《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天無に後宮を駆け抜けます〜》6 .扉 with 白蓮
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「ですから、私は醫でして……」
白蓮は中級妃梅(メイルー)を前に先程から何度も同じ言葉を繰り返している。
「では、噂の侍を連れて來ればよいだろう」
「そう言われましても、私の一存では……」
「ならお前がどうにかしろ」
「ですから、私は……」
そして會話は同じところを數度行き來した後、
「いいからその侍に話を通して連れてこい!」
最終的にそう命令され、白蓮は宮を追い出された。
○○○○
「それで、白蓮様は私にどうしろとおっしゃるのですか」
明渓は目の前にある蛇酒を杯になみなみと注ぎながら、目の前にいる貴人をもはや遠慮することなく睨みつけた。
場所は朱閣宮の居間、宮の主人達は早々に寢室に引き上げ今は二人だけだ。
始めはお茶を飲みながら話を聞いていたが、話が『暁華(シャオカ)皇后の呪詛』に及ぶと「お酒を呑みながらでもよろしいですか?」と言って、自室から蛇酒を持ってきた。
(飲まなきゃやってらんない)
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明渓はグビグビと一息に飲み干し、音を鳴らして杯を卓に置いた。向かいに座っている白蓮はその音にをビクッとさせたあと、慌てて明渓の杯に酒を注ぐ。
事の始まりは、梅妃の侍の知り合いの知り合いの……知り合いが貴妃の侍と仲が良かったことから始まる。
貴妃の宮で起きた怪異と、その怪異を解くのに使われたのが暁華(シャオカ)皇后の鳥だったことが、人づてに伝わり、梅妃の耳にる頃には『鳥が皇后の呪詛を招く』と変換された。確かに貴妃の病の原因は鳥が招いたと言えなくはないが、決して呪詛ではない。しかし、何故かその部分が欠落したまま噂は広まり続けている。
帝はかつて數回、梅妃の元を訪れたことがある。二十歳の妃が後宮に來たのは三年前、三年間に數回しかなかった訪れをこの妃は今でも自慢している。白いとし垂れた目は一見儚げに見えるが、気はきついようだ。
そして、貴妃が呪われたなら帝の寵をけた自分が呪われても不思議ではないと梅妃は思った。まるで、呪いを帝の寵を計る目安(バロメータ)のように捉えているのかも知れない。
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そんな折、飼っていた鳥が今まで聞いた事がない鳴き聲を出して突然暴れ出したという。それを聞いた梅妃は、鳥が皇后の呪詛を招こうとしていると大騒ぎを始めた。
貴妃の宮にいた醫の名を調べ宮に呼び寄せると、鳥が呪詛を招くのを防げと無茶難題を言い始めた。そして出來ないと言うと、侍を呼んで來いと言う。
「それでだな……出來れば一度梅妃の元に行ってくれないだろうか?」
「行ってどうしろとおっしゃるのですか? 要は、『鳥の様子がいつもと違う』ことを呪いだと騒ぎ立てているだけですよね?」
もうここまで來ると、言いがかりにしか聞こえない。いや、実際のところ明らかにこじつけだ。
「明渓が言いたいことは分かる。痛いほど分かるのだが、このままでは埒が明かないのだ」
「私が行っても、何も変わらないと思います」
「まぁ、そうなんだが、……しかし、鳥が突然妙な鳴き聲で鳴き出したのは本當らしいのだ。気にならないか?」
杯を持ち上げた明渓の手が止まる。
その反応を白蓮は見逃さなかった。
「その奇妙な鳴き聲、聞いてみたくないか?」
もう一年以上の付き合いだ。白蓮も彼なりに明渓の格を摑んでいる。
明渓は何か考えるように、手を口元に持っていきゆっくりと酒を呑む。
(確かに気にはなる。なるけれど、はい、分かりましたと素直に依頼をける気持ちには……なれない!)
