場所はこの時期何も植えられていない畑。

その周りをぐるりと人が囲んでいる。工房の人間は全員呼んでもらった。意外な事に半數程はだ。あとは、近くの家の人間と……

明渓の視線が一點で止まった。

（どうしているの？）

視線の先にいるのは、呆れた顔の白蓮と、何が始まるのかワクワクしている雲嵐(ウンラン)。それから、後ろに韋弦(イゲン)ともう一人日に焼けた痩の男がいた。その男は雲嵐の側近であり護衛でもある燗流(カンルー)で、朱閣宮で一度明渓と會っている。

「おい、どこ見てるんだ！」

強秀(ジァンシゥ)に呼ばれて視線を戻す。この寒空にわざわざ上著をいで木刀を構えている。鍛えられたを誇示したいのかも知れないが、

（出狂？）

思わず眉を顰める。

田舎では夏場、武人が上服をぎ、剣を練習するなんて日常茶飯事だから明渓には見慣れた景だ。ただ寒空の下でやったらただの変態だと思う。

（いい軀をしてはいる）

ちらっと視線を貴人達に移す。

（醫師もいる）

多無理をしてもどうにかなると判斷した。

「あの、お互い怪我をしても文句なし、手加減なしでやりませんか？」

「ふん、俺は別に構わない。その細腕で隨分強気だな」

明渓のほどの太さがある腕で竹刀を構える。顔には余裕の笑みが浮かぶ。遠巻きから辭めておけ、と聲が聞こえるが當然のように聞き流した。

「來いよ」

「分かりました。では」

遠慮なく明渓は一歩踏み出す。始めの一振りは正面から真っ直ぐ行った。

強秀はその一撃を竹刀で払い飛ばすと、手首を返し頭上から竹刀を振り落とした。明渓は両手に力をれ、その一撃をけ止める。手のひらにジンと痺れる覚がある。

（やっぱり力では競り負ける）

竹刀を橫に振り、上からの力を橫に流すと後ろに飛び退く。

「分かっただろう。無理なんだよ、には」

強秀が続けざまに竹刀を振っていく。しかし、明渓に屆くことはない。

「は軽いようだな。でも逃げてばかりでは勝てないぞ」

明渓の顔目掛けて突かれた竹刀を、を捻って最低限の作でよける。

の顔を狙ったからだろうか、外野から野次が飛び始めた。

しかし、明渓は眉一つかすことなく冷靜だ。どんな一撃でも當たらなくては意味がない。

「韋弦殿、彼の剣筋は中々のようだな」

燗流が低く渋い聲で問いかける。年は韋弦と同じくらいだろうか。

「あぁ、かなりの手練れだ。軽なのは見ての通りだが、明渓の優れたところは、らかくしなやかでありながら強い芯を持つだ。腕だけでなく全で振り抜くから一撃が重い。武としても充分やっていける」

「それは是非、こちらに居る間に一度手合わせを願いたいな。そう言えば青周様に手習いをけていると聞いたが」

クツクツと韋弦はを鳴らして笑った。目だけは、試合を追っている。

「一度拝見した事がある。青周様は余裕の表をり付けていたが、あれは本気だった」

ほぉ、燗流が呟くのと同時に鈍い音がした。明渓の竹刀が強秀の右太に當たったようだ。

「ところで、醫ともなると普段から薬を持ち歩いているものなのか？」

「あいにく(にょしょう)の顔を狙う男に塗る薬は持ち合わせていないな」

再び鈍い音がした。今度は左肩に竹刀が振り落とされた。

続けざまに明渓は竹刀を頭上に掲げると頭目掛けて振り落とす。強秀はそれを右手一本でかろうじてけ止めた。

明渓の口元が弧を描く。

強秀がしまったと狼狽するが、もう遅い。

明渓はを捻り、臍の奧に重心を置きながら、そのガラ空きになったに目掛けて、竹刀を振り切った。

ガツッと鈍い音と、ウゲッと言ううめき聲がしたのはほぼ同時だった。

強秀は膝を折って蹲る。吐瀉が地面に汚泥を作る。

皆が唖然とする中、明渓は冷酷な目で竹刀を両手で構えると、

「明渓！　やめろ！！」

遠くから聞こえる制止の聲を無視して、顔目掛けて全力で両腕を突き出した。

シュっと風を切る音がした。

次の瞬間竹刀は見開かれた強秀の右目一寸(三センチ)の所でピタリと止まった。

…………

暫くの沈黙のうち、まず工房の達から拍手は起こり、それが連鎖するように皆が手を叩き始めた。

白蓮と韋弦は顔を見合わせると、手當てをする気は無いものの、一応醫師として二人の元に駆け寄った。

「折ったか？」

何を、と聞くこともなく白蓮が問いかける。

「ちゃんと手加減しています。ヒビで済むように」

明渓は呆れた顔で振り返ると、最後の一聲はなんですか、と不満気に口を尖らした。そんなに自分は信頼されていないのかと。

それから、嘔吐している強秀をちらっと見る。

（これから先、この男の考えが変わるかどうかは分からない。でも、これだけ大勢の前で恥をかかせておけば、今までのように振る舞えないでしょう）

次に自分達を取り囲んでいる人間をぐるりと見る。大方、明渓の快進撃を楽しんで見ていたようだ。押され気味の弱者が最後に逆転する展開(シナリオ)は面白い。最初の一太刀で仕留めなかった明渓の計算が功を奏したようだ。

（が出しゃばる事を良しとしないのは強秀だけでない。妹が傲慢な兄より認められて後継者となった事を非難する者がしでも減ればいいなぁ）

明渓はそう願った。

「お、お前、の癖に……」

洋秀に背中をさすられながら、まだ立つ事が出來ない強秀が悪態をついている。

「そのに知恵でも剣技でも負けたのは誰ですか？」

強秀はぐっと言葉を飲み込む。

明渓の表にはあからさまに軽蔑のがあらわれている。

しかし、下賤の者を見下ろすような侮蔑の目はどこかゾクリとするような香が滲む。

右手を上げ、持っていた竹刀の先を強秀の顎下にれると、ぐいっと上を向かせた。見下ろす明渓の目が充した強秀の目を絡め取る。紅を塗っていないはずのが照れっと赤く艶かしくく。

「つまらない男」

それだけ言うと、明渓はその場を後にした。

「……開いた口から涎が垂れていますよ」

白蓮は何やら悅にった表を浮かべその後ろ姿を見送っている。韋弦が呆れながら呟いた聲すら、本人には屆いていないようだった。

明渓流のざまぁ、でしょうか。

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