《【書籍化】これより良い件はございません! ~東京・広尾 イマディール不産の営業日誌~》第五話 件見學
理想のお家、見つけました!
「本當だったらタクシーを呼ぶんだけど、俺ら2人だから電車とバスでもいい?」
オフィスを出てすぐに、前を歩く桜木さんがこちらを振り返る。私は「はいっ」と頷いた。
「暖かいし、最初の件は歩こうか。もしそこに住むことになったら、毎日歩くわけだし」
「そうですね。お願いします」
私たちは広尾にあるオフィスから目的の件まで、のんびりと歩く事にした。広尾駅の前には大きな幹線道路が走っている。南北に延びる、外苑西通りだ。
商店街を出てその外苑西通りを南下する。左右のショッピングモールが終わると、右手には大きな都営住宅が現れ、それも過ぎると明治通りと差する大きな十字路にぶつかる。歩道橋を渡ったところにある超有名私立小學校の前では、紺のスーツを著たお母さん達が何人か立っていた。
「何をしてるんでしょう?」
「4月だから、通學に慣れないお子さんを迎えに來てるんだと思うよ」
「へえ。遠くから通ってるのかな?」
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「そうなんだろうね」
私は歩きながらその學校を眺める。校門の近くにある桜の木はすっかり花が散って、代わりに息吹いた緑が眩しい。そのまましばらく歩くと、道路沿いの店舗は數を減らし、代わりに大通りの左右には背の高いマンションが建ち並び始めた。
「こんな都心でも、結構人って住んでいるんですねー」
私はそのマンションをほわーっと見上げた。
都心って、私の中では遊びに來たり、働きに來る場所だと思っていた。こんなに沢山のマンションがあって、こんなにも沢山の人が住んでいるのかと驚きが隠せない。
「都心のマンションは現役世代には人気だよ。職場が近いと、相対的に余暇に使える時間が増えるからね。獨の人とDINKSが多いけど、意外とファミリー層もいるんだ」
「そうなんですか?」
「うん。だから、うちの一番の売れ筋は賃貸ニーズが見込める30~60平方メートルなんだけれど、80平方メートル以上の広い件も意外とニーズが高い。流通量がないから、いいのが出るとすぐに売れる」
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「へえ」
そんな話をしていたら、目的の件にはすぐに著いた。話ながら來たせいか、思ったよりもだいぶ近い。赤茶のタイルりのそのマンションは、築24年と言う割にはもっと新しく見えた。エントランスにはガラス張りのドアがあり、そこに桜木さんが鍵を近づけるとドアはウィーンと開いた。
「あれ? 鍵はささないんですか?」
いつの間にロックを解除したのかと不思議に思って桜木さんに聞くと、桜木さんは手に持っていた鍵を私に差し出した。鍵は、持ち手の部分に丸っこく黒いが付いていた。
「このマンション、築20年の大規模修繕で々直してるんだ。流石に完全ハンズフリーでは無いけれど、タッチ式に変わってる」
「へえ、凄い!」
完全ハンズフリーとは、最近の新築高級マンションに多い、鍵を持っているだけで自認識してオートロックが開くというもの。このマンションの場合は、タッチ式キーをオートロックの隣のセンサーにかざすタイプだ。
「部屋が403號室。行こう」
「はい!」
歩き始めた桜木さんを慌てて追いかける。目的の部屋の前に著くと、ドアに鍵を挿し、カチャリとした。ドアマンのように桜木さんがドアを開けて、片手で中をさした。
「わあ、凄い!」
中にった時、私は思わず嘆の聲を上げた。玄関の床は大理石調の石タイルりで、フローリングは最近の流行りである太めのウォールナッツカラー。壁紙は白系なのだけどしだけ味がある。ドアを開けて一歩足を踏みれれば、中は新築さながらだ。照明はダウンライトで、玄関の壁の一部にはアクセントの裝壁タイルが使用されていた。
