玉(メイユー)の宮で大麻を見つけてから一ヶ月が経った。

僑月(キョウゲツ)に話をした十日後には宮から人がいなくなり、庭は藪が一掃されると、代わりに椿の低木が植えられた。

ひっそりとした蔵書宮は足音が響く。出來るだけ鳴らぬよう気を遣いながら棚の間をう様に歩いて行く。読んでしまった天文學の棚を通り過ぎ、次は何にしようかとうろうろしていると、生薬の棚に行き著いた。

しかし、橫目で見ながら、そこは素通りする。何でも試したがる明渓の格を心配した両親に、醫學に関する本だけは読むなと口を酸っぱくして言われ続けていた。

後ろ髪引かれる想いで通り過ぎ、次の棚を覗くと、珍しく人がそこにいた。明渓よりし年上の小柄な侍が、棚を左右に移し、本を探している。しかし、何だか顔が悪そうだ。

（初めて私以外の人をここで見たわ）

橫目で見ながら通り過ぎようとしたが、やはりその顔が気になり立ち止まってしまった。くるりと踵を返すと

「……あの、顔が悪いですが、大丈夫ですか？」

おずおずと聲をかけてみた。

一瞬、をびくりとさせた後、その侍は振り返った。いきなり聲をかけてきた人を怪訝な表で見る。

「……うん、ちょっと……でも、大丈夫ですから」

か細い聲はどう見ても大丈夫に思えない。

昔から、よく言えば姉、悪く言えばお節介と言われてきた。この格のせいで厄介事に巻き込まれてしまうのは日常茶飯事の事だと今では半ば諦めている。

「合が悪いのであれば、一緒に醫のもとへ行きましょうか？」

この格好で醫務室へ行くのは不都合なのは分かっている。でも、つい言葉が口を衝いて出てくるのはだから仕方ない。

「あっ、でも、それ程でもないし……明日には治るかも知れないし……」

侍はもごもごと言葉を繋げる。目の前にある棚の本を見て、ピンとくるものがあった。

「……何か食べた？」

肩がビクッといた。棚にはきのこの図鑑がずらっと並んでいる。

「もしかして、これ？」

そう言って目の前の棚を指さす。

「……うん、昨日、つい」

「大丈夫？　きのこは毒を持っているもあるって聞いた事があるけど」

「知ってる。祖父ときのこ取りに行った事があるから。その時見つけたのと同じがあったから懐かしくてつい」

最後の方は聲が小さくて聞き取りにくくなっていった。恥ずかしそうに下を向いている。

そういえば、死に至るきのこもあると聞いた事がある。

「し待ってて」

そう言って明渓は棚に手をばした。

（植ならいいよね。）

いい訳めいたことを呟きながら、何冊か手に取り紙をめくる。出來るだけ詳しく書かれているを手早く何冊か選ぶ。

「どれだか分かる？」

明渓はきのこが載っている箇所を指さす。侍は暫く見た後、紙を一枚一枚めくっていった。その様子を隣でじっと観察する。指先が震えていることもなければ、脂汗をかいていることもない。呼吸もれていないし、熱もなさそうだった。

「これかな。でもよく分からないけど」

侍が指差したのは「かきしめじ」だった。

本によると、樹の下に生えることが多く、一寸から三寸の傘は栗褐や薄い黃褐から赤褐までいろいろある。小さな椎茸やしめじに似ていて、きのこ中毒の定番だ。食べて一刻後ぐらいに頭痛を伴う嘔吐・下痢・腹痛などが起きる。

「癥狀は落ちついてきている？酷くなってる？」

「大分落ちついてきたわ。きのこには數日後に酷くなるもあるって聞いていたから心配になって。これを食べたならそこまでの心配はいらなそうね」

腹痛だけで終わるなら下痢止めを処方してもらうより、水分をとりながら毒を出し切った方がいいかも知れない。ただ、食べたのがこれだと確証がある訳ではない。

「念の為、食べたきのこを採った場所に行ってみない？」

「いいの？　會ったばかりなのに、時間は大丈夫？　それに他の宮の侍と親しくしてて怒られたりしない？」

「私がお仕えしてる方は寛容だからしばかり外出が長くなっても問題ないわ。それより、きのこのあった場所は目立つ所かしら？」

目立つ場所はこの姿であまり歩きたくない。

「東の端の木が生い茂っている所だから、目立たないと思う」

「それなら大丈夫。私がし後を歩くから、先を歩いて案してくれる？」

明渓はそう言うとついでとばかりに、きのこの本を十冊ぐらい選び腕に抱き抱えた。

「ここだよ」

侍が指さす場所には、先程図鑑で見たきのこが數株はえていた。明渓は記憶の中の絵と、侍は図鑑を広げ、目の前のきのこと見比べる。

「間違いないね」

「うん」

そう言うと侍はほっと一息ついて、ゆっくり立ち上がりった。

「ありがとう。もし、明日になっても治らなければ醫局に行くから大丈夫よ」

侍は中級妃に使える春鈴(シュンリン)だと名乗り、明渓になんども禮を言うと足早に立ち去って行った。

（さてと、どうしよう）

きのこをじっと見る。

（しなら大丈夫かな。飲み込まずに吐き出せばいいんじゃない？）

そう思って手をばした時、後ろから急に名を呼ばれ明渓は小さく飛び跳ねた。