《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》306◇賭博

朝、ヤクモが日課の鍛錬を終えた頃、居間にアサヒとツキヒが出てきた。

「ほらツキヒ、朝ごはんの時間ですよ」

「うぅん……」

ツキヒは寢ぼけ眼をこすりながら、アサヒにひっついて歩いている。

その様子は仲の良い姉妹そのもので、ヤクモは微笑ましく思った。

タオルで汗を拭っていると、ツキヒと目が合う。

「おはよう、二人共」

「おはようございます、兄さん。今日も筋が……いえなんでもありません」

だらしなく弛緩しかけたアサヒの表が、すぐにキリッとしたものに変わる。

「…………」

ツキヒはしばらくぼうっとヤクモを眺めていたが、徐々に目が開いていき、やがて驚いたように肩を跳ね上げた。

そしてアサヒから離れる。

「ツキヒ? どうしたの?」

「おねえちゃん、ちゃんと起こしてよ!」

その顔は、恥ずかしい場面を見られたかのように、赤く染まっている。

どうやら、姉に甘えるような姿をヤクモに見られたのが、よほど堪えているようだ。

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「お、起こしたよ?」

妹に怒られたアサヒが、困した聲を上げる。

その様子を見て、ツキヒは口をわなわなと震わせ、だがそれ以上姉を責めることはせず、ずんずんと歩き出した。

「ツキヒ? わたし、何かしちゃった?」

「おねえちゃんは悪くない! 顔洗ってくる!」

洗面所に向かったツキヒの背中を、アサヒが心配げに見つめている。

「わたし、怒らせるようなことをしてしまったでしょうか?」

「いいや、大好きな姉に甘えているところを、僕に見られたくなかっただけだと思うよ」

ヤクモが言うと、アサヒは安堵するように微笑んだ。

「なるほど、それはわたしの配慮不足でしたね」

そう言って、アサヒはツキヒを追いかけるように洗面所へ向かった。

しばらく洗面所からわいわいと聲が聞こえたが、やがて靜かになったので、姉妹の話し合いは決著したようだ。

ヤクモは臺所へ向かい、調理を終えたモカと合流。配膳を手伝う。

戻ってきた姉妹を迎え、席につく。

ツキヒが機嫌の悪そうな顔で、口を開いた。

「忘れて」

「なんのことだい?」

ヤクモの答えは伝わったようで、ツキヒは「それでよし」と頷いた。

四人でモカの朝食を頂く。

「やっぱ料理上手いね、モカ」

ツキヒに言われて、モカがびくりっと震える。

話しかけられるとは予想外だったようだ。

「あ、ありがとうございますっ」

「ヴェルも最近上達してるけど、まだまだきみの実力には及ばないよ」

以前、グラヴェルとツキヒがこの部屋を訪ねてきた時の話だ。

大家(ごしきたいか)のオブシディアン家の庇護をけられなくなったツキヒは、普通の訓練生のように寮生活を送ることに。

だが、ツキヒは《偽紅鏡(グリマー)》だ。食堂の利用は出來ない。

パートナーのグラヴェルはツキヒを大事に思っているから、一人で食堂の利用はしない。

結果として、ヤクモ達のように自分達で食事を用意することになった。

が、領域守護者としての鍛錬に明け暮れていた二人に、調理技能はなかった。

そこで、モカが料理の指南役を買って出たのだ。

料理擔當はグラヴェルらしく、モカとグラヴェルは定期的に顔を合わせているようだ。

「グラヴェル様は飲み込みも早く、すぐに私よりお上手になりますよ」

「へぇ。あいつ、料理の才能あったんだ」

「ツキヒ様に味しいご飯を食べて頂きたい、という思いが上達速度に表れているのだと思います」

ツキヒがなんともいえない顔になった。

「……きみ、結構恥ずかしいことを言うんだね」

「ご、ごめんなさいっ。あの、でも、事実ですので……」

「わかったから……まったく」

ツキヒが自分の手で自分の顔を仰ぐ。熱を持った顔を冷ますように。

どうやら照れているようだ。

そんなツキヒを、アサヒがニコニコと嬉しそうに見つめている。

「なんか嫌だなこの空間。居心地悪すぎっ」

ツキヒが拗ねるように顔を逸した。

しばらくして。

「そういえば、ツキヒさん」

「なに」

「《班》を作っているんだってね」

「そうだけど? 誰に聞いたの――って、ネフレンか」

領域守護者の正隊員は、多くが學生時代に得た仲間と《班》を組み、その後も共に任務にあたる。

ヤクモ達は、風紀委の仲間と組んでいる。

ツキヒはこれまでオブシディアンの特権によって學舎にっていない期から、単獨行が許されていた。

