《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天無に後宮を駆け抜けます〜》7きのこ後編
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(うーん!回復した)
僑月(キョウゲツ)は布団の上でびを一つし、立ち上がる。高熱のせいで、ここ數日まともに食事を摂っていないので、しふらつくが、熱は殆ど下がったようだ。
扉を叩く音がしたので、返事をすると韋弦(イゲン)がってきた。
「おはどうですか?」
「もう大丈夫だ。今日から仕事に出る」
「……もう一日休まれてもよいのですよ」
「醫見習いがそうもいかないだろう。それに、俺の持ち場はまだ手付かずだろ?」
秋の後宮にはきのこが生える。
食べる事が出來るもあれば、食べたら死ぬもある。後宮にいる者には毒かも知れないから食べないよう伝令は出しているが、中途半端な知識で食して腹を壊す者が必ず數人出る。
そこで、醫はこの時期になると擔當の場所を割り振られ、毒きのこの採取を命じられる。後宮は広いので、一人あたりの持ち場もそれなりの広さになる。
「ですから、僑月様の持ち場は私がしますから」
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「それは立場上おかしいだろ。大丈夫だ、俺がする」
韋弦の制止を聞き流し支度を整え、籠を背負うと持ち場に向かって行った。
(なんか、このあたり危険なの(ヤバいの)多くないか?)
後宮の東に位置するこの辺りは、木々が生い茂り日が多い上に近くに池があるせいか、じめっとしていてきのこが繁するにはもってこいの場所だ。そのせいか、生えているきのこの數も種類も多い。毒きのこもあるが、意外と食べれられるも多い。
(そうだ! 明渓にあげよう!! 喜ぶだろう!!)
にやけ顔で、確実に見分けられたを次々と手拭いに包んでいく。
普通に考えれば、妃嬪がきのこを貰って喜ぶはずがない。でも、そこがよく分からない。余りにも乏しい人間関係の中で育ったせいか、どこかずれているのだ。
そのせいか、きのこを採りながら思い出すのは明渓の事ばかりだ。
阿片の一件については、明渓の話が決定打となった。
帝がどの妃嬪を訪れるかは、勿論ご自で決められる。その意思が宦に伝えられ、晝過ぎまでには指名された妃嬪の宮の前に行燈(あんどん)が用意される。宦から連絡があった妃嬪は、夕食の時間までに湯に浸かり、を清め、侍達は帝の食事や酒を用意する。
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しかし、宦が帝に妃を勧める事もある。その為宦と妃嬪、または侍との癒著は盡きない。その多くの場合は金銭または寶飾品が使われるが、時には自のを投げ出す侍もいる。
勿論帝もその様な繋がりがあるという事は分かっているが、明確な証拠がなければ罰する事ができないのが現狀だ。せいぜい、不審をじた時に信用出來る者に偵を頼むのが一杯といった所である。
あの阿片を吸っていた三人の上司は、帝が後宮に來た際、お側に著く宦の一人だった。東宮が帝に確認した所、最近玉…玉(メイユー)を頻繁に勧めていたらしい。
上司を調べると、芋づる式に人が出てきて、それらは全員処罰され、妃は実家に帰された。
今回の事で、東宮からお褒めの言葉をもらえた事が、僑月はとも嬉しかった。
そんな事を考えながら手をかしていると、今見える範囲はほとんど採り終えたようだ。時間もあるし、もうし先まで採ろうとまだし余裕のある籠を背負い直す。
移しながら、この數日特にきのこの食あたりは無かったはずだと活報告書の文字を思い出している。自分が擔當だった場所で死人が出るのだけは避けたいのは醫共通の願いだ。
そんな時だった、明渓を見つけたのは。
「明渓様、何をされているのですか?」
