「キヒヒッ！　勢い余ってころしちゃいました」

不気味な笑みを浮かべたが、倒壊した家の上に立っていた。

は手のような自在にびる腕を手元に引き寄せる。

手の先端にはが滲んでいる。ギジェルモを突き刺したのがこの手なんだってことがわかる。

「キヒッ、すでに、みなさんお疲れのようですねぇ」

倒れている男たちを見てはそう表現をする。

そして、一通り周囲を観察してから僕に目を合わせてきた。

そのはゆっくりとした足取りで、僕の近くまでやってくる。

「ニヒヒッ、はじめまして、名稱未定ちゃんです」

と、はそう自己紹介をしてきた。

「名稱未定……？」

僕は聞き覚えのある言葉を繰り返し唱えていた。

〈名稱未定〉、それはダンジョンの狹間で見つけた正不明のオブジェクト。

「はい、名稱未定ちゃんと言います！　つまり、名前がまだ決まっていないんです。じつはですね、名前が決まる前に捨てられたんです。ひどいと思いませんか～？　しかも、中だけ作って、外側は作られなかったんです。おかげで、こんなか弱い姿になってしまったんですよ～」

オロオロと〈名稱未定〉と名乗ったは泣き始める。それが非常に演技臭くて、噓泣きだと隠すつもりもないようだった。

だが、そんなことはどうでもよかった。

それより、重要なこと。

なんで――

「お前は、エレレートと同じ姿をしているんだ？」

エレレート、それは僕の妹のはずで、昏睡狀態のため起きることさえできないはず。

それが、こうして歩いて喋っている。

だけど、一目で彼がエレレートでないことはわかった。

表やき、喋り方、どれもがエレレートと異なっている。

「あはっ、エレレートってこのの前の持ち主のことですか？　それなら、もらっちゃいました。なにごとも有効活用が大事ですよね」

「もらった……？」

よく言葉を飲み込めない。

「人格を乗っ取ったということか……？」

「んー、確かにそれは非常によろしい表現ですね。こんどから、名稱未定ちゃんもその表現を使うことにします」

「――ッ！」

僕は絶句していた。

死んだと思った妹が、人格を乗っ取られた狀態で生きていた。

意味がわからない。目の前の事実をけ止めきれないせいで、さっきからがぐちゃぐちゃだ。ただ、ひとつだけ言えることがある。

「そのを妹に返せ」

「あはっ、このの元持ち主の親族の方ですか？　それは大変心中お察しします。でも、無理なものは無理です。だって、もう私のものですからね～っ！　人間の、意外と馴染めば悪くないもんです。最初は人間のってどうなんだろう～って、不安だったんですけど」

「ふざけ――ッ！」

の態度に腹が立ち、摑みかかろうとする。

だが、直前でをとめる。

冷靜になって考えてみれば、目の前のを傷つけることは妹のを傷つけることにもなる。

それに、毆ったからって人格が乗っ取られたという事実が変わるわけではない。

「なんなんだよ、お前は……」

わけがわからない。

どうすれば、元の妹に戻るんだ？

「だから、名稱未定ちゃんってさっき自己紹介したじゃない……あー、名稱未定ちゃん、あなたが聞きたいことをとっても理解できました。はい、名稱未定ちゃんは人間ではありません。仕方なく、人間の姿をあまんじてけれていますが、ほんとうはもっとかっこいい姿になる予定だったんです」

は理解したとばかりに説明を始めては、僕から距離をとるように後ろに下がる。

「でも、名稱未定ちゃんの固有の能力はそのままだったので、その點だけは謝してもいいのかなー、って考えています」

そう言うと、は両腕を膨張させ、巨大な手のような姿へと変化させた。

その上、手の先端を猛獣の牙のような形狀に変化させると、まず、僕の前に倒れていたギジェルモのをくわえては自分の足元に持っていく。

それから、次々と倒れていたギジェルモの一味たちを手でくわえては手元に集めて始める。

「こんなに材料があるなんて、名稱未定ちゃんとーってもラッキーでした」

は楽しそうに笑いながらなにかを始めようとする。

「おい、なにが起こっているんだ……！？」

「や、やめてくれぇえええええ！！」

僕は一味を短剣で刺しはしたが、殺すまではしていない。だから、中には意識があった者もいたらしく喚くものもいた。

「えっと、こうやって、こうやって……」

は二本の手で大量の男たちを飲み込んではモゴモゴと手をかし始める。

なにをしてようとしているのか？　僕には見當もつかない。

「名稱未定ちゃんのスキル〈モンスター創造〉によって、なんと完しましたー！」

じゃじゃーん、と両手を広げてエレレートと同じ姿をしたは喜ぶ。

「えっと、名前は……えっと、そっか名稱未定ちゃんと同じ決まっていません！　だって、今完したばかりですからね。だけど、私は責任がある親だから、をもって名前をつけてあげましょう」

そう言った彼の手からでてきたのは、一の巨大なモンスターだった。

「不格好な巨人(トルペ・ギカンテ)。いい名前だと思いませんか？」

それは人間を粘土のようにこねくり回したかのようにして造った巨大なモンスターだった。左右が非対稱で、が不格好なほどに大きく、人間のような頭が全のあちこちから生えていた。

はギジェルモの一味たちを材料と呼んでいた。だから、目の前のモンスターが彼らを元に造られたんだってことがわかる。

モンスターにたくさんある顔はもしかしたら彼らの顔と一緒なのかもしれない。

あまりにも、不気味なモンスターに僕はただ唖然としているしかなかった。

「キヒヒッ、そういえばまだ質問の途中でしたね。名稱未定ちゃんの正は沒となってしまったレイドモンスターです」

レイドモンスター。

時々、突如として地上にモンスターが現れることがある。そのモンスターは、どんなダンジョンのボスモンスターより強く、放っておくと人類に災厄をもたらす。だからこそ、現れたら早急に冒険者たちが力をあわせて倒す必要がある。

目の前のそれは、自分をレイドモンスターだと口にした。

なぜ、そんなモンスターが妹を姿をしているのか？

あぁ、そういえばは言っていた。中だけ作って外側は作られなかった、と。

よくわからないが、人間が魂とにわかれるように、モンスターも魂とにわけることができるのかもしれない。

目の前のモンスターは魂だけ造られて、を與えられなかったレイドモンスター。

あの立方はモンスターの魂のようなもので、僕はわざわざダンジョンの狹間から、それを掘り起こしてしまったのか……。

そして、魂だけだったレイドモンスターは妹というを得ることで、こうして顕現することに功した。

「はい、だから名稱未定ちゃんはモンスターとして使命を果たさせもらいます」

すると、は一息ついてからこう口にした。

「キヒヒッ、モンスターはモンスターらしく、人類の殲滅を始めましょう」