だが、今の彼はもうオブシディアンではない。

もうルールは無視できない。

それでも、唯我獨尊を現するような過去の彼からは考えられない変化だ。

自分から、仲間を探すだなんて。

「意外といったら失禮かもしれないけど、きみがネフレンをれるなんてね」

大會予選では、かなり酷くネフレンを痛めつけていた。

その後、ツキヒはネフレンに謝罪をしたようだが……あの時には、のちに《班》を組むとは想像も出來なかった。

「まぁ、あれでも特級魔人戦を生き延びてるし、悪運が強いのも面白いよね」

ランク三十八位ネフレン=クリソプレーズ。

校時點でランクを與えられたのは、一位のグラヴェル組と四十位のネフレン組だけだった。

ヤクモは決闘を通してランクを奪い取った形となる。

その後々あって、今では友人だ。

「悪運?」

「三回、死んでた筈でしょ? おにいさんにコテンパンにされたあと、任務で獨斷専行、そして魔獣に囲まれた。あれで一回。次、おじさん魔人と遭遇、あれ一級相當だったんだよね? それで二回。そのあと立て続けに特級魔人セレナと遭遇、これで三回。全部おにいさんとおねえちゃんが一緒にいたけど、それでも普通なら今生きてないよね」

「兄さんの人助け病のおかげで生還できたことを考えると、幸運とは言えますね」

「あのさ、おにいさん。危険に突っ込むのは勝手だけど、おねえちゃんを巻き込まないでよね」

「いいんですよツキヒ。わたしと兄さんは一心同なのです」

「……おねえちゃんは、お母さんみたいなことしないでね、絶対」

姉妹の母マヒルは、姉妹の父でありパートナーであるオブシディアン當主を庇って、傷を負ったのだという。

そこまでパートナーのことを考えて行しても、ヤマト民族であり《偽紅鏡(グリマー)》である、という理由で家では冷遇されていたのだとか。

ツキヒの心配の気持ちに気づいてはいるだろうが、アサヒは淡く微笑むだけで答えなかった。

ツキヒは不満げな顔をしたが、再度問うことはしない。

もしかしたら、グラヴェルが危機に陥った時のことを想像したのかもしれない。

大切な人に傷ついてほしくないのはみんな同じ。

それでも、大切な人を守る為に戦わなければならないことがあり、戦いでは傷つくこともある。

それを、姉妹共に理解している。

「はぁ……」

ツキヒはため息をついた。

「ねぇ、おにいさん。確か、『』の一位と賭けをしてたよね」

「ん? あぁ、アルマースのペアが勝ったら、彼の《班》にるっていう……」

「それだね。あと、いつかの蒼雑魚……じゃなくて、九位のとも賭けをしたんだって? 昨日、おねえちゃんに聞いたよ」

「ラピスだね」

ツキヒがまだ荒れていた時期、ラピスとし関わりがあったのだ。

対戦相手の策略によって、ラピスのパートナーであるイルミナが倒れ、治療をしてくれる者も見つからなかった。

その時、ツキヒがオブシディアン家のツテを辿って治癒魔法使いを紹介してくれた。

説得する際に、ヤクモはラピス戦の勝敗にアサヒを賭けたと言い、ツキヒは大激怒しつつも協力してくれたのだった。

「負けたら結婚するんだって?」

「兄さんはわたしと結婚したいので絶対勝ちます」

アサヒが口を挾んだ。

「ならツキヒとも賭けをしようよ。ツキヒとヴェルが勝ったら――こっちの《班》にって」

食卓に張が走る。

「……きみは、より近くでアサヒを守りたいんだね」

「二人の戦いは、見ててヒヤヒヤするからさ」

姉思いのツキヒからすれば、當然のか。

ヤクモとアサヒのペアを解消させようとしなくなっただけ、認められたと考えるべきかもしれない。

「僕らが勝ったら?」

「好きに決めていいよ。おねえちゃんはどう? 他の奴らとの賭けには乗るのに、ツキヒとはダメかな?」

「だ、だめというか……えぇと」

「構わないよ、アサヒ。僕らは絶対勝つ。そうだろう?」

アサヒは一瞬ツキヒを見たが、すぐにヤクモの方を向いて、頷いた。

それを見て、ツキヒは微笑んだ。

「じゃあ決まり。ごめんねおねえちゃん。ツキヒ達が勝つよ。そうなると、お付き合いの約束もダメになっちゃうかもだけど、許してね」

そんな妹の挑発めいた発言に、この時ばかりは、アサヒも好戦的な笑顔で応じた。

「大丈夫だよ、ツキヒ。ツキヒは最高の妹だけど、兄さんとわたしは誰にも負けない。今度も勝つからね」

書籍版2巻発売中!!!!!!!!!!!!!!

よろしくお願いします……!!!!!!!!!!

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