《【書籍化】俺は冒険者ギルドの悪徳ギルドマスター~無駄な人材を適材適所に追放してるだけなのに、なぜかめちゃくちゃ謝されている件「なに?今更ギルドに戻ってきたいだと?まだ早い、君はそこで頑張れるはずだ」》★ 38.落ちぶれたギルドマスター【イランクス⑤】
ギルドマスター・アクトが、勇者ローレンスの活躍で更なる名聲を手にれた、一方その頃。
アクトを追い出したギルドのマスター、イランクスはというと。
「うう……くそ……くそぉ~……」
彼がいるのは、ギルド【生え抜きの英雄】のギルド會館だ。
広大なギルドホールに、イランクスだけが、ぽつんとひとりだけ。
テーブルの上には安酒が置いてあり、ちびちびと舐めながら、涙を流している。
「どうして、こうなった……なにが……間違ってたんだよぉ~……」
イランクスはギルド協會本部長から、ギルドマスターの座を収奪すると言われた。
さもありなん、かつて栄華を極めた【生え抜きの英雄】の名聲は、今や地に落ちた。
誰もイランクスのギルドにろうとするものはおらず、またギルメン達も全て、イランクスの元を去った。
「くそ……アクトだ……アクト・エイジがいなくなってから、全てがおかしくなったんだ……畜生……くそぉ……」
めたる才能を見抜き、人材を育するプロフェッショナル。
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さらに、彼はギルメン達に適した依頼を見抜いて振り分けるのも上手かった。
「アクトぉ~……かえってきてくれよぉ~……くそぉ~……」
と、そのときだった。
「あれ? まだいらしたんですか?」
出口に立っていたのは、白髪の男だ。
年齢をじさせないツヤに、狐のような細い目と、銀縁眼鏡が特徴的だ。
「お、おまえは【フョードル】!」
「おや、やっと名前を憶えてくれたのですね。そうです、【フョードル】ですよ。元、ここの副ギルドマスターですが」
白髪の元副ギルドマスターが、悠然と歩いて、イランクスに近づく。
「な、なんのようだ! 今更、【生え抜きの英雄】に戻ってきたいと言われてももう遅いぞ!」
「まさかでしょ。お忘れですか、私はあなたのギルドを出たあとに、自分のギルドを立ち上げたのですよ」
先日、ギルド協會であった時に、確かそんなことを言っていたはずだ。
「ギルド【七つの大罪】。それが私の作ったギルドの名です。以後、お見知りおきを」
「【七つの大罪】……ふん! 裏切り者の貴様にはぴったりのギルド名だな!」
「裏切ってはいないですよ。ただ、無能な上司の元から離れ、獨立しただけですよ」
フョードルは見下ろしながら、小ばかにしたように言う。
「む、無能だとぉ!」
「アクトさんという、稀に見る超有能な人材がいたというのに追い出し、その結果がこの落ちぶれ合。無能以外のなんだというのです?」
「ぐっ……!」
「裏を返せばアクトさんがいなくなっただけ。その後にギルドを維持できなかったのは、ひとえにあなたの無能さ、努力を怠ったことが原因です。違いますか?」
「そ、それは……」
確かにイランクスは、事態の深刻さに気付くまで、何もして來なかった。
アクトがいたおかげでギルドが繁栄していたのだ、と気づいたときに、まず最初に行ったのは、アクトを連れ戻そうとしたことだった。
「そこが間違いなんですよ。たとえ彼が居なくなろうと、あなたはギルドを、自分の力で立て直すべきだったんです。他人にすがろうとした時點で、ギルマスとして三流……いいえ、ギルマス失格だったのですよ」
淡々と、冷靜に事実を突きつけられ、イランクスは何も言い返せなかった。
「ぐ、う、うがぁああああああ!」
フョードルに毆り掛かろうとするが、しかし、華麗にそれを避けて見せる。
ぐしゃり、と前のめりに倒れる。
「怒りに任せ、暴力を振るうですか。とても分別のある大人のふるまいとは思えませんねぇ」
クスクスと、蔑んでくるフョードルに対して、何も言い返せなかった。
「くそ! おまえは何しに來たんだフョードル! ここは、わしのギルドだ! わしの城から部外者は出て行けぇ!」
イランクスが聲を荒らげても、フョードルは余裕の態度を崩さず、靜かに言う。
「いいえ、ここはもう、あなたの城ではありません」
一瞬、空白があった。
イランクスは彼の言葉の意味を、最初理解できなかった。
「ど、どういう……ことだ?」
「この建はもうあなたのギルド會館じゃない。我々【七つの大罪】のものとなったのです」
激しい悸と、わきの下にじわりと汗が浮かぶ。
「う、うう、噓だ! 噓をつくな! ここはわしの城だぁ!」
「いいえ、その証拠に、これをご覧ください」
