久々の青周です。彼は青龍宮に住んでいます。

卓(つくえ)に置かれた鳥籠の中を公主達が好奇心たっぷりの瞳で見つめている。籠の隙間から細い指をれてどうにかしてその黃い羽にれようとするも、鳥は籠の中央の止まり木からこうとしない。

「紗(ヨウシャ)様、雨林(ユーリン)様もう眠る時間ですよ。お布団にりましょう」

明渓が優しく寢室に(いざな)うも二人はきそうにない。

しかし夕食を食べ終えた東宮が「父様が面白い話をしてやるぞ」と言うと、あっけない程簡単に二人は笑いながら駆け寄って行った。東宮も満面の笑みで二人をけ止めると、軽々と抱え上げ明渓を振り返る。

「俺が戻るまで相手をしてやってくれ」

それだけ言い殘して部屋を出て行った。

（一緒に寢落ちしませんか？）

と疑いの視線を立ち去る背中に送ったあと、明渓は一人で酒を飲む貴人のもとに鳥籠を持って行った。

「青周(セイシュウ)様、早朝から鳥を貸して頂きありがとうございます」

「気にするな。それより呪詛を解くとはさすがだな」

明らかに揶揄っている調子で言ったあと、青周は座れと目の前の椅子を指さし、新しい杯を明渓の前に置いた。

白蓮(ハクレン)が毎日來るのに対し青周は週に一、二度朱閣(シュカク)宮を訪れる。

朱閣宮に來たばかりの頃、人した兄弟がこんなに頻繁に流しているのがし意外で「仲がよろしいのですね」と言うと、香麗(シャンリー)妃は意味あり気な目で明渓を見て「仲が良くなりたいのですよ」と言ってふふふと笑った。

「今日は後宮で流行っている珍しいを持ってきた」

明渓が椅子に座るのを待って、青周は足元に置いていたをドンと卓に置いた。ぐるりと風呂敷で包まれていて、中は分からないがその形(シルエット)はどう見ても酒瓶だ。明渓の形の良い目が一回り大きくなり、眉がピクリと上がった。

「中が知りたいだろ？　よく顔を近づけて見てみろ」

言われるがまま、明渓が鼻先が付きそうな程酒瓶に近づいたのを確認すると、青周は風呂敷の結びを解いた。はらり、と濃紺の風呂敷が目の前を通り過ぎたあと、明渓はつぶらな黒い二つの瞳と目が合った。目の周りは小さなウロコに覆われ、半分開かれた口からは先が二つに分かれた赤い舌が出ている。

「…………！！！！」

ガタっと椅子を倒して飛び跳ねるように立ち上がりんだ

「蛇酒！！！」

ニヤリと青周が笑ったのも一瞬のこと。

明渓は満面の笑みで手をばしてそれを抱き抱えた。

「あぁ、ありがとうございます。それも、これは珍しい異國の蛇を使った品でございますね！首が平く模様がっているこの蛇は、ここよりずっと西にある國で最強の毒を持つとまで言われる貴重な品種」

今度は燈りに翳(かざ)すように持ち上げ中を覗き込む。

「こんな間近に見ることができるなんて……」

うっとりと潤んだ瞳で呟いた。

「……驚かないのか？」

「驚いていますよ。昔、父が飲んでいるのをし頂こうとしたら、『蛇酒は大人の飲みだ』と言われて飲めなかったのです。それが今私の目の前にあるのですから！」

大抵の酒はくれるのに、蛇酒だけは貰えなかった。だから、一度飲んで見たかったのだ。

明渓は逸る鼓を押さえながら蓋を開けようと瓶を握って、はっと気づいた。

（青周様は『持ってきた』とおっしゃったけれど、『遣る』とは一言も口にされていない）

にも関わらず、頂いたと思い込んだあげく、飲む気満々で蓋を開けようとしている。明渓は自分の図々しさに頬が赤らむのをじながら、酒瓶からそっと手を離した。

ちなみに、蛇酒が後宮で流行っているのは、皇后を亡くし気落ちしている帝のために力がつくものをと宦長が用意したのが始まりだった。予想を上回る効果に後宮でちょっとした流行りになっているが明渓はそんなことは知らない。

