《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》299◇糸切

負けるわけにはいかない。

負けるわけにはいかないのだ。

心ついた頃から、コースは劣等に苛まれていた。

アサヒとツキヒの所為だ。

の分際で、オブシディアン家のを継ぐなど、なんて傲慢なのだろう。

父も父である。姉妹の母マヒルがどれだけ武として有用か知らないが、道に子を産ませるなど正気とは思えない。

アサヒはオブシディアン家に泥を塗るほどの無能なのに、すぐに捨てられることはなかった。

腹立たしい。

ツキヒは夜を半分も引いているくせに、武として破格の能を有していた。

度し難い。

無能は無価値。壁の外に追い出し、『こうはなりたくない』と他の庶民を懸命に働かせるための見せしめとしてしか機能しない。

なのに、同じ家の敷地に、夜が三羽も紛れている。

きょうだいの母たちはマヒルを嫌悪し、追い出すよう父に頼んだ。

だが父は離れに隔離しただけで、夜を近くに置き続けた。

コースはそれが不愉快でならず、アサヒをよくめたものだ。己の分際を弁えているのか、反抗もせずに耐えるアサヒ。本當に自分の価値が分かっているのなら、さっさと出ていけばいいのに。

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だが、ツキヒは違った。姉がげられているのを見ると、コースたちに突っかかってきた。

悔しいことに、ツキヒを傷つけることは出來なかった。

オブシディアン家の発展に役立つかもしれない、優れた武

なによりも、父が期待を掛けていたから。

それが無に苛立たしく、だがいコースにそれをどうにかする力はなかった。

マヒルが死に、殘る二羽の夜が追放されると聞いた時はが踴ったものだ。

アサヒはもちろんのこと、ツキヒも父の期待には答えられなかった。だから捨てられる。

やはり夜は夜! ゴミはゴミ! 最後はちゃんと捨てられるのだ。

これでオブシディアン家は正常に戻る。綺麗になる。

優れたを引く、優れた者だけの空間が完する。

そう、思っていたのに。

ツキヒの殘留が決まり、それからしばらくして、ツキヒはその天才を開花させていく。

名をルナと変え、本宅に住まうことを許され、大きな顔をするようになった。

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あまりの優秀さに、誰も口出しできない。

母にもっと努力するように言われた。

コースは死狂いで努力した。

父には見向きもされなかった。

コースは反吐を吐きながら努力した。

ルナには及ばない。

努力、努力、努力。鍛錬を怠らず、睡眠時間を削り、己だけの魔法を確立し、オブシディアン家の役に立てると訴え続けた。

ルナには、及ばない。

おかしいではないか。

ヤマト民族は、役立たずの無駄飯喰らいなのに。

何故、そのを継ぐルナだけが、父の関心を獨占するのだ。

優秀な兄クリストバルや、自分が、何故ルナに配慮して別の學舎にらねばならない。

自分は『白』にり、壁の外で父の役に立つために、魔法を頑張って、鍛えたのに。

「これだけの魔法、これだけの神力。君なら努力のなんたるかを理解しているだろうに、何故天の力を盲信する」

ラブラドライトは樹木人形をってコース本人に接近するつもりらしい。

コースは自分の人形たちに魔力攻撃をさせるが、その度にばした枝で撃ち落とされたり、軌道をそらされたりして彼には當たらない。複數で防壁を展開し彼の進行を阻もうとすると、彼は樹木人形の枝をしならせ、その先端に摑まる。直後、枝が元に戻る力を利用し、彼は跳躍。

防壁の上を飛んでいく。

彼は空中で魔法を構築、コースの人形たちの防壁を越えて著地した瞬間、新たな樹木人形を出現させる。

魔力強化を使っている気配はない。アサヒのパートナーである夜同様に、を鍛えているのかもしれない。無駄な努力だ。そんなもの、魔法の才能があったら魔力強化で済む話なのに。

あの程度の能力を獲得するために、日々どれだけの鍛錬が必要なのだろう。非効率極まりない。

「何故って、ばっかじゃないの? わたしが優れているのは當然のことでしょ! わたしは、オブシディアンの娘なのよ!」

何故そんな當たり前のことが分からないのか。

あぁ、腹立たしい。

アサヒ、なんで戻ってきたの。なんで、魔法を一つも持っていないあんたが《黎明騎士(デイブレイカー)》になれるのよ。なんで無能のくせに夜の闇でくたばってくれなかったのよ。

ルナ、どうしてツキヒなんて名乗ったの。自分に汚らわしい夜が流れていることを、あんたは嫌がっていたんじゃないの。なんで、あんたまで黒點化してるの。

どうして、マヒルの子ばかり。

ばかり。

世界が定めたルールから、逸しているじゃない。

オブシディアン家は、五大家(ごしきたいか)に數えられる名家なのよ。

この都市の発展に最も貢獻した、偉大なる筋。世界の頂點。

対してヤマト民族は都市中に忌み嫌われる、汚れた。世界の底辺。

そう、教わって生きてきたのよ。

の《黎明騎士(デイブレイカー)》がやってきて、新たにアサヒと夜が《黎明騎士(デイブレイカー)》になって、ツキヒまで黒點化して。

そんな奴らが、都市を守った英雄になって。

なんでなの。

なんで、自分の知っている世界の常識が覆されていくのだろう。

自分は、こんなにも頑張っているのに。

腹立たしくてならない。誰も彼もが不愉快でしょうがない。

でも、一番腹立たしいのは――自分自だ。

オブシディアン家に誇りを持っているのではなく、その筋に縋っている。

己に努力ばかりを強いて、何も認めてくれない母も。そもそも期待さえ掛けてくれない父も。

大嫌いと言えればいいのに。

せないなら、作らないでほしかった。

作ったなら、すふりくらいはすべきだ。

そうでないなら、それさえしてもらえななんて。

あんまりじゃないか。

ヤマト混じりに強さと功績で劣り、注がれる期待とさえも負けるなんて、それじゃあ。

わたしの人生は、慘め過ぎるじゃないか。

そこまで分かっていて、まだ諦められないなんて、慘めの極みだ。

されていないと分かっているのに、今でもされたいと、認めてほしいと、褒めてしいと、こちらを向いて、微笑んで、頭をでて、自慢の子だと言ってしいと、そういう願を捨てられない、己の哀れさが、腹立たしくてならない。