急に聲をかけられびっくりしたのか、明渓が小さく飛び跳ねた。
「僑月は何をしているの?」
「毒きのこ狩りです。皆が口にする前に採る事になっています」
そう言って背中から下ろした籠の中を明渓に見せた。中は様々な種類の毒きのこで埋め盡くされている。
「あぁ〜!」
明渓は、キラキラした目で歓聲をあげ、両手の指をの前で組むとくるっと一回転した。僑月はそんな反応もするのかと、呆気に取られて口をポカンと開けている。開けた口で、かわいいとボソリと呟く聲は誰の耳にも屆くことはなかった。
「あの、お願いがあるのだけれど」
「私に出來る事ならなんでも! 何をすれば宜しいですか?」
「籠の中のきのこを見せてしいの!! 全部!!」
無意識なのだろうか、明渓が僑月の鼻先三寸の位置まで顔を近づけてくる。中が火照ってきて、また熱が上がりそうで思わず視線をずらした。
「きのこをですか?」
とりあえず一歩下がりながら答える。
「うん!!」
明渓がまた一歩前にでる。
理由は分からないが見たいと言うならと思い、籠から出して並べていく。
明渓は出した順に次々ときのこを観察し、匂いを嗅ぎ始めた。そしていきなり口を開けると、ガブリと……
「何してるんですか!」
僑月は思わず怒鳴りながら、寸前で奪い取る。かなりギリギリだった。
「ちゃんと吐き出すから」
「駄目です。っていうか、毒って言いましたよね?」
明渓は膨れながらこちらを睨んでくる。その顔も可いと思うが、醫として、いや人として毒きのこを目の前で食べさす訳にはいかない。
とりあえず、何をやりだすか分からない明渓の向に気を配りながらきのこを出していく。しかし、隙を見てまた齧ろうとする。
「駄目です」
幾度か攻防を繰り返しながら、やっと明渓がきのこを見終わった頃にはお互い息が上がっていた。
「ありがとう!」
頬を赤らめながら満足気に微笑む姿にをで下ろす。よかった、死人が出なくて。
そう言えば、こちらにも禮を言う事があったと僑月は思い出した。
「玉の件では大変助かりました。ありがとうございます」
「いえ、思ったより早く刑部がいてくれて良かった。刑部に知り合いが居るの?」
「う〜ん、居るといえばいるのかも知れませんし、居ないかもしれません」
とりあえず誤魔化しておく。
「それにしても、後宮に來てすぐにあの騒ぎだなんて、驚いたわ。よくあることな…」
「ありませんっっ!」
そんなに頻繁にあっては、後宮がり立たない。
「ま、あんな事は頻繁にはありませんが、慣れない後宮は不安ですよね。私でお力になれる事がありましたら、いつでも言ってください」
「いつでも?」
明渓が首を傾げる。確かに妃嬪と醫は必要以上に親しくなれない。僑月は口をへの字にして暫く考えた後で、懐から赤い手拭いを取り出した。
「もし、私の助けが必要な時はこれを庭の木に括ってください」
「……括ったとして、それをどうやって確認するの?」
明渓の顔が急に険しくなった。
「毎日私が見に行きます」
その言葉に明渓の眉間の皺がさらに増える。なんだか庭の蟲でも見るような目で見てくる。
「あの……何か気に障る……」
「では、私はそろそろ失禮するわ」
急に立ち上がる明渓を見て僑月は慌てた。何か失言をしたのかと考えるも、悲しいかな彼には心當たりがない。それではせめて、と申し出る事にした。
「でしたら、宮まで送って行きましょう。この時間なら人もないので、林を突き抜けて行けば目立つこともありません」
「一人で大丈夫よ!!」
そう言い殘すと、明渓は兎のごとく走り去って行った。
僑月はぼんやりとその姿を見送りながら思い出した。
明渓に贈るつもりのきのこがまだ手元にある。
(仕方ない、また窓辺に文と一緒に置いておくか)
うーんとびをひとつ。
手紙の返事はいつ來るんだろう。
お読みいただきありがとうございます。
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