その日、俺はギルマス同士の會合から帰る途中だった。

ギルドへと帰る馬車が、森にさしかかったそのとき。

正面に座るフレデリカが、ふと言う。

「この先に魔がいます」

フレデリカの頭部から、ひょこっ、と狼の耳が立つ。

彼はフェンリルであり、嗅覚・聴覚は人間を遙かに凌駕する。

だから魔の存在にいち早く気づけたのだ。

「迂回します」

「待て」

俺は【鑑定眼】を発させ、周辺報を鑑定（よみとる）。

魔のほかに、人間の子供がいて、襲っているらしい。

「し出る。後からついてこい」

「マスター、どちらへ？」

俺は馬車の窓に足をかけると、いっきに飛び出す。

「【固有時間加速】」

S級鑑定眼【時王の眼】。

時の流れすら見通す最強の鑑定眼だ。

だがの報を読み取るのは、この目が持つ能力のの一つでしかない。

【固有時間加速】簡単に言えば、自分のきを加速させる能力だ。

強化ではなく、純粋に自分の速さを向上させる能力であり、への負擔も大きい。

俺は超加速し、現場へと急行。

「ギャアオオオォオオ！」

見上げるほどの巨大な熊が子供を襲っている。

熊の巨木のごとき腕が、子供を切り裂こうとする。

だが、それは空振りに終わった。

「え……？　だ、れ？」

俺は子供を抱きかかえ、熊から距離をおいた場所に居た。

時間加速による超スピードで、敵の攻撃が當たるよりも早く、子供を助けたのだ。

「グロァアアアア！」

熊モンスターは食事を取られ怒ったのか、俺に向かって襲いかかろうとする。

だが熊がサイコロステーキのようにバラバラになって、倒れた。

「さすがマスター、子供の危機にいち早く気づき、駆けつけるとは」

追いついてきたフレデリカが、濡れたナイフを払う。

「俺はこの【赤熊（レッド・ベア）】のと素材がしかっただけだ。モタモタしていると他のヤツに取られるかもしれなかったからな」

「さて……お嬢様、お怪我はありませんか？」

子供はよく見れば、まだあどけなさの殘るだった。

はフレデリカを見ると、気を失う。

「可哀想に、モンスターに襲われた恐怖で気を失ったのですね」

「おまえ、返りで凄いことになってるぞ」

「主の前でお見苦しい姿をさらし、申し訳ありません。今すぐ著替えてまいります」

「必要ない。どうせ屋敷に戻る。それより馬車を回してこい」

「連れて帰るのですか？」

「見てみろ」

森の中には、橫転した馬車が一臺。

馬は死に、者の姿はない。

荷臺には鉄格子がついていた。

今は熊に襲われてひしゃげているが。

そして【奴隷の首】をしてる。

「なるほど、奴隷商の馬車と、その商品の可能が高いですね」

「そうだ。売りを拾ったとなれば、商人から多額の禮金をふんだくれるだろう」

「では馬車で商人の居る町へ、このまま向かうのですね？」

「バカ言え。見ろ、この子供は何日も飯を食ってないのかガリガリに痩せている。まずは屋敷へ帰り、風呂にれさせ、飯をたらふく食わせ、たっぷり休養を取らせてから商人の元へ送り屆ける。狀態が良い方がより多くの禮金を……どうした？　なぜ笑う？」

「いえ、さすがの悪徳ギルドマスターっぷりだなと心したまでです」

★

屋敷へ戻って使用人達に命じ、娘を風呂にれさせ、清潔な類を著せた後。

その後、食堂にて。

「もの凄い食ですね、この子」

テーブルの上には、カラになった大量の皿が山積みになっている。

「食費もタダではないのに、よろしいのですか？」

「その分商人からふんだくるから問題ない。遠慮せず食え。デザートもあるぞ」

ぽろぽろ……と突如として娘が泣き出した。

「フレデリカ、なぜこいつは泣いてる？」

「きっと人に優しくされたのが初めてだったのでしょう」

「なに？　別に俺は優しくなどしてないだろ」

「はいはい。ところでマスター。ひとつ、わかったことがあります。この子は【商品】ではないようです」

フレデリカの手には、娘が元々著ていた類があった。

「調べた結果、この服は【ウォズ】という街にある【デルフォイ孤児院】の制服であることがわかりました」

「なに？　孤児院だと？　ではこの娘はそこの孤児なのか？」

奴隷商の馬車に、その商品として運ばれていたが、孤児院の子供だった。

「きな臭いな」

「マスター、いかがいたします？　どう見てもこの娘は厄介ごとの種です。捨て置くのがベターかと」

俺はフレデリカを無視して、娘の元へ向かう。

「おまえ、名前は？」

「……【ユイ】」

「ユイ。正直に答えろ。おまえのいた孤児院は人売買……友達を知らないやつらに売り飛ばす悪いヤツらか？」

びくんっ！　とユイがを強くこわばらせ、ガクガクガク……と震える。

「どうやら、悪い予が的中したようですね」

「アニー。ミルダ。みんな……ごめんね、守れなくって、ごめんね、ごめんね……」

「売られていった友達の名前でしょうね」

フレデリカはハンカチを取り出し、ユイの涙を拭う。

「その孤児院に帰りたいか？」

彼はまたうつむいて、ぎゅっとをかむ。

俺はユイの肩を摑み、目を真っ直ぐに見る。

「泣いたところで何も変わらない。未來をむ方へしでもかしたいのなら、選べ」

「えら、ぶ……？」

「そうだ。このまま孤児院に戻って、商品として売り飛ばされるか。それとも、逃げて自由を得るか」

「……無理、だよ。デルフォイさん、悪い人と、たくさん知り合い。すぐ、捕まっちゃう」

フレデリカがしゃがみ込んで、ユイの頭をなでる。

「安心なさい、何を隠そう、目の前に居るアクト様は、悪人という意味では、他の追隨を許さない、極悪人（笑）なのです」

「おまえ、何か馬鹿にしてなかったか？」

「滅相もございません」

よしよしとユイの頭をなでながら、フレデリカが言う。

「アクト様のお力があれば、あなたも、お友達も、みんな幸せにすることができます」

「……ほんとう？」

「ええ。マスターは誰よりも強く……そして慈悲深い悪人なのです。さぁ選びなさい。帰るか、逃げるか」

ユイは俺を見上げて、涙をためながら、吐き出すよう言う。

「……おねがい！　みんなを、助けて！」

帰るか逃げるかを問われて、友達を助けてしいと、ユイはそう言った。

自分のことではなく、他人を思いやる心を持っている、か。

「フレデリカ。デルフォイ孤児院に行くぞ」

「皆を救うのですね？」

「勘違いするな。俺は、この娘がしいだけだ」

「ふぇ、ふぇえええ！？」

ユイが顔を真っ赤にして、揺する。

「こいつには人の上に立つ才能がある。それを腐らせておくのは世界の損失だ」

「さすがマスター、たらしの才能まで備えているとは、見事な悪人っぷりです」

俺はユイの頭をくしゃりとなでていう。

「俺に任せろ。全部解決してやる」

「……あなたは、どうして？　助けて、くれるの？　神さま……なの？」

「バカ言え。俺はしいものはなんとしても手にれる、ありふれた極悪人だ」

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