《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天に後宮を駆け抜けます〜》37.後宮の呪詛 7

占い師なんてやっていると、人様の口にできないようなを耳にすることも多い。

大抵の人は話しただけで、聞いてもらっただけですっきりとした顔をして帰る。

そんな彼らの気持ちが今なら分かる。

笙鈴(ショウリン)にこの日記を渡したのは、彼の手で自分のした悪事を書かせるため。彼が死んだ後、誰かがこれを見つける事を願って。

でも、彼格なら日記にすら詳細を書かないかもしれない。だから念の為にこの文を書くことにした。

私が初めて帝に會ったのは、中級妃として笙鈴が後宮にしてすぐの事だった。帝は侍の私になんて見向きもしなかったけれど、私は自分のの高鳴る鼓が周りに聞こえないかとハラハラしたものだ。

帝は頻繁に笙鈴のもとに通うようになり、半年後には笙鈴に「賢妃」の位を與えた。異例の早さだったのは、寵の深さだけでなく、彼の父親が重役に就いたことも影響しているだろう。

賢妃となった彼のもとに帝はこれまで以上に頻繁に通うようになった。

Advertisement

東宮を産んでから皇后の調が悪く伏せることが多かったのも要因の一つだっただろう。

皇后、徳妃、淑妃に一人ずつ男児がいる狀況で、皇后より先に淑妃と徳妃が二人目の男児を産めば將來的に東宮の立場が危うくなる、火種となる可能をおそれ、帝が積極的に二人を訪れることはなくなっていた。

徳妃である暁華(シャオカ)妃はその事で時々癇癪を起したので、帝は宥めるために時折、通っていたようだけれど。

帝が笙鈴のもとに來る頻度が増えれば、必然的に私と會う機會も増えてくる。

あれは急な雨が降った夜だった。

雨に濡れた帝に私は手拭いを渡した。はっきりと目が合ったのはそれが初めての事だった。私の立場では何も口にすることなんて出來ない。だから私は自分の積もる思いを視線だけで伝えようと必死だった。心に聡い人だ。潤んだ瞳で自分を見上げる侍の気持ちに気づくことは簡単だっただろう。

それからは、宮に來る度に私に話しかけてくれるようになった。もちろん、笙鈴や他の侍の手前、骨な態度はとられなかったけれど、目が合うたびに優しく微笑んでくれるようになった。

Advertisement

そんな日々が數ヶ月続いたのち、私は帝に召し上げられて中級妃となった。

笙鈴は自分の妹分が後宮にできてこんなに頼もしいことはないと喜んでくれ、その笑顔に私は心底ほっとした。特に嫌味を言われることも、意地悪をされることもなく私は中級妃としての日々を順調に過ごし始めた。

中級妃となって一ヶ月余りが過ぎた頃、月のものが來なくなった。

に知らせると、まだはっきりとは分からないけれども籠っているかも知れないという。季節は冬だったので、を溫めるようにと言われそれからは外出も控えるようになった。

そんな私の変化に一番に気づいたのは笙鈴だった。外出もせずお茶會にも出ない私のもとに來てくれた妃をごまかすことはできず、子供が出來た事を伝えると、妃は一瞬大きく目を見開いたあと大の花が咲いたような笑顔で「おめでとう」と言ってくれた。

を溫めるようにと、綿れや火鉢、ひざ掛け等を贈ってくれたその人柄に當時どれほど謝したことか。

私は気づけなかった。彼の心のにどんどん溜まっていく黒い澱に。

帝の子を宿し浮かれていたのだ。し考えれば分かる事なのに。自分の侍が中級妃に召された上に、先に子を宿したのだ。その事に苦しまないなんていない。

でも、私は若すぎた、いや愚かだった。笙鈴のそんな気持ちにしも気づかなかった、推し量ろうともしなかった。

春になりし腹が目立つようになってきた。桃園で開かれる宴に私は決して出るような分ではない。しかし、帝は宴の席で私の腹に子がいることを皆に伝えるから、出るようにと言ってきた。

不安はあったけれど、いずれは分かることで隠し通せる話ではない。それに帝のお言葉を否定することは出來なかった。

宴で私の腹に子がいることを知った皇后や妃、侍達の反応は様々だった。やはりと覚悟していたけれど、暁華妃は私を呪い殺すような眼で睨んできた。

それでも宴の始めの頃はまだよかった。帝が気遣ってずっとそばにいてくれたので心細い思いをすることもなかった。

でも、帝も私にばかり構ってはいられない。そのうち皇后と東宮を連れて桃園の奧の方に散歩に行かれてしまった。

一人になった私に浴びせられる視線は冷たかった。怖くなった私は笙鈴を探したけれども見つからず、人目を避けるように歩いているうちに古い石階段の上にたどり著いた。

その時だった。

どん、と背中を押される覚と同時に自分のが宙に浮いたのをじた。そのあとすぐに全に痛みが走り視界がぐるぐると回った。

何が起こったのか分からなかった。が止まったと同時に激しい腹痛が私を襲ってきた。揺らぐ視界の中に石段が見え自分が落ちたことを理解したけれど、その視界もすぐに暗くなり私は意識を失った。

