《【書籍化】これより良い件はございません! ~東京・広尾 イマディール不産の営業日誌~》第十六話 帰省
私にとっての家族と友人は、かけがえのない寶だと思う。
8月のお盆真っ只中。
私は北関東にある、地元の駅に降り立っていた。ローカル線を降りた瞬間に、もわっとした熱気が全を包み込み、日差しはジリジリとを焼くように強烈。オーブンの中に実際にったことは無いけれど、『オーブンの中にれられたようだ』と表現したくなる猛暑日である。
1つしか無い改札口には、自改札機が4つ。端には駅員さんが仕事するための小さな事務所と、間幅2メートルにも満たない売店が1つ。
改札口を通るとき、駅員さんが明るい口調で「こんにちは」と聲を掛けてくれた。都會にはない、こういうアットホームな雰囲気は、この町のいいところだと思う。私は軽く會釈し返すと、久しぶりの景に目を細めた。
駅前には小さなロータリーがあり、僅かばかりの店舗が並んでいる。でも、100メートルも歩けばたちまち辺りは住宅街になる。私がぐるりと辺りを見回すと、1臺のシルバーの自家用車の窓から手がびて、ぶんぶんと振っているのが見えた。
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「雪ちゃんお帰り」
「ただいま、お母さん」
久しぶりに顔を會わせて嬉しそうに笑う母親に、私はとびきりの笑顔でそう言った。
最寄り駅から自宅までは車で5分位。距離にすると3キロ弱だ。道路沿いに建ち並ぶ一戸建ての住宅街と、時折現れる畑を眺めながら、私は帰ってきたんだなぁと慨に浸っていた。この景はイマディール不産のある広尾では見られない。
「お父さんは?」
「家に居るわよ。雪ちゃんが帰ってくるからって張り切ってこんなおっきなスイカ買ってきたの。きっと、今頃首を長くして待ってるわ」
母は運転をしながら、「こんな」と言うときだけし大きな聲をあげてクスクスと笑った。なんとなくその父親の様子が想像がつく。きっと、私には「たまたま通りかかったら安かった」とか言うんだろうな。
「お父さん、ただいま!」
「ああ」
父親は私が聲をかけると、新聞からチラッと顔を上げ、またすぐに新聞に視線を落とした。父親の座るソファーの橫を通り、かつて使っていた自分の部屋へ向かった。荷を部屋に置くと、持ってきた紙袋を持ってもう1度、1階に下りた。紙袋にった箱の中には、イマディール不産の近くにある和菓子屋さんで買ったあんみつがっている。それを冷蔵庫にれに行くと、臺所には水が張った盥(たらい)が置かれており、中にはバスケットボールより一回り大きなスイカがっていた。
「ねえ、すっごいスイカだね」
私は臺所からひょこっと顔を出して父親に話しかけた。
「だろ? たまたま見かけたから、買ってきた。切ってくれるか?」
新聞から顔を上げると、歯を見せて小學生のような笑顔を浮かべる父親に、私も思わず笑みを零した。早速臺所で包丁を使おうとシンク下の戸棚を開ける。ギィーっと軋んだ音がした。
「この戸棚、変な音がするね」
「そうなのよ。もうそろそろ建て替えなきゃ駄目かしら?」
エプロンを付けた母親は頬に手を當ててそうぼやいた。
そう言えば、うちは私が小さいの頃に建てたと聞いた気がするから、もう築25年近いはずだ。流石に骨組みはまだしっかりしていると思うが、裝はだいぶ経年劣化が目立ってきている。
キッチンの壁紙は油汚れや埃で茶く変しているし、他の部屋の壁紙も一部が剝がれている。所々がぶかぶかしてきたフローリング、開け閉めするとキィーといやな音を立てるドア。
「建て替えるのも良いけど、リフォームしたら? 今働いている會社がね、リフォームとかリノベーションが得意なんだよ。まるで新築みたいになるよ」
「イノベーションってなに?」
「リノベーションはね──」
キョトンとする母親に、私はリノベーションの何たるかを話して聞かせた。この場にイマディール不産の件案が無いことが悔やまれてならない。私は何枚か撮影した寫真が持って來た會社用スマホにっていることを思い出し、それを母親に見せた。
「これ、凄いでしょ? 會社の先輩と一緒に考えてリノベーションしたの。元はこんな部屋だったんだよ」
私はリノベーション前の寫真も畫面をスライドさせて母親に見せた。畫面の中では、何の変哲もないし古びた部屋が、ホテルのような空間に生まれ変わっている。母親はそれを見て、目を丸くしていた。
「へえ、凄いわね。イノベーション」
イノベーションじゃなくてリノベーションなんだけど……と思ったけど、そこはれないであげた。私のスマホの畫面を暫く眺めていた母親は、畫面から視線を外して私の顔を見ると、安堵したような表を浮かべた。
「よかった。雪ちゃんが元気にやってそうで」
「え?」
「前の會社の時は、帰ってくる度にこんなお客さんが來て大変だったって愚癡が多かったじゃない? 今は楽しそう」
母親の指摘に、私は口を噤んだ。
「お母さんたち心配してたのよ。突然雪ちゃんが転職して引っ越ししたって言い出して、しかも凄い都會でしょ? 騙されて、変な會社にったんじゃないかと思って」
母親は私に「はい」とスマホを返してきた。私はそれをけ取ると母親の顔を見た。母親は私と目が合うと、嬉しそうに笑った。
「でも、楽しそうでよかった。いい會社に転職できてよかったわね」
「……うん。ありがと」
私はそう言うと、スイカをザクっと切った。獨特の甘さと青臭さが混ざったような香りが広がる。
父親が買ってきたスイカはとっても甘くて味だった。1人用のカットスイカは割高なので、今シーズン私がスイカを食べるのは初めてだ。出かけていた弟も帰ってきて、あんなに大きなスイカだったのに家族4人で1度に半分食べてしまった。
お盆休みには、地元から他の地域に出て行った友達も帰ってくることが多い。たまたまラインでやり取りして地元にいるとわかった高校の時の友達と、私は久しぶりに集まった。もう高校を卒業してから10年近い年月が経った。でも、こうやって集まると同じ制服を著て學校に通い、機を並べていたのがつい先日の様な気がしてしまう。
地元の友達と近況を報告し合うと、皆様々だった。今も地元に留まって容師として働いている子もいれば、結婚して専業主婦になった子もいるし、私と同じように地元を出た子もいる。でも、環境は違えども會えば當時のように話が盛り上がった。
「ねえ。雪は例の彼と結婚決まった?」
友達の1人にそう聞かれ、私はぴたりときを止めた。それを聞いてきた友達はにこにことしている。そう言えば、去年會った時に、「今付き合っている人と結婚すると思う」と話していたのだ。當時私の言った『今付き合っている人』とは、もちろん英二のことだ。
「あー、々あって別れちゃった」
「そうなの? まあ、結婚してもいいと思う人と、付き合って楽しい人って別だよね」
「そうそう、バツつく前でよかったじゃん。次いこ、次」
「雪は料理上手だし、綺麗だから、すぐ見つかるよー。バカだね、その男」
あっけらかんとした様子で友人達が笑う。てっきり暗い雰囲気になってしまうかと思った私は、ちょっと拍子抜けした。
「だね。次に行こうと思います!」
私は口元を綻ばせると、にかっと笑って見せた。
久しぶりに會った友人達に、沢山の元気を貰えた気がした。
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