《【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに~》07

溫めなおされたスープをシリカが再度エインズのもとへ運ぶ。

「ありがとう」

そうして、盆の上のスプーンを手に取ろうとして、

「あれ?」

「どうしたの?」

「いや、うまく摑めない、……というか、距離がなんか、変」

シリカは、はっとした。

勢いよくエインズの目元を覗き込む。

左目と右目で瞳が違う。

エインズの左目は瞳孔がしっかり機能している。しかし右目は、瞳のが灰に変していた。

「エインズ、右目だけで見える?」

エインズは手のひらで左目を隠し、右目だけであたりを見渡す。

「見えない」

「……っ」

右腕に左腳だけでなく、右目すらその視力を失っていたことにシリカはひどく揺する。

「なるほどね。だから目が変だったのか」

エインズの口ぶりは、なんだそんなことかと、どこか他人ごとのようだった。

エインズのその様子にシリカは困した。

エインズはどこか壊れてしまっている。

右腕だけじゃない。左腳も、右目も。そして心のどこか大事なところが。

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「……私が、しっかりしないと」

しっかりしないと、エインズはきっと決定的に人の道を踏み外してしまう。

シリカはそんな不安に駆られた。

それから2年が経った。

何か変わったことといえば、エインズが外出するようになったことだ。

といっても腳の合を考えると一人で外に出ることはできないため、車いすをシリカに押してもらう形で村を回った。

ずっと家の中に居ては気分も沈むだろうと、シリカがエインズの気分転換のためにとってみたところ、

「魔法の練習がしたい。どこか広いところはない?」

と聞いてきたため、當初の目的とは違ったがそれでも外の空気にれることとなった。

開けた場所までの道すがら村の人たちとすれ違う。

タス村の人たちとは違い、銀の髪が風になびく。

シルベ村の慘狀は村の人々も知っていた。そして車いすに座っている年がその唯一の生き殘りということも。

エバンやカリア、シリカ以外に積極的にエインズと関わろうとする村の者はいなかった。

「うわっ、またよそ者がきたぞ!」

「どっか行け、役立たず!」

村の小さな子たちはエインズに対して悪口を言う始末。

時には石を投げつけたりしてくる。

「こら! 君たちやめなさい!」

シリカはその度、子供に注意をした。

エインズは何も言わなかった。

「エインズ、大丈夫?」

「うん? うん、今日はカリアさんから寒くなるって聞いてたから厚著してるし、全然寒さは平気だよ」

「そうじゃなくて……」

エインズは何も気に留めていなかったのだ。

「あの子たちのこと。ごめんなさい」

「どうしてシリカが謝るの?」

「だって私も同じ村の人間だもの」

「いいよ別に。本當になんとも思っていないから」

エインズの言葉には何のもこもっておらず、冷徹なものだった。

いつもの開けた場所までついた。

シリカは車いすから手を離し、切り株に腰を下ろした。

エインズは目の前の大きな大樹に向けて様々な魔法を放つ。

シリカも最初はその激しさに目を奪われていたが、徐々にその様子に慣れ、今ではエインズの好きなようにさせている。

その間シリカはカバンから糸を取り出し、編みを始める。

晝前から夕方までだ。

辺りにはエインズの放つ魔法が大樹にぶつかる音だけが広がる。エインズは何も喋らず黙々と魔法を打つ。時々頭の中を整理しているのかぶつぶつと呟いているがシリカの耳にはっきりと屆かない程度である。

シリカは意外にこの時間が好きだった。

エインズをここに連れてくるまで、あまりこの大樹には來なかった。村の人たちもほとんど來ない。何もないのだ。子供たちは家の近くで集まって遊んでいるため、子供も來ない。

村の若頭であるエバンの娘、ということを忘れてのんびりできる。どうしても村の目があるところでは、エバンの娘という見られ方をされ気が休まらない。

タス村でのことを何も考えず、魔法を好きなように撃っているエインズと二人きり。シリカはそんな、ただのシリカとしてのんびりできるこの場所が好きなのだ。

日が沈み始め、寒くなってきたころ、

「そろそろ帰ろうか」

シリカが途中の編みをカバンに片付け、エインズに聲をかける。

ぶつぶつと呟いていたエインズが車いすのもとまでやってきたシリカに気づく。

「そうだね。寒くなってきたし。カリアさんの言う通りだ」

エインズはそう言って、カリアから預かった布を膝の上にかけた。

カラカラと木製の車が回る。

日が傾き、青空はオレンジに染め上がる。

晝間と違い、風は冷たくなっている。

村の中心まで、シリカが車いすを押し、エインズは靜かに手元で水のような何かをずっといじっている。

冷たい風に木々が揺れる。

數か月前には青々と茂っていた葉も、今は赤くづき、夕焼けと同化する。

この2年の間でエインズもいくらか長していた。

エインズ8歳の年。

あまり髪を切りたがらないため、エインズの銀の髪は腰のあたりまでびていた。

顔つきは、いまだに男らしさを帯びず、中的な顔つきのため、知らない人が見ればと見間違うものだ。

基本的に車いすでの移のため、立ち上がることがない。しかし、家の中ですぐ近くに移する必要があるときは、テーブルや本棚などで摑まり立ちをする。

長も、この2年間でびた。

特に長したと言えば、魔法だろうか。

今ではエインズの練習に目を向けず編みに耽っているシリカだが、時々見かける魔法は何がどうなっているのか分からないものとなっていた。大樹に當たり、音や強風が吹き荒れるため、とても強力なものだろうと分かるが、いざ生活魔法しか知らないシリカでは皆目見當もつかない魔法である。

紅葉並木を抜けると、家々が段々と広がってくる。

「どうしたんだろう?」

シリカが村の異変に気付く。

普段ならこの時間は各家が夕飯の支度をしているため、外に出ていることは基本的にない。

しかし今日に限って、多くの人たちが外で集まっていた。

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