目覚めた時には腹に子はいなかった。折れた腕を処置してくれた醫が辛そうに私にそう告げた。気が付けば私の目からは涙がこぼれていた。

妃としての地位がしかった訳ではない。ただ、した人との子供が消えてしまったことが悲しくつらかった。も腹も空となったようにじただひたすら涙がこぼれてきた。

帝は私を押した人を必ず見つけると約束してくれた。

暁華妃が捕まったと聞いた時はやはりな、と納得したけれどすぐにそれが冤罪であることが分かった。それから先も私は何度も押した人を探すように頼んだけれども結局見つからなかった。

子供を失ったことも悲しかったけれど、帝が宮を訪ねてくる回數が減ったことが私の苦しさに拍車をかけた。

私が孕んでいたことを知った上級妃の親が、帝に自分たちの娘も大事にするように苦言をしたそうだ。上級妃の父親は皆、高位の役職に就いている。決してないがしろにしてよい方々ではない。彼らは、自分の娘より後ろ盾のない中級妃を帝が寵していたことが面白くなかったのだろう。

全ては仕方がないことだと悟った。上級妃と私との権力の違いに愕然とし、帝の態度の変化に失した私は出家をんだ。もうこれ以上後宮には居られないと思った。

靜かに亡くなった子を弔いたいという私の願いはあっけないほど簡単に葉えられた。

これですべてが終わるはずだった。

私がった尼寺は訳ありのたちの駆け込み寺に近いものだった。そのためか悩みを持つも多く訪れた。

駆け込んできて尼となったの中に、占いを生業としていた者がいた。私は彼と気が合った。

尼寺ですることと言えば経を上げ、掃除をして、時折來るの悩みに耳を貸すぐらいだ。時間がたっぷりあったこともあり、私はそのから占いを教わった。彼曰く私には才があるらしい。

そのうち仲間だけでなく相談に來るも占うようになった。

ある日、寺を訪れたを見て私はびっくりした。笙鈴のもとで一緒に働いていた赤の侍だった。

私は長年の寺の暮らしですっかり老け込んでしまい昔の面影がなくなっていた。そのためだろう、彼は私とは気づかずに悩みを相談し始めた。

なんでも、娘に子供が出來ないのは、昔自分がした悪事のせいではないかと悩んでいるらしい。詳しい話を聞いて私は呆然とした。

私は、背中を押したのが暁華妃ではなかった、としか説明をけていなかった。だから彼が偽証したとは知らなかった。

は言った。

「昔ある方に頼まれて、偽証をしたことがあります。かつての同僚の背中を押したのは、とある『高貴な妃』だと噓をつけと言われました。どうしてそのような噓をつく必要があるのだろうと戸う私を、その方は『會を知られたくなければ言うとおりにしろ』と脅してきました。

私はその方に、そんな事をしても『高貴な妃』は否定するだろうし、本當に押した人が見つかった時はどうすれば良いのかと聞きました。

すると、そのある方は、大丈夫押した人は見つからないからと笑いました。私はその目に宿る狂気とぞくりとする笑いから、彼が押したのだと確信いたしました。でも、偽証する選択肢しか私にはなかったのです」

普段から私の事を一番に気遣ってくれていた笙鈴が背中を押したなんて、誰が考えるだろうか。子を流し落ち込んでいた私を姉のように心配し、付き添っていてくれたのは他でもない彼だった。

私は、彼から自分が去った後の後宮の話も聞いた。

帝は私がいなくなって落ち込む笙鈴妃のもとに再び足しげく通うようになったらしい。その結果、彼児を産んだという。賢妃であり高の娘でもある彼に対しては、他の妃賓もその親も何も言うことはなく、児は無事に産まれたそうだ。

許せないと思った。笙鈴妃も、その娘も。

私を蹴落とした結果、彼が得たものすべてを潰そうと思った。

だから私は彼に呪詛をかけた。

「暁華皇后が貴を殺しにやってくる」と。

訪れるのは始めは十日後、次は九日後……。

恐怖におびえる笙鈴に、私は白い包みを見せる。

「最後の日にこれを飲めば、呪詛は解ける」

解答編、あと一話あります。呪詛もあと一つ。

作者の好みが詰まった語にお付き合い頂ける方、ブックマークお願いします!

ブクマ、☆、いいねが増える度に勵まされています。ありがとうございます。

    人が読んでいる<【書籍化決定】愛読家、日々是好日〜慎ましく、天衣無縫に後宮を駆け抜けます〜>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください