二人が賢妃である笙鈴(ショウリン)妃の宮に著いた時、そこにはもう幾重にも人垣が出來ていた。

白蓮が白を著ているからだろう、醫の邪魔にならないようにと集まった者達が道を譲ってくれる。二人は出來たその隙間をうようにして、宮の門前まで進んだ。

野次馬達は道を空けながらも、どうして皇居の侍がこの場にいるのかと、明渓に向かって不躾な視線を送ってくる。所々で「呪詛」という単語が飛びっているけれど、二人ともそれを気にする余裕はなかった。

扉の前に武が立っており、白蓮に気づくと歩み寄ってきた。他の者達に分からぬように一禮するその顔は明渓も見覚えがある。

白蓮の元服の宴にいた男で、暁華(シャオカ)皇后が倒れた際、一緒に廚房に向かった武だ。あの場にいたという事はかなり位の高い武で、今この場を指揮しているのはこの男だと思われた。

「どうなっている？」

「はい、賢妃様のごはすでに運び出されていますが、賢妃様が倒れていた部屋は白蓮様達が來られるまでそのままにするよう言われております。ここでは人目に付きますので部屋にご案いたします」

武は白蓮の問いに聲を潛めながら答えたあと、明渓にちらりと視線を移した。しかし、東宮から話を聞いているのだろう、特に何も言うことはなく二人を宮の中へと促した。

案されるまま進んで行くと、武の足が一つの扉の前で止まり、二人を振り返った。

「部屋の中は荒れております。隣にいる侍も中にりますか？」

白蓮はちらりと明渓を見る。明渓は小さく頷いた。

武にしても一応気遣って言っただけで、はなから二人とも部屋にれるつもりだったのだろう、それ以上は止めるような言葉を口にしなかった。

中は賢妃の寢室となっており、天蓋のついた大きな寢臺が部屋の中央にある。

しかし、一番に目に飛び込んできたのは、寢臺と床に飛び散った無數の鳥の羽だった。扉を開けた時の風で小さな羽は宙に舞っている。

寢臺の橫に置かれた棚は倒れ、その衝撃でいくつかの引き出しが開いて中が飛び出している。

口の橫には、書きをするための卓と椅子が置かれているが、椅子はひっくり返っていた。卓はそれなりの大きさがあるので倒れてはいないが、上に置かれた花瓶と水差しが倒れ、中の水がポタポタと床に落ち水たまりを作っている。

水たまりの近くには、おそらく機から転がり落ちて割れたのだろう 、硝子杯(コップ)の破片が転がってた。

機には二つの引き出しがあるけれど、それらは閉じられて荒らされた様子はない。

明渓は出來るだけ羽を踏まないように寢臺に近づくとその掛布団を見る。

布団は手で引き裂かれており、床に散らばった羽はその布団の中だと思われる。破られた場所は一か所ではなく數か所に及び、破った時に怪我をしたのか布団がで汚れている部分もある。

何者かが盜み目的で部屋を荒らしたというよりは、部屋の中で誰かが暴れたかのように見える。

「この部屋に鍵はかかっていましたか？」

「いや、妃の部屋に鍵はついていない。ただ侍達は、何があっても扉を開けないように強く言われていたようだな」

明渓達が來る前に、刑部の者によってこの部屋は一度調べられている。侍達からも話を聞いたようで、宮のり口と窓は全て施錠していたそうだ。

とはいえ、明渓としては自分の目で見て、直接侍達から話を聞きたいところだ。気を悪くするかな、と危懼しながら恐る恐る申し出ると、武は意外にもあっさりと許可をしてくれた。

そして扉の前にいた部下を呼び寄せ、何やら言伝(ことづて)をしている。

今度は、白蓮が武に問いかける。

「俺は今朝この宮に往診に來ているが、用事があるとかで妃には會えなかった。妃はいつ頃どのような狀態で見つかったんだ？」

「賢妃様が見つかったのは今から一刻(二時間)程前です。晝になっても出てこないのは流石におかしいと思い、侍長が部屋の外から聲をかけた所、返事がない。心配になり何度か聲をかけ扉を叩いたあと、しだけ扉を開け中を覗いたそうです。すると、寢臺の前の床にうつぶせで倒れている賢妃の姿が目にり、慌てて駆け寄ったのですが既に死んでいたそうです」

武は寢臺の前の床を指さす。その辺りの羽は、他の場所より踏みつぶされていた。

「賢妃が亡くなった原因は分かっているのか？　醫が既に來ただろう？」

「はい、醫數人が來られました。服毒による死亡で毒はまだ特定できていないようです。は霊処所に運ばれ、醫が調べているところかと思います」

明渓は寢臺を離れると、今度は扉近くにある卓に近づいた。武の許可をとってから、引き出しに手をかけゆっくりと引っ張る。

左の引き出しの中には筆と紙があった。紙は數枚束となってっていたので取り出し眺めるが、どれも白紙で書らしき文言は見當たらない。もう一方の引き出しには、小さな箱や硯があったが、引き出しの半分程は空になっている。

「あの、この引き出しにっていたのはこれで全てですか？」

「いや、実はそこには妃の日記のようながっていた」

「それを拝見させて頂けませんか？」

「それは構わないが、今ここにはないのだ。青周様が持って行かれたのでな」

思わぬ名前に白蓮が反応した。

「青周様が指揮を執っているのか？」

「はい、本來は刑部の仕事ですが、貴妃様の服毒という事で軍部の青周様が指揮をすることになりました」

「そうか、分かった。では日記については俺から青周様に頼もう」

白蓮はそう言い、再び視線を貴妃が倒れていたところに戻した。

飛び散った羽の上に賢妃の。

これこそ『暁華(シャオカ)皇后の呪詛』ではないか、

そんな不埒とも言える考えが脳裏をよぎった。

今回は狀況説明ですね。

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