期待が込められた視線を一睨みで弾き飛ばすと、すっと席を立った。白蓮が怒らせたかもと不安に思っていると、明渓はすぐに戻ってきて、手に持っている新しい杯をコトッと小さな音をさせて白蓮の前に置いた。
「分かりました。では一度梅妃の元へ參りましょう。ところで、一人で飲むのは味気ないので、一杯付き合ってください」
意地悪そうな微笑みを浮かべてそう言うと、先程持ってきた杯にドクドクと酒を注いだ。
明渓は気づいていた。先程から白蓮が一度も酒瓶を見ようとしないことを。酒を注ぐときでさえ、目線を酒瓶には向けなかった。
だから、あえて酒瓶の蛇(なかみ)がよく見えるように目の前にそれを置いた。
「うっ」
白蓮は小さくくと、明のの中から自分を見つめる真っ黒で小さな目から顔を逸らした。
「青周様は私が注(つ)いだ酒を呑んでくださいましたよ?」
「!!」
椅子を鳴らして勢いよく白蓮が立ち上がる。
「二人で飲んだのか! これを!? どこでだ?」
急に焦ったように聞いてくるので、々面食らいながらも明渓は人差し指で卓を指差す。
「朱閣宮のこの場所です」
白蓮は、安心したかのように「そうか」と呟くと再び椅子に座り直し、背もたれにもたれかかると、ほっと一息ついた。
「……あの、何を寛(くつろ)いでいらっしゃるのか分かりませんが、飲んでくださいますよね」
明渓がもう一度ジロリと睨むと、その目線に一瞬悅にったような表を覗かせた。どうも彼の中で何かが目覚め始めているようだ。
白蓮は酒瓶から目線を逸らせたまま、おずおずと杯を手に持つと中に注がれた明のを暫く見つめた後、覚悟を決めたように目を瞑り
グビッ……グビグビ、グブッ
一気に流し込んだ。
最後若干むせていた。
「いかがですか?」
形の良い目が意地悪く細められる。
「……なんだか、が火照ってきた」
「他には?」
「…………その、何と言うか下っ腹のあたりも熱くなる……というか……」
(胃の中で酒が回ると言うことかしら)
急にもじもじとをくねらせ始めた白蓮に小首を傾げながらも、明渓は自分の杯に酒を注ぎゆっくりと飲んでいく。
しばらく落ち著きなく目線を彷徨わせていた白蓮のきがピタリと止まった。
そして、突然席を立ったかと思うと、明渓の座る長椅子の隣に腰を下ろしてくる。明らかに距離がいつもより近い。
「……白蓮様? どうされましたか?」
いつもと様子が違うことに戸いながら、心配そうにその顔を覗き込む。
まだあどけなさを殘している目が潤み、憂いを帯びたようにトロンとして、明渓に熱い視線を送ってきた。赤らんだ頬で優しく微笑む姿は、普段の白蓮から想像できないくらい甘い気を含んでいる。
(酔ってる?)
「口直しにお水を用意いたします!」
慌てて立ちあがろうとした明渓の細い腰を、白蓮の腕が逃すまいとぐいっと引き寄せる。布を挾んで接している部分から熱が伝わってくる。その予想外の力の強さに驚いたのか明渓のきが止まった。
白蓮は空いているもう片方の手で明渓の髪を一束摑み上げ、その髪にをつける。
「綺麗だ」
「……白蓮様?」
手が髪から離れ、明渓の頬にれる。
突然の出來事に明渓は呆然としてしまい、まだけないでいた。
顔が次第に近づいてきたかと思うと…
後ろから太い指がすっとびてきてその頭を鷲摑みにした。
見上げると、いつの間に來たのか東宮が立っていて、顔をひきつらせている。
「明渓は朱閣宮の侍だ」
そう言うと、そのまま白蓮を引き摺り宮の外へと放り出した。
「酔いを覚ませ!」
庭先から聲が聞こえ、次いで扉がバタンと閉められる音がした。
あまりに都合(タイミング)よく現れた東宮に面食らっていると、東宮は一言「済まなかった」と言って寢室へ繋がる扉へと向かって行く。
明渓は扉が閉まるのをとても注意深く見る。それこそ一寸の隙間も開いていないかを目を細め確認すると、大きなため息をつき、殘った酒を一気に飲み干して自室に戻って行った。
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