懐から取り出したのは、協會が発行する土地と建の権利書だ。
そこには、使用者の欄に、【七つの大罪】の【フョードル】となっていた。
「そ、そんな……」
「ギルド會館は協會の所有の建です。ギルマスに任命された人間が協會本部長から使用権限を與えられ、運営していく。なので正確に言えばここはあなた所有の城じゃあなかったんですよ」
「うそだ……ここは……わしのギルド、わしの城なのに……」
呆然とつぶやくイランクスをよそに、フョードルはパチンと指を鳴らす。
引っ越し業者がギルドへとなだれ込んできた。
「では、荷を運んでください」
「前のギルドの荷はどうしましょう?」
「適當に外に放り出しといてください」
業者はうなずくと、作業を開始する。
「やめろ、やめろぉおおおおおお!」
イランクスは近くにいた業者の一人の、足に縋りついてぶ。
「ここはわしのだぁ! わしの城を、奪うなぁ!」
「ちょっと、うるせえぞおっさん!」
どんっ! と蹴とばされ、イランクスは地面を転がる。
「やめろよぉ……ここを取られたら、わしに、何が殘るっていうんだよぉ……」
ギルメンも、職員もなく、空っぽになったこの空虛な城だけが、彼をギルマスたらしめていた。
それを失えば、彼をギルマスたらしめるものが、このバッジだけになってしまう。
彼のに輝くのは、ギルマスに任命されたものだけが著けることを許される証。
以前、協會本部長から返還を求められた際、頑としてそれを返そうとしなかった。
結局、正式な決定が下されるまでは、イランクスが持っていてよいとされたのだ。
「イランクスさん。諦めてください。もう、あなたはギルマスじゃないんです」
「違う! 違う違う! わしは【生え抜きの英雄】のギルマス! イランクスだ!」
「あなたは正式に、ギルマス名簿からの除名が決定しました。そのバッジも、ギルド會館も、協會本部に返還してください。これは本部長の決定です」
「いやだぁああああああああああ!」
やれやれ、とフョードルが心底呆れたようにため息をつくと、パチンと指を鳴らす。
どこからか、マントを頭からすっぽりとかぶった、屈強な男が現れる。
「彼からバッジを回収なさい」
男はうなずくと、イランクスの腕をつかみ、持ち上げる。
その巨漢と比べると、彼はまるで子供に見えてしまう。
「放せぇ! わしのバッジだぁ……!」
男はギルマスの証をむしりとり、フョードルに投げ渡す。
絶が、イランクスに染みわたっていく。
ギルマスたらしめていた証が、手を離れてしまった。
自分が持つ、唯一の誇り。
失ってしまえば、もう彼はただの人。
有象無象の一部となることが、彼は嫌だった。
「嫌だぁ! かえせぇ! かえせよぉ!」
「【憤怒】くん。イランクスを丁重に、街の外へ送り屆けてあげてください」
「嫌だぁああああああああ!」
じたばたと手足をかすも、憤怒と呼ばれた大男は、摑んだその手を決して離さない。
憤怒はイランクスを連れて、ギルド會館を出て行く。
「さようなら、愚かな元ギルドマスター。もうあなたはギルマスではありませんがぁ……しかし、冒険者ではありますからね」
にこり、と笑ってフョードルが言う。
「わが七つの大罪は、いつでも冒険者を募集していますよ。まあもっとも、その歳で下っ端からやり直す気概も力も、あるとは到底思えませんけどねぇ~」
「う、うわぁああああ! あぁあああああああ!」
憤怒に摑まれ、連れて行かれる。
脳裏に今日までのことがまるで走馬燈のように流れていく。
自分が積み上げてきた地位も、名譽も、そして……自分の城も、すべてが奪われてしまった。
「奪われる? 馬鹿ですねあなたは。最初からあなただけのものなんてこの世には存在していなかったのですよ」
フョードルが冷たく言う。
「多くの部下(ギルメン)たちがギルドを支え、彼らの努力があなたをギルマスにしていた。それを自分だけの手柄であると思いあがったのが最大の間違いです」
あくまでギルマスは組織をまとめあげるもの。
ギルメンたちが何かをし遂げたとしても、それはギルド(ギルマス)だけの功績ではない。
頑張った彼らのおかげであると、そんな単純な原理にさえ、イランクスは気づかなかった。
最後の、最後まで。
連れて行かれる愚かなるギルドマスターに、フョードルは突きつける。
「あなたは最後の最後まで、ギルドを自分の城と言ってましたが、それは間違いです。組織(ギルド)は、部下を含めた、みんなの城でしょうに。そんなこともわからないあなたに、長の資格はありません」
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