何故、このを斷ち切れないのだ。

糸繰人形の糸を切るように、完全に切り落としたいのに。

そのまま倒れて、もうかないでいたいのに。

――無意味な努力を、無価値な人生を、やめられないのはなんでなの。

――こんな、苦しいばかりの日々を、いつまで続けていればいいのよ。

「君が何者であっても、それは才なき者を切り捨てていい理由にはなりはしない」

「うるさいのよ!!!」

こっちの臺詞だ、そんなもの。

才能なんてない。オブシディアンのけ継いでいるのに、自分はこの程度なのだ。

だから父は早々に見切りをつけ、同じ空間にいてもこちらに一瞥もくれない。

そんな自分さえ、世間的には天才だというのだから笑えてくる。

この自分に価値を見出さない父が、それ以下の有象無象を認めるものか。

そんな當たり前のことに憤り、ごちゃごちゃと喚く蟲けら共。

ただでさえ最悪なこの世界に、雑音を撒き散らさないでしい。

「どうでもいいのよ! あんたの人生も価値観も! 勝手にこっちを敵視して突っかかって來ないでくんない!? 迷なんだけど!」

自分で言ってて、おかしいのが分かる。

勝手にツキヒやアサヒを敵視して攻撃していた自分が、他人を責められる義理か。

わかっていても、ぐちゃぐちゃなは止まってくれない。

「そうだろうな。だが、こちらも引く気はない」

「うるさい! さっさと死になさいよ!」

屈辱的だが、仕方がない。

魔法の使い方を変える。

もう、普段のような高能の人形を生する余裕はない。

だが、ラブラドライトがやっているような樹木人形、あるいは『木屬』単の使用であれば可能。

彼のような付け焼き刃とは違う。同じ使い方でも、こちらの方が遙かに上。

迫るラブラドライトを無數の木ので拘束し、自分がされたように魔力爐を貫いてやる。

そうするつもりだった。

出來なかった。

「は?」

おかしい。何故、目の前に地面が広がっているのだろう。

――倒れた? わたしが? なんで!?

ラブラドライトの攻撃はけていない。地面からの攻撃は、二度は通じない。

そもそも、あれはコースが油斷していたから決まっただけ。普段の彼であれば魔力反応で見抜き、対応することが出來た筈だ。

では、何故。

「…………出來れば、君の不屈を、君自の魔法で打ち破りたかった」

ラブラドライトの聲が聞こえる。

何を言っているのか。いや、この言い草だと、ラブラドライトの攻撃をけたわけではないようだ。

「――魔力不足だよ、コース=オブシディアン」

――は? そんなわけがないでしょう!

だが、コースはすぐにラブラドライトの言葉が事実であると理解する。

どろり、と自分の中から何かがれ出ているのが分かった。

腹部の中から流れ出る、だ。

いびつな形で傷を埋め、無理やりかしていた魔力爐は、既に限界を迎えていたのだ。

魔力の生能力は凄まじい速度で低下し、最早『付與』を維持できないレベルにまでなっていた。

そうなれば魔力爐はが空いた狀態に逆戻りし、そんなでは人形を作できず、當然立っていることもままならない。

「まだ喋れるに降參した方が良い」

なんて、なんて中途半端な立ち位置だろうか。

才能なき者たちよりは遙か上でありながら、真の天才たちには到底及ばない。

下からは羨まれ、妬まれ、疎まれる。

上からは見向きもされないか、馬鹿にされる。

それらに翻弄され、それでもその中途半端な位置にしがみつく人生。

慘めなのは自分が一番よくわかっているのに、これ以上他人にそれを突きつけられたくはない。

そうやって、自分より弱い者の上に君臨して、己の無能をめる日々。

それさえも、もう終わってしまうのだ。

才能なき男に、敗北することによって。

「あたし、を、あたし、は……」

「……僕は今の世の中も、オブシディアンのも、君自も嫌いだ」

近な者は自分をさず、遠い者は自分を嫌っている。

それがコースの世界だった。

「…………」

「――だが、君の努力を否定することはしない」

「――――」

「『複製』してみてわかったよ。素晴らしい魔法だ、コース=オブシディアン。君はすごいよ」

「……………………うるさいのよ、負け犬」

おかしい。地面が霞んで見えない。

目頭が熱いし、鼻は詰まったようで呼吸が苦しい。

これじゃあ、まるで自分が泣いているみたいじゃないか。

自分を倒した、腹立たしい負け犬野郎の言葉に、喜んでいるみたいじゃないか。

コースは、絞り出すような聲で降參を宣言。

《燈の燿》學ランク四十位《月暈(ヘイロー)》ラブラドライト=スワロウテイル

《紅の瞳》學ランク三位《人形師》コース=オブシディアン

勝者・ラブラドライト組。

GW期間中、もう1話くらい更新予定です!

また、本日も新作と魔王城が更新されます。

よろしければ々楽しんでいただけますと嬉しいです。

ではでは!

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