《【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに~》22
ダイニングに殘っているのは、カンザスとライカそしてリステの三人である。
エインズとの談笑で話疲れたのか、ライカはのんびりとティーカップを傾ける。
「先ほど、客間にったソフィア殿と話してきた」
家族の間に流れる優雅にも靜かな空気は、カンザスが口火を切ることで終息する。
「何か話したの?」
ライカの客に當主のカンザスがわざわざ話をしに向かったのだ。ライカを実質的に救ってくれたエインズではなく、ソフィアに。
その意図はなんだろうか、とライカはカップを一度テーブルに置く。
「ソフィア殿は銀雪騎士団の一員と聞く。ということはあのアインズ領自治都市にいたということだ」
「そうね。エインズもソフィアさんもそこから來たって言ってたわ」
「そのソフィア殿が先ほどの會話で言ったのだ。自分はエインズ殿の『従者』だと」
意味も分からず訝しむライカに、カンザスは苦笑しながら「邪推せずにはいられなかった」と額に手をやる。
「どういうこと? 実際ソフィアさんはエインズの従者然として振舞っていたわ」
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「何かしらソフィア殿がエインズ殿に敬意を表す出來事があったのだろう。だけどね、アインズ領自治都市、加えて銀雪騎士団に所屬する騎士にとって『仕える人間』は誰だと思う?」
カンザスはリステに目配せをして、紅茶を頼む。
リステもすぐに察し、ダイニングを後にする。
「騎士団なんだから、団長でしょ? もしくはアインズ領って言ってるんだから、そこの領主とか」
「そうだね。基本的にそう考える。ただ、あそこはかなり獨特でね。単純な主従関係ではないんだよ」
いまだに何を言いたいのか分からないライカ。
もちろんライカが理解できないのも當然である。アインズ領自治都市は謎多き土地なのである。基本的に外界の人間の立ちりを拒み、報を遮斷する。唯一アインズ領から出てきた報といえば、『原典』のみ。
その『原典』もなぜ公にしたのか、その意図は不明である。加えて、『原典』の原本というのは魔力毒である。読める人間などそういない。
その読めない寫本を謎多き、悠久の魔が副本にしたことで一般の魔法本として広まり、生活水準の上昇に繋がったのだ。
謎多き地から出た唯一の謎報。その謎報を開示した人もまた魔と稱された謎多き人。
どこにおいてもその実態を摑むことは難しいのである。サンティア王國の中樞に関わる人間以外は。
「銀雪騎士団の騎士が仕える人間は、その団長ではない。騎士団長は組織をまとめ上げるだけの役職であって、それ以上ではないんだよ」
「ということは、領主様?」
「そう、領主。いわばアインズ領、アインズという人が領主と推測されるね」
リステに頼んでいた紅茶がカンザスの目の前に置かれる。ミルクも砂糖もれずストレートで風味を楽しむカンザス。
90度近いお湯で淹れられた紅茶は、湯気と一緒にその香気を上方に飛ばす。
鼻を通る芳醇な香りは、そのまま脳まで屆いてカンザスに安らぎを與える。
「さて、ライカ。アインズという名だけど、思い當たる人はいるかい?」
「……魔神『銀雪のアインズ』」
「そう。銀雪の魔師の名だ」
アインズが消息不明なことは広く知れ渡っている。何しろ、隨分と昔の名である。死んでいると考えるのが普通だ。
「つまり、領主がいない」
「そうだね。王國の法で厳に表現するならば、統治されていない無法都市なんだよ」
カンザスは紅茶で一度を潤わせて続ける。
「ただ、『原典』の存在とそれによる文明技、騎士団によって統制が取れていることから、王國への貢獻度も加味して、自治都市として承認しているに過ぎないんだ」
そもそも存在しない人を領主に定めるなんて有り得ないからね、とカンザスは結ぶ。
「そんな背景にあるソフィアさんが『従者』という言葉を使った……」
その言葉の表現に違和を持ったライカ。
なるほど、お父様が考えを巡らせるのも無理はないとライカも思った。
「だから私はソフィア殿の客間に行った。明確な答えまではもらわなかったけれど、なくとも、今後の私とライカの進むべき道はそれを聞いて判斷しなければならないと思ったからね」
當代のブランディ侯爵家當主カンザス。
その政治的判斷能力や狀況判斷能力はやはり長けたものである。
「とりあえずは明日だ。謁の場だから、そんなに大きな問題も起きないだろうが、後にセッティングされる謁見への回しくらいはしておきたい」
カンザスはゆったりとカップを傾け、紅茶を楽しむ。
ライカも合わせてカップを手に持つが、すでにその中は冷めきってしまっていた。
〇
「エインズ様おはようございます。朝食のお時間となりましたのでお呼びいたしました」
ドアをノックされる音がしてエインズは目が覚める。
ベッドの上で上半をばす。質の良い寢で寢たので、に一切の疲れがない。それ以上に、これまでの幾分かの疲れも風呂と寢で取れているようにじられた。
「いま出るよ」
ベッド橫にある椅子の背もたれにかけてあるジャケットに目をやるが、別に羽織る必要もないだろうと、左袖にインク染みをつけた襟のついたシャツの恰好でドアを開ける。
「おはよう」
「おはようございます。ダイニングまでご案致します」
會釈したメイドは、昨日客間まで案してくれた人と同じだった。
前を歩くメイドに「ソフィアは?」と尋ねると、「すでにお待ちになっておられます」と答えた。
さすがは騎士なだけある。環境が変わっても自らの生活時間は変えていないのだろう。
「僕も早寢早起きをしてみようかな」
エインズは心にもないことを言う。
次の瞬間には本人も忘れているであろう、まったく本気度も窺えない言葉。
前方のメイドは靜かに歩くだけで、エインズの言葉に何の反応も示さない。
エインズがライカの客であるため失禮のないような対応なのだろうが、獨り言のようになってしまったエインズはし寂しい気持ちとなった。
「足元にお気を付けください」
メイドの言葉に前方へ意識を向けると、エントランスの大きな階段が目の前にある。
上からエントランスを見下ろす壯観さたるや、とエインズは唸る。
義足ながらも用に階段を下りるエインズ。
橫目でエインズを注意していたメイドもその姿に安心して、歩む速度を落とさずに前を進む。
階段を降り切ってダイニングにると、ソフィアはもちろん、すでにカンザスやライカも著席していた。
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