宴は皇居にある一際(ひときわ)豪華な建で行われる。白壁に朱の柱が用いられているのは、他の建と同じだが、建そのものが大きく天井が高い。

さらに柱一つ一つに細かな細工がされており、飾られている調度品も一級品ばかりだ。

明渓は、丸一日かけて鑑賞したい気持ちをぐっと抑え、不自然でない程度のゆっくりした歩調で目だけかしながら煌びやかな廊下を香麗妃の後に続いて歩いていく。

その先には、明渓の背丈の二倍以上はある金の扉があった。扉には竜が左右に一匹ずつ彫られており、手にはそれぞれ玉の様なを持っている。

その扉を側近が二人がかりで開け、中にると、天井から玻璃(ガラス)製の大きな洋燈(ランプ)がいくつもぶら下がっていた。真っ赤な絨毯は金と銀で細かな刺繍が施されており、踏むのをためらってしまうぐらいだ。

香麗妃はその上を堂々と歩いて、金箔がられた椅子にゆったりと座った。普段は気さくで親しみやすい妃だが、その凜とした風格は、流石、次期皇后といったじだ。

宴は帝の祝いの言葉から始まり、いろいろ話しているけれど、そもそも明渓は始めから聞くつもりがない。暇つぶしにぐるりと目だけかし、広間を見渡してみる。

広間の正面中央に帝が座っており、その橫にいる恰幅の良いが暁華皇后だ。顔にもにもたっぷりとがついているが、かつては後宮の薔薇、傾國の貌とまで言われただった。

ついで半円を描くように帝の橫に今日の主役である第四皇子――白蓮が座り、東宮、青周と続く。第三皇子は欠席のようだ。そして、皇后の隣に香麗、その後に明渓、扉の橫に春鈴が立つ。白蓮は髪を上げ、黒地に銀の竜が刺繍された裝を著ていた。その顔は明渓が見知っているものではなく、堂々とした佇まいは紛れもなく皇族のものであったのが、し悲しかった。

（もう、前の様に接する事はできない）

聲には出さずに、そうので呟く。

長かった帝の話が終わると、やっと料理が運ばれてきた。

始めに大と川魚の膾、ついできのこと松の実がった熱(スープ)、魚の塩焼き、豚の角煮……味そうな料理が明渓の前を次々と通過していく。今朝はいつもより早く起きたので、とてもいいじにお腹が空いてきた。

勿論、涎を垂らしたりなんかしないけれど、一度腹の蟲がぐーっと鳴り、前に座っている香麗妃の肩が上下に揺れていた。

挨拶から始まり、酒もったせいか宴は二刻(四時間)にも及んだ。ただひたすら立っているのも大変疲れる。

（何かの修行！？）

心の中で愚癡た時、帝と白蓮が立ち上がり、皆の前に進み出た。

（やっと終わる）

そう思った時だった。がたん、と隣から人が倒れる音がして、侍の悲鳴が上がった。場は騒然となり、全員が立ち上がって倒れた人――皇后――の方を見る。

始めにいたのは白蓮と、醫長らしき人、そして青周が皇后に駆け寄る。明渓も無意識に香麗妃より前に出て、皇后の姿が見える位置に立った。

「皇后様、どうされましたか？私の聲が聞こえますか？」

醫長が呼びかけるが、皇后の顔は真っ青で、額には脂汗が浮かび、手足が細かく震えていた。

「醫長、嘔吐剤だ」

白蓮が薬と水を手渡し、それを飲ませようとするが、痙攣が激しくうまくいかない。半ば押さえつけるように、強引に飲み込ませ吐かせていると、屈強な男達が擔架を持って來た。四人がかりでそのを乗せると、醫長や青周、侍達が周りを取り囲む様にして部屋を慌ただしく出て行った。

白蓮は殘り、皇后の毒見役に調の変化がないか確認した後、他の者にも確認をし始めている。

皇后以外に不調を訴える者は今のところいないようだけれど、二度にわたる事件を目の當たりにした香麗の顔は真っ青で、細い肩が細かく震えている。

東宮が肩を支える様にして妃を連れて部屋を出て行き、護衛達もその後ろに続く中、明渓も行くべきかと迷っていると、白蓮がこちらに向かって歩いてくるのが目の端に映った。

「明渓、一緒に來てほしい」

「……はい」

明渓のあらたまった返事に、僅かに白蓮の眉間に皺がよる。しかし、何も言う事なく、そのまま部屋を出て長い廊下を歩いて行き、途中何度か曲がりたどり著いた場所は廚房だった。明渓の後ろからついて來ていたのは、おそらく刑部の武だろう。

「殘っている料理と、材料を全て出せ」

料理人達にそう命じると、あっという間に大きな卓上に食材が並べられた。乗り切れないは、流し臺の上にまで並べられおり、白蓮はそれら出された全てを一つずつ手に取り、時には匂いを嗅いだりして見ていく。

「……質問してもよろしいですか？」

「何だ」

「皇后様が倒れられたのは毒によるものですか？」

「……分からない。癥狀が出ているのは皇后だけで、毒味役はぴんぴんしているし、料理を食べた他の者で調を崩した者はいない。ただ、皇后様は痙攣や意識が混濁としている事から、食中毒でないだろう」

白蓮の顔は強張り、焦燥しているのが橫にいてもよくわかる。明渓も出された食材を白蓮と一緒に手に取り匂いを嗅ぎ始める。刑部の武は、白蓮の指示があったのか、止める事なく明渓の好きにさせてくれた。

明渓の足が熱(スープ)の前で止まる。何かが引っかかっる気がして、匙で材をひとすくいして顔を近づける。頭の中を本の貢(ページ)が走馬燈のように駆け抜けて行く。

「……白蓮(ハクレン)様」

明渓は先程初めて知った名を、見知った顔に向かって呼びかけた。

「…なんだ」

白蓮の顔がし悲しげに歪んだ気がしたが、それは一瞬のことですぐに真剣な眼差しに変わった。

「皇后様は何処かの合が悪かったのではないでしょうか？」

「あぁ、歩くたびに腳の付けが傷むので痛み止めを処方していたし、最近は目も見えにくくなってきたようだ。それから、腎臓も弱っており薬を常用している」

「……腎臓」

明渓の中で一つ思い當たるがあった。ただ、それはあくまで可能にすぎないけれど、それでも伝えるべきだと思い、ゆっくりと熱(スープ)を指さした。

「これは、ヒラタケというきのこを使っています。ただ、もしかしてヒラタケに似たものが紛れ混んでいるかもしれません」

「似たもの？それはなんだ」

「スギヒラタケです。ヒラタケと似ていますが、ある持病を持つ人には毒となります」

昨年の秋に読んだ本を思い出す。

腎臓の機能が低下している人がスギヒラタケを食べると、急脳癥が起きる可能が高くなる。持病がなくても癥狀が出る事もあるそうだがそれは稀な事らしい。

もし、宴に出席した人間で腎臓を患っていた人が皇后だけだったら、他の人に癥狀が出ていない事も説明がつく。

白蓮と武漢は料理人達に確認をし始めたけれど、きのこは細かく切られているので、判斷するにはし時間がかかりそうだ。ただ、いくら似ているとはいえ、皇族の料理を作る人間がうっかり間違えるとは考えにくい。

そうなると、可能は一つだ。

――誰かが故意にれた――

スギヒラタケは、腎臓に病気を持つ人だけに危険とされていた時もありますが、今は持病の有無に関わらず毒とされています。

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