《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》305◇姉妹
「おにいさんってソファで寢てるの? 妻と喧嘩中の夫かよ」
寮の居間で、ヤクモに向かってそんなことを言ったのは、アサヒの妹だった。
かつては白く染めていた髪は、今は艶やかな黒。
橫髪は顔の郭に沿うように、頬のあたりまでびている。後ろの髪は背中付近までびているが、先がぴょんっと外側に跳ねていた。
瞳のは銀で、目つきは鋭く、近寄りがたい雰囲気を放っている。
雙子の姉であるアサヒよりも小柄で、華奢な印象をける。
つい最近まで、抜の刃のような危うさがあったが、予選決勝を通して変化があった。
姉に対して尋常ならざる想いを抱えていた彼だが、その屈折したを上手く表現することが出來なかった。真剣勝負の場で互いのを吐き出した姉妹は、実に十年ぶりに家族としてれ合う日々を取り戻したのだ。
學ランク第一位《黒曜(アンペルフェクティ)》グラヴェル=ストーンのパートナー。
ルナ=オブシディアン改め、ツキヒ=イシガミ。
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夕食後の時間帯。今日は彼が泊まりに來ているのだった。
「もうっ、ツキヒってば。兄さんとわたしは、まだ夫婦ではないですよ」
言いつつ、アサヒは両手を頬に當ててをくねくねさせている。
『妻』『夫』の二語にだけ反応したようだ。
ツキヒは姉を見て微妙な表になる。
ちなみに、姉妹はソファーに隣り合って座っている。
対面にはヤクモとモカだ。
「ツキヒは、おにいさんの寢床がソファーだってことを哀れんだだけなんだけど」
「哀れというか、変ではありますね。ツキヒが夫婦と勘違いするのも無理がないくらいに親しい間柄なわけですから? 昔のように一緒に寢起きすればいいというのに」
「……おねえちゃんは、もっと男を警戒した方がいいと思うけど」
ツキヒの聲に拗ねるようなが混ざったのをじ取ったのか、アサヒが妹の手をとる。
「大丈夫ですよ。今日はおねえちゃんと一緒に寢ようね」
アサヒのツキヒに対する話し方は、々獨特だ。
い妹に語りかけるような優しい口調と、敬語が混ざり合っている。
「…………ベッドが足りないんだから、それは仕方ないよね」
ぷいっと視線を逸したツキヒの表は窺えないが、僅かに見えた口許は緩んでいるように見えた。
今日、ツキヒはこの部屋に泊まることになっていた。
寮は男別だが、これは《導燈者(イグナイター)》基準。
男子寮には男の《導燈者(イグナイター)》しか寮できないし、逆もしかり。
だが、《偽紅鏡(グリマー)》は《導燈者(イグナイター)》に付屬するものという扱いで、男の縛りをけない。
故に、男子であるヤクモの部屋に、アサヒやモカが共に暮らすなんてことが立する。
このルールがあるから《偽紅鏡(グリマー)》であるツキヒのお泊りも問題なく、逆に《導燈者(イグナイター)》であるグラヴェルのお泊りは問題になってしまう。
ので、夕食後にグラヴェルだけは子寮に戻ることになった。
普段から無表の彼だが、あの時ばかりは寂しげに映った。
と、ヤクモはグラヴェルの帰宅時の景を思い浮かべる。
「というわけで、おにいさんは今日もソファーだね」
「あはは、構わないよ」
「ご、ごめんなさいっ。私がヤクモ様の寢室をお借りしているばかりにっ」
モカがを震わせながら謝る。亜麻のふわふわ髪が、に逢わせてぶるぶる微した。
「いやいや、モカさんにはとても助けられているよ。それに、スファレ先輩の部屋に迎えられるところを、僕たちの為に殘ってくれたんじゃないか。謝ることなんてないよ」
今のモカはスファレの《偽紅鏡(グリマー)》なのだ。
彼の部屋で過ごせるのに、生活力のない兄妹を心配して殘ってくれているのだ。
謝こそすれ、疎ましく思うことなど有り得ない。
「ヤクモ様っ」
當たり前のことを言っているだけなのだが、モカが激するようにヤクモを見上げた。
「おっぱ……モカ? 今指一本分、兄さんとの距離をめましたね? ただちに離れなさい?」
アサヒは妹の前だと幾分おしとやかになる。
妹の前ではしっかりしよう、という意識が働くのだろう。
いつもなら頬を膨らませてぷんぷん怒っているところだが、今は顔に微笑をり付けてモカに注意していた。
だが笑顔が引きつっている。
「ご、ごめんなさいアサヒ様っ」
「ふふふ、分かってくれればいいんですよ?」
こういうアサヒは新鮮だ。
出逢ったばかりの冷たい雰囲気とも、家族になれてからの態度とも違う。
ツキヒの姉としての、アサヒ。
「それよりさ、なんでこのタイミングで泊まれとか言い出したわけ?」
「ツキヒとゆっくり過ごしたいなと思って」
「……それはいいんだけど、さ」
「昔はよく、一緒に寢ましたね」
「おねえちゃんが怖がりで、一人で寢れなかったんじゃん」
「ツキヒがいてくれたから、ぐっすり眠れたよ」
