ソフィアは今すぐに男五人に斬りかかろうとするが、普段あるはずの剣が今は腰にない。

腰のあたりで宙をさまようソフィアの右手。その目は男たちを殺さんばかりだ。

「ソフィア、だめだよ剣も持たずに一人で行ったら」

そこに到著したエインズ。

「はっ、姉ちゃんの仲間か。なんとも……、足手まといのようだな」

見定めるようにエインズの足から頭まで見やる男と、肩をすくめながら靜かに立っているエインズ。

「この、どうする？　けっこうな上玉だぜ？　……攫うか？」

ペンダントを握り持つ男がソフィアに下卑た目を向ける。

「いや、今はそれよりペンダントが先だ。兄貴のところに戻るぞ。姉ちゃんもそこの足手まといな助っ人に免じて今は見逃してやる。さっさとここから去るこったな！」

男はそう言い終えると、気配を殺し目を伏せているスラムの住人を蔑視しながら仲間を連れて歩き去っていった。

「いいのですか、エインズ様！？」

エインズは何もせず、男たちが去っていく方向をぼうっと眺めていた。

ソフィアの方は今すぐにでも男たちを追いかけようと考えていたが、橫のエインズがこうとしない。そのためソフィアはかずじっと男たちの背中を睨みつけていた。

「なにが？」

きょとんとした様子で返答するエインズ。

「あの男たちです。あんな橫暴、私は許せません」

「そうだね、たしかに暴だったね……」

うんうんと頷くエインズ。

「……そ、それだけでしょうか……？」

頷くだけで何もこうとしないエインズにソフィアは肩かしを食らう。

「他になにかあるの？」

「このは助けないのですか？」

ソフィアが目を向ける先には、先程まで袋叩きにあっていた。その顔は口の端が切れており、り傷も多々見られ、赤く汚れている。著ている服はそもそもが末なものだが、汚れに加えて破れている箇所も多くある。

「かわいそうだけど、……もしかしてソフィア、そのの子を助けるの？」

まさか？　と疑うような目でエインズはソフィアを見る。

「は、はい。というよりもエインズ様ならそうなさると思いましたが……」

ソフィアの言葉はすぼみに小さくなっていく。

「まさか！？　そんなことしないよ、無駄でしょ」

「……へ？」

エインズの返しに思わず聲がれるソフィア。

「ソフィア、その子をなぜ救うの？」

まさかの質問を聞かれるソフィア。

「なぜ、とは。目の前で理不盡な目に合わされているのは見過ごせません！」

「正義の強いソフィアらしい。ならなぜその子だけなの？　周りにも似た境遇の人間は多くいるよ？　今回はソフィアの目の前で理不盡な目に會っていないけれども、別の所で會うかもしれないし、會っていたかもしれない。どうして彼らは助けず、その子は助ける？」

「そ、それは……」

答えに詰まるソフィアを數秒見つめ、それから小さく息を吐くエインズ。

「……たしかに、目の前でぼろぼろのを見過ごして帰るのは寢覚めが悪い」

エインズは指環のアイテムボックスを展開し、その中からポーションを取り出す。

瓶の口を開け、に汚れたの顔を持ち上げて口から流し込む。

は一度むせたようにせき込むが、その後のみ込んでいく。

それから間もなくして怪我がきれいさっぱりなくなったは目を開ける。

「た、助かりました。……ありがとうございます」

瓶を持ってを見つめるエインズに、座ったまま小さくお禮を言う。

「それじゃ、行こうかソフィア」

「……は、はい」

ソフィアは心にとげが刺さっているような、もやもやと消化不十分な覚を覚えた。

「ま、待ってください！」

は背を向け歩き始めたエインズを呼び止める。

「うん？　どうしたの？」

に向き直るエインズの心は読み取れない。

「ど、どうか先ほどのペンダント、取りかえしてはもらえないでしょうか？　そ、それか、衛兵にお願いをしていただけたら……。わたしだと、わたしの分だと、だめ、ですから」

暗く沈んだ顔で話す。

そんなを悲しそうな表で見つめるソフィア。一瞬エインズの顔を伺った後、に尋ねる。

「……あのペンダントはあなたの何なのですか？　どうしてあなたから奪おうとしたのでしょうか？」

なりから判斷するに、そのが持っていたペンダントに高値がつくほどの価値はないだろう。ソフィアはに尋ねる。

「あれは、お母さんのたった一つの形見なの。それをあの恐い人たちは、『セイイブツ』とか言ってわたしから……」

の言葉にソフィアは一瞬目を見開いて驚いたあと、「……そうですか」と小さく頷いた。

「ほらね、ソフィア。これだよ」

そんな二人を置き去りにエインズは呆れた様子で話し始める。

「僕がなぜその子を助けなかったのか。これだよソフィア、分かる？」

「……い、いえ」

「他人に助けを求めるばかり。助けてもらったことはお禮を言っただけで済ませ、それからさらに助けを求める。自分は何もしようとしないのにさ」

「え？」

まさかそんな言葉をかけられるとは思わず、はエインズの言葉に驚いた。

「きみ、どうして自分で取り返そうとしないの？」

「わ、わたしには……」

持たざる者ゆえの自信の無さがから滲み出ていた。

「無理かい？　ならどうして自分には無理な事を他人に任せるの？　きみがけたように僕たちも彼らから暴力をけるかもしれないのに。しかもその理由はきみのお願いを聞いたがために、だ」

「……」

エインズの言葉には黙ってしまう。

しかしの言葉にそんな無責任な気持ちがあったわけではないし、意図して話した言葉でもない。無意識に、あわよくば、助けを求めた。それだけだ。

「……僕らなら彼らから無傷できみのペンダントを取り返すことも容易いと思うよ」

「でで、でしたら」

焦ったように回るの口。

そこでエインズはから目を外し、ソフィアに顔を向けた。

「それでその後、この子はどうなると思う？」

「……エインズ様を謝なさると思います」

エインズはソフィアの言葉に首を橫に振る。

「そういうことじゃない。救われたはその後も無事だと思う？　他人に助けられるだけで自分はそこから一歩もいていないこの子が、だ」