玄関からってすぐのところにあるお風呂は、この手の間取りに多いトイレとくっついたユニットタイプでは無く、有難いことに洗面所と風呂とトイレが別だ。そのお風呂も木目調のウォールで、シックな雰囲気だった。トイレも床が大理石調のタイルりになっていて、まるでオシャレなレストランのトイレのようだ。
極めつけがキッチン。1Rには珍しい2口コンロで、しかもガラストップだった。料理も掃除もしやすそう。部屋には大容量のクローゼットもついていた。
「なんか、想像と全然違います! 凄い!!」
「そう言ってもらえてよかった。ここのリノベーション、俺が擔當したんだ。元々はよくあるタイプの1Kだったのを、壁を崩して1Rに変えた。廊下をなくしたおで、部屋の広さを維持したまま風呂とトイレを別にするスペースを確保したんだ」
私の反応を見た桜木さんは嬉しそうにはにかんだ。
私は本當にびっくりした。リノベーションは件の価値を高める。その言葉がしっくりとくる。
その空間は、とても24年の月日を経たものには見えなく、今その瞬間に、その部屋の主を待つために生まれた空間かのようにじた。
「部屋の向きは東南だから、當たりもいい。景はちょっとかぶるけど」
桜木さんが紙のカーテンをあける。窓からは眩しいが差し込み、壁紙を白く染めた。
私はその大きな窓に近づくと、外を覗いた。洗濯ポールを立てるためのフックがついたベランダの向こうには、片側一車線の道路が見える。その向かいには背の高いマンションが建っており、視界を遮っていた。
「確かに被ってますね。でも、それなりに広い道路を挾んでいるから、そこまで気になりません」
前の道路は片側一車線だけれども、歩道もそれなりに広い。景は被っていたけれど、それほど問題にはじなかった。
その後、私と桜木さんはバスに乗って恵比壽駅に向かった。件からバス停は徒歩5分位。バスも5分に1本程度は來るようだ。
「駅は遠いですけど、確かにバスが沢山あるから不便では無さそうですね」
「でしょ? あそこ、お勧めだよ」
バスに乗って流れる外の景を眺めていた桜木さんは、私の顔を見下ろすとニヤッと笑った。バスに乗っていた時間は5分ちょっとだったと思う。
恵比壽駅から日比谷線に乗った私達は、まず1駅移して中目黒の件を見に行き、次に中目黒駅から東急東橫線に乗ってもう1駅隣の祐天寺駅に向かった。どちらも裝は新築のようにピカピカで、築10年以上の件にはとても見えなかった。けれど、いわゆる普通の獨向けマンションとして無難にまとまってるじがして、最初の件ほどのはなかった。
オフィスに戻ると、朝飛び出していった尾川さんが戻ってきていた。
「藤堂さん、朝はバタバタしちゃってごめんね。桜木さんと回って、気にった件あった?」
尾川さんは私を見つけると、申し訳なさそうに眉じりを下げた。私は大丈夫だから気にしないでしいと伝え、1番気にった最初の件の案を差し出した。
「私、ここにしようかと思います」
尾川さんはそれをけ取って目を通すと、片手をおでこに當てた。
「あー、ここかー。やっぱり!」
「やっぱり?」
私は首をかしげる。尾川さんから件案をけ取った綾乃さんもそれを見て、「あ、やっぱり!」と言った。何がやっぱりなのだろう。
「桜木って凄いのよ。桜木の案で桜木の手掛けた件見た人って、かなりの高確率でそこに決めるの。藤堂さんもかー」
案を見つめながら、綾乃さんは口を尖らせる。私は驚いて桜木さんを見た。
「藤堂さま。この度はご契約、誠にありがとうございます」
私と目が合った桜木さんは用に片眉を上げると、楽しそうに笑った。
DINKS=Double Income No Kids。子供がいない共働き夫婦。
本日複數話を投稿しています。
読む順番にご注意下さい。
本日中にもう1話投稿します。
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