれほどの屈辱だっただろう。

まだ決定していない未來を前提に、自分の進路を決められ。

実の父に、から可能がないと斷定されてしまうなんて。

「きみはもしかすると、選ばれなかった者の気持ちがわかるのかもしれないな」

「うるさいのよ……ッ!」

の人形がコースの周囲を守り、それ以外が一斉に木の巨人に襲いかかる。

「庶民の淺い価値観で、わたしを理解した気になるんじゃない……ッ」

「安心しろ。理解したところで、僕らは分かりあえやしないんだから」

に駆られても、人形群のきが細を欠くことはなかった。

統率のとれた集団は蠢くに飛びつくことできを阻害し、魔力攻撃によって枝を切り落としていく。

「偉そうに説教垂れておいて、その程度なわけ!?」

「それ(、、)だよ」

「はぁ?」

「きみたちは慢心してしまう。自分たちこそが優秀だと。自分たちの選択は、未來永劫にわたって間違いないのだと。そんなわけがないのに」

く大木は、今も人形たちによって刻まれ続けている。

「……なんて言ってほしいわけ? ゴミを捨ててごめんなさいって?」

「――――」

「バッカじゃないの? 嫌いだから追い出してるんじゃないのよ? 役立たずだから処分してるの。あんた、自分が生まれてからこれまで生じた全てのゴミを、ちゃんと抱えて生きてるわけ? まともな人間なら、必要に応じて捨てるわよね? 都市規模で同じことをしているだけなのに、どうしてギャーギャー騒ぐのよ、理解に苦しむわ」

「……さすがは、実の娘さえ追放するオブシディアン家だな、言うことが違う」

オブシディアンの娘アサヒは、四歳の頃に壁外追放処分となった。

「あの夜混じりのこと言ってるなら、不愉快だからやめて。妹だなんて思ったことないわ」

ラブラドライトがギリッと奧歯を噛んだ。

今のは、アサヒのために怒ってくれた、のか。

「…………どのようなルールであろうと、人の守るべきルールを決めるのは、人であるべきだ」

「えぇ、わたし達のような、選ばれた人間が責任持って守護してあげるわよ」

「違うな。きみは人じゃない。人の心を持たない者に、都市の行く末を委ねるわけにはいかない」

その時、空から何かが降ってきた。

それはコースにだけ降りかかる。

――……槍?

木製の槍のようだ。

く大木の一部を、その巨に隠すようにして出していたのか。

目の前の巨木に目を奪われては、上空から迫る投げ槍に気づけない。

それも一本や二本ではなかった。

しかし、それら全ては、コースの展開した傘狀の魔力防壁によって遮らられる。

「槍の雨が降るなんて聞いていなかったけれど、傘を持っていてよかったわ」

コースの口元が笑みの形に歪む。

「それで? これでもわたしは慢心してる?」

「あぁ、期待通りだよ」

ラブラドライトが小さく笑い――。

コース=オブシディアンが、槍を雨を傘狀の魔力防壁で防いだのには當然、理由がある。

思考力と魔力の配分を考えた結果だ。

數十の人形に絶えず命令を出し続けることの負擔は尋常ではない。

特定の命令を與えることで自律行させることも出來るが、今回の場合は自ら指揮した方がよいと判斷。

の人形に自分を守らせているものの、空からの攻撃を完璧に防ぐのは難しい。

だからといって、ドーム狀の魔力防壁を展開しては魔力と集中力の無駄。

必要なタイミングで、必要なサイズの防壁を出せばそれで済む。

それでも、ラブラドライトの言う通り、コースが慢心していたというのなら。

それは、敵の攻撃を淺知恵と斷じたこと。

だから、反応が遅れた。

僅かに地面が盛り上がり、そこから先端の尖った木のが飛び出してきたことに、頭では気づいていながら、の反応が間に合わなかった。

自分を守るように飛び出してきた二の人形のを貫き、木のはそのままコースの腹部に突き刺さる。

魔力爐に損傷を負ってしまう。

「傲慢な者を倒すのは容易い。自分の思い通りに事が進んでいると思えば、簡単に油斷してくれるんだからな」

「~~……ッ!」

最初からだ。

彼はわざと、く巨木なんて不用な使い方をした。

をコピーしてもコースの技は真似できないと、これ以上ないくらい分かりやい形で示した。

そして、そんな巨木で目を引き、空から攻撃を浴びせるというのがラブラドライトの『底』だと勘違いさせたのだ。

初手で自分を見下させ、程度の低い攻撃を奧の手と誤認させ、コースを満足させた。

そして、意識を空に向かせてからの、地下からの一撃。

一手一手が特別優れているわけでも、趣向が凝っているわけもない。

ただ、コースという人間の質を考慮した上で仕掛けてきたからこそ、嵌ってしまった。

ラブラドライトが命じたのか、コースの命令が途切れて立ち止まった人形たちを押し潰すように、巨木が自ら倒れてくる。

「僕は、領域守護者の才では君に到底及ばない。でも君に勝てる。何故こんなことが起こると思う? 人類が生き殘るのに必要なのは、分かりやすい才能などではないからだ」

巨木との戦闘、そして今の倒壊で、人形の大半が機能停止に追い込まれた。

殘りは護衛の二と、倒壊から逃れた七

「君達が役立たずと斷じた人達の中にも、んな方法で都市に貢獻できる人がいたかもしれない」

魔力爐は破壊されたが、まもともな《導燈者(イグナイター)》は魔力を循環させている。

魔力を使うことであと何回かは命令を下せるだろう。

「なのに、どのような能力が開花するかもわからない子供さえ、君達は壁の外へ捨てる!」

命令を決める。

「僕はこの大會で証明しよう。君達の過ちを」

「キャンキャン喚かないでくれる? 底辺の妄想とか聞くに堪えないのよ」

圧潰を免れた七、二がラブラドライトに向かって駆け出す。

「……まだれたか」

ラブラドライトは、今度は人男ほどの樹木を出現させ、巨木の時のように枝とる。

おそらく、コースの魔力では二るのが限度だと思ったのだろう。

それだけ、コースの魔法は扱いが難しく、消費魔力も多いから。

しかしそれはラブラドライトの誤算。

殘る五は一瞬遅れてき出した――コースに向かって。

「……? ――いや、まさか」

自分に向かってくる人形に対処しながら、ラブラドライトが呟く。

コースの人形には擬似的な魔力爐が蔵されている。それは確かに、ラブラドライトが言ったように対魔獣戦を想定してのものだ。人形単で魔力攻撃を展開できれば、それはもう死なない領域守護者である。

コースはたった一人で、領域守護者數十人分の働きが出來るのだ。

しかし、用途はそれだけではない。いや、正確には本來想定している機能ではないのだが……。

コースの人形が魔力爐を有しているのは『付與』という魔法の効果によるものだ。

この魔法は、自分の能力の一部を別の何かに付與することが出來る。

人形に『視覚』を付與すれば、人形にはものを見る機能が追加されるし、『嗅覚』を付與すれば匂いを判別できるようになる。

コースはこれを利用し、人形すべてに『魔力爐』と、魔法をるための質を全て付與している。

重要なのは『自分の能力の一部』であること。

コース本人の魔力爐能には及ばないが、人形が持っている魔力爐は――コース自のものということになる。

故に、人形にれることで――まるでの魔力爐から魔力を引き出すように――人形の生み出した魔力を利用することが出來る。

護衛の二と合流した五の魔力全てを使い、コースは自の魔力爐の欠損部分を修復。

欠けた部分に対し『付與』を施すことで、擬似的に魔力爐を再生させたのだ。

そして、再生した魔力爐は再び稼働し、魔力を生み出す。

だが――。

「……ふッ……つぅッ……!!」

『付與』は擬似的なものでしかない。パズルのピースが欠けたとして、そこに嵌るように自分でピースを作ったとする。ピースは嵌り、完したように見えるかもしれない。

だが、完璧じゃない。急ごしらえの代用品を宛てがっただけで、正常な狀態ではない。

魔法が解けたら再び魔力爐は損傷狀態に戻るし、それをさせない為には不完全な魔力爐で魔法を維持し続けるしかない。

死なないために命を削るような行為。

ラブラドライトにけしかけた二は既に破壊されてしまった。

殘る七にも彼を襲うように命じる。

「相手の『底』を勘違いしていたのは、僕も同じだったようだ。反省するよ」

「勝手にしてなさいよ」

お待たせしてすみません!

GW期間中、複數作品更新予定です。

本日は『魔王城』と『新作』も投稿されます。

本作と合わせて、お付き合いいただけますと幸いです。

また、オーバーラップ文庫から発売中の書籍版ですが、

順當にいけば6/25に2巻が発売予定となります。

web版からの加筆もありますので、こちらもよろしければ!

ではでは!!!!!

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