ギルドマスターのアクト・エイジ。

彼の元に仕える従者フレデリカ。

彼は【超越者】の手によって作られた、最強の魔獣だ。

彼の使命はたった一つ。

『いいかいフレデリカ。君は門番だ。外から敵が來たら、追い払うんだよ。ただし殺しは駄目だ。オーケー？』

とあるダンジョンの地下深く。

奈落の底に、【超越者】は居を構えていた。

主の住む住居を守る。

それが門番であるフェンリルのに與えられた使命。

……だが、こんな場所を訪れるものなど、皆無に等しかった。

そもそも奈落に墮ちてきた時點で、大抵の人間は死んでいる。

ごく希に、運良く生きているものたちもいる。

だが……。

『ひぃ……！　ち、近寄るな化けぉ！』

『お、おれを食う気だろ！　來るな！　化けぉ……！』

彼らは皆フレデリカを拒んだ。

治癒を施し、彼らを助けてあげたというのに、誰一人として謝の言葉を述べてこない。

みな、自分に敵意を、恐怖を向けてくる。

せっかく助けてあげたのに……。

彼は悠久にも等しい時間、一人孤獨に過ごした。

主人たる超越者は、一度たりとも、外に出て彼の様子を見に來たことがない。

フレデリカは門番だ。

屋敷の中にることを許されていない。

主人も、奈落に墮ちてくる人間達も……みなフレデリカに好を向けてはくれない。

誰一人として、彼を構ってくれない。

さみしくて、さみしくて……けれど、死ぬことを許されない。

『さみしい……』

それは何千、何萬、何億回目のつぶやきだったろうか。

神がようやく、フェンリルの言葉を聞き屆けたのか、ある日、【彼】が墮ちてきた。

黒い髪の年は……しかしボロボロだった。

『…………』

年に息があることを確かめると、治癒を施す。

そこに特別なはない。

主人に命じられたから、追い返すだけだ。

ぱちり……と彼は目を覚ます。

彼は不思議な、黃金の瞳を持っていた。

『おい貴様』

『………………へ？』

最初、彼が自分に聲をかけてきたことに、気づかなかった。

『貴様が俺を助けてくれたのか？』

フレデリカは、大いに驚いた。

助けた人間達は、この姿を見て驚き、敵意を向けてきたから。

目の前の年からは、それをじなかった。

『え、ええ……まあ』

『そうか。助かった。禮を言う』

さらに驚くべきことに、彼は自分に対して、頭を下げ、謝してきたのだ。

『…………』

不思議な、年だった。

どうして自分を怖がらないのだろう。

どうして、謝してくれるのだろう。

『貴様、何を泣いている？』

『え……？』

気づけばフレデリカは、ポロポロと涙を流していた。

『貴様、何を泣いてる？　何か悲しいことでもあったのか？』

『いえ……ちがうのです……これは……うれしいのです……』

ああ、そうかと言葉を口に出して気づいた。

初めて、謝された。

初めて、化けではなく、対等な個として、會話してくれた。

それが本當に、嬉しかった。

『貴様、名は？』

『フレデリカ……です』

『俺はアクト・エイジ。冒険者……だ。いちおう』

彼が言うには、つい先日ギルドを追放されたばかりで、ソロの冒険者をやっているらしい。

『フレデリカ、貴様はこんなところで何をしている？』

アクトに問われ、フレデリカは表を曇らせる。

『なにも、していません……ただここで、ずっと……ずっと……ひとりで……』

主人の命令は、敵が來たら追い払うというもの。

だが何世紀待っても、超越者たる彼を狙う敵は一度も現れたことがない。

やってくる者たちを追い払う日々は、ただただ退屈で……なにより寂しかった。

『そうか。つまり暇を持て余しているのだな』

『は……？』

涙を流す自分に、アクトはそんなことを言う。

『ちょうど良い。貴様、俺に力を貸せ』

『え？　あ？　え……？』

『貴様からは膨大な魔力をじる。それに、俺を一瞬で治したその治癒の力……とても役に立つ』

アクトはフェンリルに臆することなく、近づいて、手を差しべる。

『その素晴らしい力も、使わなければ寶の持ち腐れ。俺が使ってやる。だから、俺と一緒に來い』

彼は、アクト・エイジは、真っ直ぐにフェンリルを見やる。