目の前の酒瓶を潤んだ瞳で見つめ続ける。

（しい……）

思わずもう一度それを抱きしめる。

（しだけでもいいから……）

「青周様……」

急に思い詰めたような表をする明渓を訝しげに青周が見つめる。

「飲まれますか？」

目の前には新しく用意された杯もある。青周が飲めば自分も飲めるのではと考えての事だった。

しかし、頬を赤らめ上目遣いでおずおずと力剤を勧める姿は如何様にも取れてしまう。

「それは……」

青周はゴクンと唾を飲み込み周りを見渡す。

「場所を変えないか？」

「何処にですか？」

明渓は不安気に首を傾げた。

「青龍宮に」

とんでもないと、首を振る。青龍宮で飲んだら殘ったを持って帰れるか分からない。

しかしそんな様子に気を止めることなく、明渓の腕を摑み立ち上がらせようとする。

その時、後ろから細い指がすっとびてきて、その厚みのある肩を押さえ込み再び椅子に座らせた。

青周が振り返ると、いつの間に來たのか背後に香麗妃がいて、口元にだけ笑みを浮かべ見下ろしてくる。目が笑っていない。

「明渓は私の侍よ」

妃はそれだけ言うと扉の向こうに立ち去って行った。

あまりに都合(タイミング)よく現れた香麗妃に面食らいながら、青周は扉が閉まるのをとても注意深く見る。それこそ一寸の隙間も開いていないかを目を細め確認する。

そして、扉の閉まる音がすると明渓の腕から酒瓶を取り蓋を開けた。

明渓が酒瓶を傾け二つの杯に注いでいると、中の蛇と目が合ったのか鳥が騒ぎ始め、青周が床に置き直した。

「皇后様が飼っていらっしゃた鳥と聞いております」

酒を口にする青周を見ながら、明渓も杯を手に取った。

「あぁ、生前可がっていたものだ。……にしてもこれはきついな」

「はい、かなり強いお酒ですね。獨特の臭みが卻って癖になります」

「……そうか」

相変わらずかなりの速さで飲み干していく明渓を、青周は片肘を突いて眺めていた。その口角はし上がり、目は優しく細められている。大抵のなら宮中きっての丈夫がそんな顔をすれば頬を赤らめ、ともすれば枝垂(しだ)れかかるものだが、明渓は酒瓶にった蛇を見つめるばかりだ。

「そう言えば…」

ふと思い出したように蛇から青周へと視線を移す。

「白蓮様に『暁華(シャオカ)皇后の呪いが七不思議になる前に解明してしい』と言われたのですが、七不思議とは何のことですか？」

「あぁ、それは前皇帝が罷られた時に、宮中で帝の幽霊を見たとか、火の玉が飛んだとか……あと死人も出たな、そういった奇妙な事が立て続けに七件ほど起きてな。原因が分からないが殆どで、帝の霊による七不思議として今でも宮中の怪談話として噂されているのだ」

ブルッ

部屋は火鉢で溫められているのに、明渓は背中に悪寒が走るのをじた。しかし、それは決して霊を恐れてのことではない。

（七件……）

脳裏をよぎる悪い予を振り払うように蛇酒をグビッと飲み干した。

第二章は、『暁華皇后の呪詛』が主軸ですが、主観によって都合よく変わる噂話の曖昧さも一つのテーマにしています。

次話はwith 伯蓮　新しい呪詛の噂が出てきます

火、木、土曜日に投稿します。時間は16時前頃になる事が多いと思います。

※あくまでも予定です。作者の都合で変わる事もありますが、ご了承ください。

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