《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天無に後宮を駆け抜けます〜》25.護衛
夏夜の宴から七日が経ったが、犯人はまだ見つかっていない。にも関わらず、明後日には第四皇子の元服の儀が行われる。
皇族は元服の儀が終わるまで本來の名前を明かさない。それは昔、名前を知れば呪詛がかけられると、信じられていたからだ。今時、そんな事を信じている人は殆どいないけれど、それが風習となって殘っていらしい。
本來の名を知っている人間は親、兄妹ぐらいで、その名を口にするのは他者がいない時だけと言う徹底ぶりだ。
第四皇子の元服の祭事は、神の祝詞が響く中、皇族と高の立ち合いのもと行われ、時間としては四半刻(三〇分)程らしい。
その後、別の建に移し、そこの広間で宴が行われる。
何故、明渓がそんなに詳しいのか――それは數日前に遡る。
朝夕はし涼しい風が吹き出したが、日中はまだまだ暑い。茹だるような暑さの中、僑月が何故か差しれてくれた夏柑を、明渓はほうばっている。甘酸っぱい果が口の中いっぱいに広がり、次いでを潤していく。ごくん、と音を鳴らし果と一緒に飲み込むと、もう一欠を指で摘み口にれる。
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(止まらない〜)
行儀が悪いのは承知で、指先を赤い舌でぺろりと舐める。僑月がこの夏柑をどこで手にれたのか――確かあの皇居の果樹園にも夏柑はあったはずだがーーは聞いてはいない。
いっその事話してくれればいいのにとも思うけれど、知ってしまえば今までのように気安く話す事が出來なくなるのは、ちょっとだけ寂しかった。
だったら、元服までの後數年を知らないふりで過ごすのも良いかも知れない。
そんな事を考えながら、夏柑一つを食べ終わった頃、香麗からの使者が桜奏宮を訪れた。
応対をしたのは、林杏だ。魅音の足は骨こそ折れていなかったものの、數日は青黒く腫れ、今も痛そうに足を引きずって歩くので、宮の細々とした事は林杏と春鈴でしてくれている。
しかし使者の伝言が、明日朱閣宮に來てしいという容だったため痛む足で無理して裝を選び始めてしまった。仕事熱心なのも困るなぁと思いながら、無理をさせる訳にはいかず一緒に裝を選び、次の日、久々に後宮の北門を潛った。
珍しく北門の前に朱閣宮の護衛が來ており、その者の後を大人しくついていく。今までと違って皇居には迫した空気が流れているのは、まだ、犯人は捕まっていなくて、誰かが命を狙われるかも知れないからだろう。
朱閣宮の中にると居間に東宮と香麗妃がいた。
(何故東宮まで?)
怪訝な表を顔には出さないようにして、手を合わせ禮をしたあと、じっと二人の様子を見ると、二人ともいつもと違って明らかに表が固い。
その固い表のまま東宮が話し始めた。
「船に矢がられた件については、刑部の者が引き続き犯人を探している。僑月や青周から聞いたお前の見解も伝えてある。思い出した事があればいつでも進言せよ」
「分かりました」
返事をしながら、明渓は目だけかして周りの様子をこっそりと探る。これだけの為にわざわざ呼ばれたとは考えにくいし、何だろう、嫌な予に背筋がぞわぞわする。そして、昔からこういう時の勘は外れた事がない。
「お前は、武だけでなく中々博識らしいな」
「いえ、決してそんな事はありません」
ここははっきり否定しておこう。
「そこでだ」
(私の話聞いていませんよね?)
「お前に、第四皇子の元服の宴の間、香麗の警護を頼みたいのだ」
「……警護ですか?」
明渓は今度は首をかして、周りをぐるりと見回す。
「あの……私なんかよりずっと屈強で警護に慣れている方が、沢山いらっしゃるように思いますが」
「ああ、勿論護衛は他にも付ける。刑部の武も信頼出來る者を青周が選んでいる」
だったら、自分何か出る幕はないだろうと、小首を傾げる明渓の表を読み取ったかのように東宮は話を続ける。
「しかし、護衛も武も男だ。香麗の側に常についていられるとは限らない」
……程、そういう事か。
祭事と宴では參列者も裝を替える。高であればそのままでも問題ないが、皇族の場合、祭事は専用の裝が用意されるため、著替える必要が出てくる。
何枚もを重ねる妃にとって、それは手間と相応の時間がかかる。それに、廁(かわや)に行く事もあるだろう。確かに男の警護だけでは行き屆かない事も多そうだ。
(でも、そう言われても…)
剣を振るった事はあるが、人を切った事はない。弓矢の件で博識のように思われているが、中途半端な知識で人は守れない。自分が警護している前で妃が倒れる可能を考えると、こちらの方が倒れそうになる。
「……私は実戦の経験も、護衛の経験もありません。もっと適任の方がいるように思います」
出來るだけやんわりと斷るが、そもそも東宮の頼みを斷る事が不敬にあたる。冷や汗が背中を一筋、つつっと流れるのが自分でも分かった。
「確かに、探せばお前よりもっと適任はいるだろう。しかし、その者を探す時間がないし、適任者が必ずしも信頼出來るとは限らない」
(いやだ、いやだ、)
心の中でつぶやく。
面倒見がいいとか、おせっかいとかよく言われるけれど、ここまではとてもではないが、面倒見切れない。
何と言って斷ろうかと考えていたら、いつの間にか香麗妃の顔が近くにあり、何故か手を握られている。
「明渓、貴しか頼る人がいないの。私の願い聞き屆けて貰えないかしら」
(そんな縋る目で見ないで!)
「私からも頼む」
(東宮まで、そんな目で‼︎)
「…………分かりました。どこまでご期待に沿えるか分かりませんが」
二人の視線に耐えられず、白旗を挙げる気持ちでこの話を引きけてしまった。
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