《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天に後宮を駆け抜けます〜》14.砕破の正 3

生暖かい目で読み進めてください……

空燕(コンイェン)は明渓の細い腰を、その大きな手で摑んだ。

「お願いです。優しく、ゆっくりしてください」

か細い明渓の聲が、がらんとした堂に頼りなげに響いた。

「分かっている。何も心配ないからな」

空燕は手に力をれた。

「痛い! 痛いです。もっとゆっくりしてください」

「いや、これ以上ゆっくりは……」

「分かりました。それならばいっそ、ひと思いにお願いします」

「いいのか? 分かった。それならまかせっ……」

空燕が両手に力をれた瞬間、後ろから襟首をぐっと摑まれた。

ガシッ、ドンッ

「お前何やってんだぁぁ!!」

に大聲が響き渡るのと、襟首を摑まれた空燕の巨が壁に打ちつけられるのは、ほぼ同時だった。

「何してんだって聞いてるんだ」

そのまま聲の主は空燕に馬乗りになり、拳を振りかざそうとしている。

「ま、待ってくれ。青周兄!! 誤解だ誤解だって!!」

やっとのことで挾まった窓から引っ張り出して貰った明渓が見たのは、息を切らし青筋を立て今にも空燕に毆りかかろうとしている青周だった。

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「うるさい、黙れ。お前よくも」

「いやいや、だから説明を……」

聞かれたから答えようとしているのに、黙れと言われる。理不盡なことこの上ない。空燕は襟首を摑まれた狀態で、首だけかし明渓に助けを求めた。

その仕草につられたように青周も明渓を見る。さっと全に視線を這わせると安心したように、ふう、と小さく息を吐いた。

「あ、あの……青周様」

「明渓大丈夫か? こいつに何もされていないか?」

「はい、大丈夫です。……あの、ちょ、ちょっと窓に挾まって……その抜けられなくなりまして……空燕様に助けて頂きました」

「…………はぁ?」

青周の間抜けな聲が霊寶堂の中に虛しく響いた。

正座をして事のり行きを全て話し終えた明渓は、珍しく真っ赤な顔をしていた。

「……なるほど、お前が窓に挾まった理由は分かった」

「だから、俺は悪くないだろ! それをいきなり。……背中痛いし」

「日頃の行いのせいだ。諦めろ」

「いや、謝れ!」

再び言い爭いを始めた二人を止めようとした時だった。

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コホン

咳払いが三人の頭上から響いてきた。

言い爭っていた二人が急に黙って顔を見合わせる。ただの咳払いなのに、ものすごい凄みと気配が頭上から漂ってきた。

「お前達、いい加減にしろ!!」

再び大音聲が堂に響き渡る。

思わずビクッと首をすくめた三人が見上げたその先には、仁王立ちで立つ男が顎髭をりながら呆れた顔で、息子達を見下ろしていた。

気まずそうに目線をわす六尺を超える息子達が妙に子供じみていて、明渓は思わず緩んだ口元を袖で隠した。

帝は暫く二人を見據えたあと、明渓に視線を移した。その瞳の奧には小さな好奇心と期待が見てとれた。

「『皇后の呪詛』は解けそうか?」

「はい、おそらく犯人が分かると思います」

「ほぉ、仕事が早いな。で、それは誰だ?」

「ただ、まだ推測の域を出ませんので、空燕様に質問を続けても宜しいですか?」

帝と青周は二人で顔を見合わせる。

空燕は再度俺ではないと主張する。

明渓はそれを無視して問いかけた。

「では、空燕様。この近くで開かれた園遊會についてですが、な子にとっては案外つまらないものではなかったですか?」

空燕は、いきなり話を振られ、焦りながらも當時を思い出そうと頭をひねる。冤罪だけは絶対に避けたいところだ。

「あぁ、花なんぞ見ても腹は膨れんしな」

「で、途中で飽きて霊寶堂のこの窓から中に忍び込んだ。違いますか?」

明渓は先程まで自分が挾まっていた窓を指差した。な子であれば通れるし、通った経験があったからこそ明渓に話せたのだ。

「……あぁ、昔そんな事もあったかもな」

言葉を濁らせる息子を、帝が頭を抱えながら見下ろし、ため息をひとつついた。

「そこで水晶が床に落ちる瞬間を見ませんでしたか?」

「うん?」

今度は男三人が顔を見合わせる。

「いやいや、明渓。水晶が割れたのは今日だ。俺がこの窓を通れたのは十年ぐらい前の話だぞ」

「その事なのですが……」

明渓は立ち上がると割れた白水晶の元に歩いて行く。自然と三人も後に続いた。そして、先程と同じように割れた二つを合わせると

「白水晶の上を見てください。小さく欠けていますよね。しかし破片はどこにも落ちていませんでした。なぜなら欠けたのは隨分昔だからです。そして、それが原因で今日割れたのです」

「……明渓、朕にも分かるように話せ」

帝が腕組みをしながら白水晶を覗き込む。

「はい。十年程前に水晶は床に落ち、その一部が欠け、その際に小さなヒビがったのです。月に二回、清めに使われた水がそのヒビにり込みます。この部屋は寒いので冬場ですと水はヒビの中で氷になるでしょう。水は氷になれば積が大きくなるのでヒビがしずつ大きくなって、とうとう側から白水晶を真っ二つにしたのです」

帝は納得したように大きく頷いた。

青周は顎に手を當て考え込んでいる。

空燕は眉を寄せて宙をにらんでいる。

「なるほど、流石だな。では、割ったのはやはりい空燕という事か」

帝の言葉に明渓は首を振った。

「いえ、それはまだ分かりません。先程、空燕様はい頃よく青周様と一緒にかくれんぼや鬼ごっこをしたと話してくださいました。霊寶堂にったのは空燕様だけでしょうか?……何か思い出したことはございませんか?青周様、空燕様?」

明渓は青周と空燕を互に見上げた。

二人の額には薄っすらと汗が滲んでいる。

暫く続いた沈黙を最初に破ったのは空燕だった。

「あれは……そうだ、走っていた青周兄が転んで……」

青周が慌てて否定する。

「いやいや、それは違う。俺を追いかけていたお前が足をらせぶつかってきて……」

「いやいやいやいや、違う。勝手に一人で」

「違う!お前が押して……」

ガツン、ガツン

鈍い音が二回霊寶堂に響いた。

青周と空燕が頭を押さえている。

帝は息子達の頭を、その手でガシッと鷲摑みにした。

「次に神が來るまでに新しいを用意しとけ! 分かったなお前達!」

△▲△▲△▲△▲

「お前といると碌なことにならん」

青周が洋酒を口に運びながら愚癡ている。場所は空燕の虎吼(フーホウ)宮。つまみは乾酪(チーズ)だ。

「帝の拳骨(げんこつ)なんて、何年振りだろう」

青周は毆られた箇所を軽くなでる。膨らんでたんこぶが出來ていた。

「俺は數ヶ月振りだぞ」

自慢にもならないことを口にしながら、空燕は自分の玻璃の洋盃(グラス)にドボドボと洋酒を注いだ。琥珀が燈りを反してきらりと輝いている。

「お前と一緒にするな」

悪態つきながらも、空燕が戻ってくると青周は必ず宮を訪れる。青周が一つ年上だが公の場以外で敬語を使うことはない。

「それにしても……」

クツクツと空燕が笑う。

「あんなに息を切らして転している青周兄を見るのはいつ以來だろう」

洋盃を持つ手の人差し指で、宮廷屈指の丈夫を指差す。

「珍しく、隨分とれ込んでるな。いつもにはつれないくせに。絡みで相を変える姿を見られる日が來るとは思わなかった」

「ふん、お前はいつも相変えてを追いかけ過ぎだ」

言い返すものの、頬に赤みが差している。これほどの酒で酔うはずがないのに。

空燕は洋盃のを半分ほどに流し込むと、笑顔を消して真面目な顔をした。

「……悪かったな、皇后様の葬式に出られなくて」

「気にするな。海の向こうにいたんだから」

「白蓮の元服にも立ち會えなかったしな。あいつとも酒を飲みたいんだけれど、大人になってから仲良くなるのは案外難しいな」

鬼の頃は會うのをお互い止められてたしな」

昔、一度だけ二人でい弟の見舞いに行ったことがあった。その次の日、治りかけていた調が急変して三日間白蓮は生死を彷徨った。それはただの偶然だったのだけれど、幾人かの大人は兄二人が毒を盛ったのではないかと疑った。十歳にも満たない子供がそんなことしないだろうと考える者が大半ではあったが、二人の母親は災いの種を増やさぬよう、それ以降弟に會うのをじた。贈りさえも。

「帝から聞いた。あいつもメイに惚れ込んでるらしいな」

空燕はニヤニヤと笑いながら、あえてその名前を強調して口にした。

「……その呼び方は何だ?」

「メイちゃんって呼んだら、船蟲でも見るような目で顔を歪ませて見られてさ。で、メイって呼んだら蛞蝓を見るような目で睨まれたんだけど、その目がぞくっとしていいんだよ」

だから、メイと呼ぶようにしたらしい。青周はじろっと睨み、し口を尖らせた。明らかに不服そうだ。

「なんだよ、羨ましいか? ハハッ、だったら一言娶ると言えば良いだろう。白蓮に遠慮してるのか」

「別にあいつは関係ない。無理に娶っても明渓が俺の側に居たいと思わなければ意味がない」

空燕は思わず目を丸くした。そこにはいつもと変わらず、澄ました表を崩すことなく酒を飲む青周がいる。なんでもそつなくこなし、剣の腕では右に出る者がいないと言われ、おまけにやたらにモテる。羨ましくも自慢でもある。

(ベタ惚れだな)

そんな青周の不用な姿を初めて見た弟は、し頬を緩めながら兄の洋盃に琥珀のを注いだ。

ザクッと最終話まで書き終えました。第二章は全部で39話になる予定です。まだ、ブツ切れ、箇條書きの箇所もあり修正加筆沢山しなくてはいけませんが。

ある程度修正したら、投稿ペース上げていきます。

とりあえずまだ暫くは火、木、土曜日に投稿します。16時前頃になる事が多いと思います。

※あくまでも予定です。作者の都合で変わる事もありますが、ご了承ください。

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