《【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに~》10
「行くぞ、シリカ!」
エバンとシリカは抜剣し、駆け出す。
閉じていた片目を開く。開けていた目は松明の明るさにいまだ麻痺しているが、閉じた目はすぐに暗闇に順応する。
「お父さん、あの魔獣」
「ああ、眼の位置が低い。四足獣あたりだろう。シリカ、お前は右からだ!」
四足獣。近づいてそれがシルバーウルフだと分かった。
シルバーウルフの目の前でエバンとシリカは左右に分かれる。
獣の直観だろうか、シリカの方が仕留めやすいと判斷し、エバンに警戒する。その赤い眼はエバンを追う。
顔を向けられたエバンは盾役となり、シルバーウルフの攻撃を剣でけ流すことに徹底する。その間に意識から外れたシリカが仕留めるという算段だ。
逆の時はシリカが注意を引き付け、エバンが仕留める連攜だ。
魔獣の力は基本的にとても強く、大男でも押し負けてしまう種族も多く存在する。シルバーウルフのその強靭な腳力による瞬発的な力はかなりの脅威となる。合わせて強靭な顎に鋭い牙は一撃で獲を食い殺すことに特化している。
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「くっ!」
シルバーウルフのきは直線的なものが多い。一撃で獲を仕留めるため、緩急をつけたきで揺さぶる必要がないのだ。そのため、攻撃をけ流すことだけに専念すれば案外簡単にできるものである。
しかしそれは周りが明るく視覚が十分に確保されている場合において、という前提條件がある。暗闇の中、視覚が確保されず、素早いきで暗闇と同化するシルバーウルフを軽くいなすことは容易ではない。
狩りの前線に立ち経験富なエバンですら攻撃をけ止めるのが関の山だ。
十分に力をけ流せていないため、一撃一撃の重みが剣を持つ両手に負荷をかける。
「……これは早くシリカに決めてもらわないとな」
手にしびれが來たら最後。剣が弾き飛ばされ、次の瞬間にはの池に沈むことになる。
真っすぐ懐に潛り込んでくる攻撃には、握りと剣を両手でしっかり押さえ、真向からけ止める。手首への負荷はかなりのものだが、仕方がない。
防がれたシルバーウルフはすぐに下がり、今度はエバンを大きく飛び越え、後ろの木の幹で踏ん張り、後方上部からエバンを攻める。これは、エバンを飛び越え後ろの幹で踏ん張るといったごくわずかだが時間的余裕があるため、橫に躱す。
躱した際に浮き上がるをシルバーウルフは橫から飛び込んでくる。これには、躱すと同時に剣を大きく橫に振る。大振りであるため、隙が大きく生じてしまうが、上部から飛び込み、地面に著地したシルバーウルフには、地面で踏ん張るといったワンクッションが発生する。これにより大振りによる隙は相殺される。
苦戦しながらもこれまでの経験を活かし、うまくシルバーウルフを抑え込むエバン。
そのシルバーウルフの背を低く構えた勢で注視するシリカ。
これは、シルバーウルフの一撃一撃の間のわずかな直を狙い、その一瞬を斬る勢。
居合に近いものがあるが、刃の鋭さで斬る刀とは違い、ある程度の切れ味にそのものの重さを持って切り裂く剣ではきの大きさに違いがある。
「きは捉えた。あとは、一瞬を見誤らないことだけ」
シルバーウルフは何度かエバンの懐に潛り込んだが、うまくけ止められたため、再度エバンの後方へ飛び越える。
「……いま!」
シリカは足の裏で強く地面を蹴る。
木の上から地面にいるエバン目掛けて突っ込むシルバーウルフ。
駆け出したシリカはエバンの前に立ち、シルバーウルフと相対する。
シリカの剣はすでに上から振り下ろされている。
シルバーウルフはその剣のきが分かっているが、その強靭な腳は、地面をつかめず空を浮いている狀態。つまり逃げられないのだ。
この短絡的な直線的きを待っていたのだ。シルバーウルフは自らシリカの剣に飛び込むかのように、頭を両斷された。
勢いそのまま地面を転がるシルバーウルフ。返りを浴びるシリカとエバン。
二対一でもこれだけのやり取り。
エバンもシリカもこの一匹だけで息が上がる。
シリカは一瞬を逃さないという神的な疲労。エバンは、的疲労はもちろん、命のやり取りによるプレッシャーは神的にも堪えるところである。
「……シリカ、まだ序の口だぞ。もっと深くいけば群れや大群で押し寄せてくるぞ」
戦いが終わっても暗闇の中、休まることなく周囲を警戒する。
魔獣たちの狩場に自ら飛び込んでしまっているのだ。
「……ふん、ふん、ふーん」
からからと音を立て回る車に合わせて鼻歌を口ずさむエインズ。
その行く道を避けるかのように、魔獣のが數多く転がっている。
「こんなに出くわしているのに、魔法を使う個がいないってことは、魔獣は魔法が使えないってことなのか?」
魔法が使えるエインズは、魔獣をとても容易にやり過ごせた。
剣のような局所的な攻撃ではなく、広範な攻撃はもちろん、防に関しても周囲に巡らすことが可能だからだ。
魔獣の群れが集まってこようが、単で襲ってこようが、エインズにとってさして問題とならない。群れの方が、サンプルが多く取れるという意味では都合がいいとも言える。
エバンやシリカ、捜索隊が見たら絶が顔に浮かぶほどの狀況である。
「ん? あれは?」
木々をかわしながら進んでいくと、向こうの方に小屋が見えてきた。
魔獣たちが闊歩する森では異質である。魔獣に襲われた形跡もなく、木造の小屋(小屋といっても、人間一人くらいであれば十分に生活できる程の大きさはある)に明かりが點っている。
小屋の目の前までたどり著く。
エインズは魔法で周辺を照らす。
「魔獣の足跡がない。この小屋の周りにはそもそも魔獣が近寄っていないのか。晝ならともかく、夜の森の道中を考えると、これはおかしいな」
なにか、ある。
獨學ではあるが、シルベ村を襲った男の一人が言っていた『魔』を求め、魔法を極めんとするエインズは直観的に魔法とは異なる、いわゆる『魔』的な要素をその小屋からじ取った。
「今の僕の知識量じゃなにも分からない。でも、これは……」
タス村に來て、初めて心というか、魂が揺さぶられた。
「誰にも渡したくないなぁ」
初めての獨占。子供が駄々をこねてするおもちゃ。
エインズは何かしら魔的要素を含んだ小屋のドアを押し開けた。
「だ、だれだっ!」
中には男の子が三人いた。エインズと同じくらいの歳。
シリカと一緒に大樹に向かって、すれ違う際に罵った子たちだ。
「お、おまえは」
三人は互いの肩をくっつけながら心細く床に座っていた。
その真ん中の一人がエインズに気づく。
「いま、エバンさんたち捜索隊が君たちを探しに森まで來ているんだ。こうして合流も出來たし、今から戻ろうか」
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