「……あっそ。でも、そこのおにいさんでも代用出來たみたいじゃん?」
ツキヒは、アサヒを死なせないように、四歳の頃から壁の外に出て魔獣と戦っていた。
遠見の魔法でアサヒの無事も確認しており、集落での生活もある程度把握しているようだった。
アサヒが壁外のヤマト民族達と打ち解け、ヤクモと兄妹になり、一緒に寢るようになったことも知っているようだった。
「ツキヒはツキヒだよ。代わりなんていない」
姉が真っ直ぐな視線を向けながら言うと、ツキヒは俯いた。その耳は赤くなっている。
「あー、もう、わかったから。話戻そうよ。った本當の理由は? 夕食の時に言ってた、改めて予選通過を祝おうとしたとか、そんな理由じゃないんでしょ?」
「そんな理由だよ?」
風紀委の仲間達が開催してくれた祝福と祈願の會を経て、アサヒはツキヒに対しても何かしたいと思ったようなのだ。
「…………あぁ、そう。じゃあまぁ、いいけどさ。逆でもよかったんじゃない?」
「逆?」
「いや、おにいさんをここに殘してさ、ツキヒの所におねえちゃんが來ればよかったじゃん。そうすればヴェルも混ざれたし、子會っていうの? そっちの方が自然な形じゃない?」
アサヒが深刻な顔になる。
「……あのね、ツキヒ。実は、この都市には、兄さんの純潔を狙う悪しき狐が複數潛んでいるんです。兄さんを殘してわたしが部屋を出れば、たちまち兄さんは襲われてしまうことでしょう」
「ふぅん?」
ツキヒが冷たい視線をヤクモに向ける。
「おにいさんって、モテるんだねぇ」
「もちろん、兄さんはわたし一筋だから天地が引っくり返っても浮気するなんてことは有り得ないと信じているんですけどね? それはそれとして不安になる乙心というか、狐が兄さんに近づくだけで許せないっていうか」
「……されてるね、おにーさん」
ツキヒの視線が更に冷たくなる。
「いや……その、たとえばツキヒさんが男子に言い寄られていたりしたら、僕のこと以上にアサヒは不安になるんじゃないかな?」
「……そうなの? おねえちゃん」
「ツキヒに……?」
アサヒはその様を想像したのか、しばらく沈黙。
「も、もちろんツキヒの自由だとは思いますけど……もし、ツキヒが嫌がっているのに言い寄る輩がいたら――葬ります」
目が本気だった。
「あはは、おねえちゃん騒だなぁ。それに心配しなくて大丈夫だよ。自分で出來るから」
軽い調子で剣呑なことを言うツキヒだった。
出逢ったばかりの頃には中の似ていない姉妹だと思ったものだが、もしかすると似ているところもあるのかもしれない。
「おにいさんのことが嫌になったら、いつでもツキヒに言ってよね、おねえちゃん」
「そんなことは有り得ないけど……でも、心配してくれてありがとう」
「……別に、そんなんじゃないけど」
アサヒはまっすぐに、ツキヒは素直ではないが彼なりに、互いを思い合っている。
ここまで姉妹仲が回復してくれたことを、ヤクモは喜ばしく思った。
それと同時に、ほんの僅かではあるが、いつも自分にひっついている妹がツキヒにべったりなのを見て、寂しさをじるのだった。
そのは、ツキヒと別れた瞬間に元通りになった妹の暴走しがちな表現を前に霧散するのだが、それは翌日の話。
書籍版2巻発売まであと1日!!!!!!!!!!
6/25が公式発売日となります!!!!!!!
よろしくお願いします……!!!!!!!!!!
乙女ゲームのヒロインで最強サバイバル 【書籍化&コミカライズ】
【TOブックス様より第4巻発売中】【コミカライズ2巻9月発売】 【本編全260話――完結しました】【番外編連載】 ――これは乙女ゲームというシナリオを歪ませる物語です―― 孤児の少女アーリシアは、自分の身體を奪って“ヒロイン”に成り代わろうとする女に襲われ、その時に得た斷片的な知識から、この世界が『剣と魔法の世界』の『乙女ゲーム』の舞臺であることを知る。 得られた知識で真実を知った幼いアーリシアは、乙女ゲームを『くだらない』と切り捨て、“ヒロイン”の運命から逃れるために孤児院を逃げ出した。 自分の命を狙う悪役令嬢。現れる偽のヒロイン。アーリシアは生き抜くために得られた斷片的な知識を基に自己を鍛え上げ、盜賊ギルドや暗殺者ギルドからも恐れられる『最強の暗殺者』へと成長していく。 ※Q:チートはありますか? ※A:主人公にチートはありません。ある意味知識チートとも言えますが、一般的な戦闘能力を駆使して戦います。戦闘に手段は問いません。 ※Q:戀愛要素はありますか? ※A:多少の戀愛要素はございます。攻略対象と関わることもありますが、相手は彼らとは限りません。 ※Q:サバイバルでほのぼの要素はありますか? ※A:人跡未踏の地を開拓して生活向上のようなものではなく、生き殘りの意味でのサバイバルです。かなり殺伐としています。 ※注:主人公の倫理観はかなり薄めです。
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