《【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに~》03

布団で寢ていたエインズは、外の喧騒で目が覚める。

夜のはずが、窓からは夕焼けのようなオレンジってきていた。

「なにしているんだろう」

寢ぼけ眼で窓を覗くと、多くの人が外で踴ったり走り回ったりしていた。

「何かの祭りかな? でも、なにも聞いてないや」

エインズは不思議に思い、部屋から出て、リナとキルザに何の祭りなのか尋ねようと思った。

二人の寢室に向かうとそこに二人はおらず、リビングにいるのかと思い、向かってもそこにも二人の姿はなかった。

外のが揺らめきながら家の辺りを照らす。

玄関のドアは半開きになっていた。

「不用心だな。ぼくにはいつも戸締りと手洗いを口酸っぱく言ってくるのに」

ドアを閉めようと向かうと、何かに躓いた。

「いたっ」

思わずその場で転ぶ。の手が床でり、頭も軽く床にぶつける。

「なんだよいったい」

手についていた汚れを払おうとするが、手がぬめっていた。

外のり込み、手が真っ赤になった様子が見えた。

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エインズの転んだ一帯がだらけになっている。

何に躓いたのか。考えたのが先か、見つけてしまったのが先か。

躓いた足元を見ると、そこには背中を肩から腰にかけて大きく斬られたリナが倒れていた。

「……な、なんで……」

家の中をエインズの掠れた聲だけが流れる。

その掠れた聲は外の喧騒で掻き消える。

エインズはおぼつかない足でドアを開く。

取っ手が外れ、ドアを固定していた上部が外れる。

軽く押し開ける程度の力だったが、それだけでドアは朽ち果てるように崩れ落ち、開かれる。

「あつい……」

冬が近くなるにつれシルベ村の夜は厳しい寒さになる。

それが今、暑いのだ。

外の夕焼けは、村の大火事だった。

寢ぼけていたエインズの頭が目覚める。

踴っていた人は剣で斬りつける者と斬られるもの。

走り回っている者は、追手から逃げる者と追う者。

祭りではない。

「……」

言葉が出ない。

「たすけてくれ!!」

「この子だけは!」

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泣きび、命乞いをしながら無常にも死に逝く人たち。

弱者が強者に狩られていく。

エインズは膝から崩れ落ちると、ただただ目を見開いて外の様子を見ていた。

村のほとんどがすでに死んだのだろう。

ロジンとバーグが真剣を持ち、振るっている。

15歳に満たない二人は村においてまだ戦力として數えられない。その二人が前線で剣を振るうとはそういうことなのだ。

しかしそれでも相手は軽くいなし、反撃を加える。

洗練された無駄のないき。

鍛え上げられたにより鋭く剣を振るう。

剣筋を一瞬殘し、バーグの剣は手首から先を切り落とされる形で地面を転がる。

「あっ……がぁあ!」

痛みにより前かがみになった上半を下から膝で蹴り上げ、開かれた部に鋭い剣先を突き刺す。

「……うぐっ」

小さなうめき聲を殘して、すぐに絶命する。バーグの部、手首を中心に地面にが広がっていく。

すぐ橫でバーグが事切れた様子が視界にるロジン。そこに憎しみもなければ、悔しさもない。あるのはただ純粋な恐怖。次は自分の番なのかもしれないという恐怖。

かしたことによる発汗なのか、恐怖から生まれた脂汗なのか。

古くからのライバルであり友人であったバーグがいとも簡単に死んだことにより、ロジンの心が折れた。

それは、汗と相まって、振るっていた剣が手からり落ちるという形で現れる。

何もない。抵抗力も、武も、防も。ロジンはただ死を待つのみだった。

ロジンの最期の表は、安堵から來た笑みだった。

「……ぁ……で」

その始終を見ていたエインズの口から出た音。本人は「なんで?」と言ったつもりなのだが、しかしとっくに発聲すらもままならなくなっていた。

苦しみなく一瞬で命を刈られたことによる安堵。それが生者、エインズには分からない。