『貴様が必要なんだ、フレデリカ』

フレデリカは涙を流し、頭を垂れる。

誰かに必要とされたことは生まれて初めてだった。

彼の目は、鋭さはあれど、しかしとても溫かさをめていた。

きっと彼は、孤獨な自分に、同してくれたのだ。

気づけば、フレデリカは人化のを使い、の姿になっていた。

『アクト様。ぜひ、わたくしをお連れくださいまし』

彼はアクトの手を取ってうなずく。

彼は手で暴に、フレデリカの目元を拭った。

『しかし、アクト様。ついて行きたいのはやまやまなのですが、わたくしには主人（マスター）がおりまして、許可なく離れることはできませぬ』

『そうか。では會いに行こう』

アクトは臆することなく、屋敷へとろうとする。

『お、お待ちくださいまし！　主人は、その、ここに敵を誰もれるなと……』

『俺は敵じゃない。そいつに會いに來た客だ。貴様は客と敵の區別も付かないのか？』

『いやでも……』

彼は堂々とを張って、屋敷の中をずんずんと進んでいく。

どうしていいのかわからなくて、フレデリカは戸いながら、彼の後をついて行く。

その堂々たる足取りたるや、実に見事なだった。

未知に対して臆することなく進んでいく姿に、フレデリカは心した。

奈落の底で、こんな化けが守っている主人。

さぞ恐ろしい存在なのだろうと、普通なら込みするはずだろうに。

『アクト様は、恐怖をじないのですか？』

『バカ言え。そんなわけなかろう。だが、怯えてうずくまっていても仕方あるまい。臆せず進むことでしか道は切り開けない』

『…………』

長い間、あの場から離れられなかった自分のに、アクトの言葉が突き刺さる。

『貴様も、俺に仕えるというのなら、もう二度と立ち止まるな。慘めな姿をさらすな。いいな？』

彼は言葉は悪かったが、そこからは確かな、フレデリカに対する気遣いがじ取れた。

とくん……と、心臓が飛び跳ねた。

これはどういうなのだろう。彼は首をかしげる。

やがて、主人たる【超越者】の部屋の前までたどり著いた。

『…………』

フレデリカは、うつむき震える。

主人からはここに敵をれるなと厳命されていた。

だが侵者を許してしまった。

どんな罰が待ちけているのかと思うと、足が止まり、が震える。

『ふん、駄犬め。俺の言葉をもう忘れたか？』

くしゃり、とフレデリカの頭をなでる。

『貴様はもう俺のだ。誰であろうと、俺から何も奪わせない』

……きゅん、とが締め付けられた。

そして、やっと彼は自分のに気づく。

『なんだ貴様？　尾をそんな振って？』

『いいえ……アクト様。いえ、マスター』

思えば出會ったそのときから、彼にひかれていたのだろうとフレデリカは思った。

『気が早いヤツだ。まだ主人は中に居るのだろう？』

『いいえ、もうわたくしのも心も、あなた様のものでございます。中にいる前のマスターに、そう言って、わたくしを連れ去ってくださいまし』

『元よりそのつもりだ。いくぞ、フレデリカ』

『ええ、私のご主人様（マイマスター）』

……その後、彼は超越者と出會い、気にられ、あれこれと力と知識を授かる。

以後、フレデリカはアクト・エイジのメイドとして仕えている。

彼の作ったギルド【天與の原石】。

行き場のない弱者（げんせき）達の寄り合い。

彼らがもう二度と、悲しい思いをしなくてすむよう、強く長させ……そして巣立たせる。

彼の掲げた理想を現するべく作られた、被追放者達のギルド。

弱者が踏みにじられることのない世界。

その理想は、あまりに高すぎた。

誰も実現できないだろう。

そもそも掲げようとしなかっただろう。

……この、誰よりも優しい彼じゃなければ、決して。

それでもマスターたるアクトは、自分の目的を達しようと邁進する。

フレデリカと出會ってから、一度も、後ろを振り返ることも、立ち止まることもしなかった。

そんな彼の姿を、すぐ後ろという特等席で、見ることができる。

なんと幸福なことだろうか。

だから彼は最期まで、彼の側に仕えようと思うのだった。

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