《【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに~》19

馬車前方の者がのぞき窓からエインズ達に聲をかけた。

「もう間もなくキルクの関門に到著致します」

その後も魔法についてや魔について、そこから派生して世間話にまで話は膨らんだ。

特に食べについてはかなり盛り上がった。

エインズはこれまで森奧の小さな小屋で生活をしてきた。その時の食事は基本的に山菜や、川を泳ぐ川魚が基本である。調理方法も、焼く茹でる、煮るといった簡単な処理方法だけだったため、味の広がりや調味料なんかにもれてこなかった。

食事よりも魔だったエインズは、ライカの料理話には幾度と溢れ出る唾をのみ込みながら聞いていた。これなら料理についても研究すればよかった、と後悔するほどであった。

「二人とも、分証明書を出して」

ライカは両の手のひらをエインズとソフィアにそれぞれ差し出す。

「私の分証はこちらに。どうぞ」

ソフィアはに著けていたポーチから薄いカードを取り出し、ライカの手のひらに乗せる。

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分証? いや僕、持ってないんだけど。……まずい?」

「そうでした。エインズ様は分証を持ち合わせていません。ライカ様どうしたらよろしいでしょうか」

若干不安さを滲ませているエインズはライカの手に乗るソフィアの分証を興味深そうに眺めていた。

「そういえば、森の奧の方で住んでたんだっけ。なんかエインズだけ時代に取り殘されているみたいね」

「なにぶん田舎者なもので」

「エインズ様は田舎者ではありません! そして私も田舎剣士でもありません!」

「……ソフィア、コルベッリに言われてたあの『田舎者』って言葉、そんなに嫌だったの?」

「別にあんな無禮者の言葉なんぞ気にしていません!」

ふんす、と鼻息荒く答えるソフィアを橫目にエインズは、その言葉は真実味に欠けると胡散臭そうに見ていた。

「まあ、いいわ。盜賊と爭っていたときに、コルベッリの火槍で燃えてしまったことにしましょ。再発行はけっこう面倒くさいんだけど、狀況が狀況だったと報告すればいけると思うわ。それに、いい手土産もあるんだから」

「コルベッリ様様だなあ。というか、分証いるんだったらさ、ライカと出會わなかったらソフィアはどうしてたのさ」

ライカと出會ったことで、コルベッリと対峙することになった。そしてコルベッリを捕獲することが出來たため、分証の発行も容易にできるであろうとのことである。

仮にエインズとソフィアがライカに遭遇しなかった。もしくは、遭遇しても十分な手土産がなかった場合どうしていたのか、エインズは疑問に思った。

「それはもちろん、私が門番を説得していました! 今後もその時はお任せください!」

を張るソフィア。

エインズは、説得しようにも全然取りってもらえず、すぐに抜剣からの大暴れするソフィアを想像した。

エインズの中でソフィアはすでに緒不安定な剣以外なにも出來ない木偶の坊の印象で固まってしまっていた。

もしくはエインズの旅費を出してくれる財布か。

「となれば、そう説明してちょうだい」

ライカはのぞき窓から顔を見せていた者にそう伝えた。

「畏まりました」

者が門番と言葉をわす。

それからし経ち、場の許可が得られた。

商人などの他の馬車は場審査に時間がかかっていたが、この馬車においてはブランディ家の紋章もあったことから審査は短く終わった。

(本當に貴族様は何から何まで……)

これまで外界との関わりがなかったエインズでも貴族特有の特権というものは十分に見聞きし知っていた。

馬車かき出し、門をくぐる。

くぐる際に一瞬太が遮られ、車は薄暗くなる。再びが車に差し込む時には、良くも悪くも街の賑わい、喧騒がエインズの耳に飛び込んできた。

これまでは馬の足音と車の回る音が心地よいリズムで響いていたが、キルクの場ではそれもかき消されてしまっていた。

エインズは窓から外を覗く。

アインズ領と同じかそれ以上に綺麗に整備された地面。立ち並ぶ建は、橙に染まりつつある空を所々隠すように三層、四層にも上にびた構造をしていた。

まだ明かりを燈していないが、外燈も等間隔で並ぶ。

そして何よりエインズを驚かせたのが、その人の多さである。

「お、おぅ……」

エインズは圧倒された。コルベッリより遙かに圧倒された。

これまで靜かな森で過ごし、久々の外の世界であるアインズ領自治都市も街並みに驚きはしたが、キルクはまるで異世界に來たような衝撃だった。耳に流れてくる煩雑な音は數多の人間が話す無數の言葉によって構されている。

一つの塊としての音と為す程に聞き取れない言葉の量を耳にしたことのないエインズは軽く頭痛を起こすほどであった。

「とりあえずブランディ家の別邸に向かうわよ。お父様にも報告しなければならないし」

王都の喧騒に慣れているライカは何でもないように話し、エインズはいまだ慣れない耳でなんとかライカの言葉を聞き取り、頷き返す。ソフィアもエインズに倣って頷く。

人だかりをかき分けるように三人が乗った馬車、コルベッリを詰め込んだ馬車、騎士が乗っている馬車が連なって進む。

者がしきりにベルを鳴らして行きう人々に注意を呼び掛けながらゆっくり進み、賑わっていた所謂中心地を出ると、大きな邸宅が並ぶ靜かな住宅街にる。

管理が行き屆いている花壇や木々が整備された道の両端を映えさせる。

低層に作られた邸宅の上にはすでに月も出始めている空が広がる。

「到著致しました」

者の聲にライカは外を見る。

鉄格子の扉から侵した馬車は、屋敷の大きな口の前で停まっていた。

すでに口付近には數名のメイドが立ち、ブランディ家のお嬢様の帰りを待っていた。

「著いたようね。エインズもソフィアさんも私に付いてきて。お父様には私から説明するから」

ライカを先頭に馬車を降りる。

その後ろを追うようにエインズも馬車から降りた。

降りる際に、エインズは者から小聲で「ありがとう」と謝の言葉を言われた。先の戦闘によって主君ないし者自の命の危機でもあったのだ。ブランディ邸で主君の許可もなく大々的に聲を上げることは許されることではない。そのため、エインズに聞こえる程度の聲量で抑えていた。

エインズもそれには小さく頷くだけに留めた。

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