きだけはすでに才覚を現わしていたエインズと同い年のサイアスが揺らめく炎の前を走って逃げる。

サイアスの後ろを、それは朝の散歩のような足取りで歩く者。剣を持たず、防を付けず、手には小さな木の枝が握られている。

「……よかった。サイアスは……」

サイアスは逃げ切れる……。

さほど仲良くはないが、それでも村で數ない歳が同じ友人だ。

サイアスの生存が確認されたことがエインズに言葉を紡ぐ程度の力を出される。

が、

「□□□□、□□□」

木の枝を持った男は、前を走るサイアスに向けて何か言う。

喧騒もあって、エインズの耳には男の言葉が屆かない。

ぞわっ。

エインズは得の知れない悪寒をじながらその男を見ていた。

男の持っている木の枝が激しく発したかと思えば、青白い線がサイアスのを突き抜ける。

「えっ……」

それはサイアスのものか、エインズのものか。それとも二人共かられ出た聲なのか。

サイアスはまるで何かに躓いたかのように急にその場に力なく倒れた。そこから起き上がることもなかった。

(なんだ、あれ……)

何かはわからない。けれど、この慘狀の中で、場違いにエインズのを熱くする何かであった。

「おっと、こんなところにまだ生き殘りがいたんだねぇ」

の収まった木の枝をサイアスから下げ、男はエインズに気づく。

「きみの仲間たちが次々と死んでいくこの慘狀の中で、何もせず、きみは。抵抗することもなく、足掻くこともなく、憎しみを抱くこともなく、助けを呼ぶこともせず、逃げることもせず、命乞いをすることもせず、涙を流すこともせず、ただただその場にとどまり続けるきみ。ただただこの死累々の慘狀に溶け込むようにいるきみ。きみは何かを為そうとして死んでいった彼らに恥ずかしくはないのかい?」

「……」

揺らめく炎を背に、男はエインズに向かう足を止める。

「これだけ煽ってもきみは行を起こさないのか」

男は呆れたように、それでも笑って「いや、これはただの詭弁だね」と呟き、サイアスを止めた木の枝をエインズに向ける。

「結局僕は、ただ人を殺めたいだけだから。……だけど、そうだねぇ。きみをただ殺すのは甘いねぇ。彼らには失禮だもんねぇ、何も為そうとしなかったきみと、彼らを同様に扱うのは」

男はどこか慈しみを込めた目で辺りのに目をやる。

男の右頬は、大きな傷痕が殘っていた。

「あぁ、そういえば、この村には魔法、『魔』という文化がなかったんだねぇ。みんな初めて見るみたいに驚いた顔して死んでいったよ」

「きみたちは生活魔法程度しか知らないんだねぇ。魔法と魔の違いはまだ分からないだろうけど、——略式詠唱。『ライトニング』」

サイアスの時と同じように木の枝の先端が激しく発する。

木の枝から青白い線が放出され、それはエインズに向かってくる。

しかし、狙いを元々エインズに設定していなかったのか、エインズのを大きく逸れ、家の上部にあたる。木の砕ける音が鳴り、玄関から家全の崩壊が始まっていく。

エインズは上を見上げ、ただただ自分に崩れ落ちてくる梁や柱を眺める。

危険だということは理解している。しかし、こうとしない。脳が指示を出さない。

ガシャン!

崩壊した瓦礫に完全に埋まってしまった。

左腳の膝上に大きな柱、右肩から右手にかけて大小さまざまな瓦礫が覆いかぶさる。

「これはねぇ、雷の攻撃魔法だよ。何もそうとしなかった自分を悔やみながら時間をかけてくたばるといいよぉ。村の仲間全員に懺悔する時間は優にあるとおもうからぁ」

男は口元を抑えながらくつくつと笑う。

エインズのにのしかかる瓦礫に炎が纏う。

左腳を焼き切るように柱が赤々と燃える。右腕は既に覚が無くなっていた。腕のはおろか、骨すら殘っていないのかもしれないとエインズは思った。

「……ぁ、ぁ」

熱い。

右腕全に覆っている瓦礫に纏う炎は威力を増すばかり。顔間近ということもあり、右目を酷く眩しく熱く痛みが襲う。

瞼を閉じていても、皮一枚程度関係ないと言わんばかり炎が燃える。

エインズはここで自分の死を覚悟した。

しかし涙は流れなかった。

恐怖はなかった。

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