《【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに~》10

シアラの元に赤黒い炎が生まれる。それは徐々に大きくなり、右腕そして右手の先まで纏っていく。

「敵ながら助言するとね。……覚悟しなよ、君らが今相対しているのはさっきまでの名も知らぬ搾取されるだけのじゃない。黒炎の魔師シアラという一人の魔師のだ」

シアラの右手から放たれる黒炎は彼の思いのままに迸る。建を飲み込み、燃やし盡くす。

タリッジを含め男たちは全員炎を避けながら、やり過ごす。

黒炎が収まるころには建は跡形もなく消え去り、商業區の広い通りに彼らは立っていた。

「……仕方がないから僕が君の相手をしてあげるよ」

エインズはタリッジに顔を向けてそう呼びかけ、シアラから離れる。

タリッジも靜かにエインズに付いていく。

エインズとシアラの二手に分かれる中、ソフィアはどちらに同行しようか決めあぐねていた。

本來であればエインズの元へ向かう判斷に躊躇しないのだが、先ほどのエインズとシアラの『問答』を見てシアラの心のきに不安を抱いたのだ。

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という大きな力を得たシアラ、その発現するその魔の禍々しさにソフィアはエインズの奇跡の右腕とは違う不気味さを抱いていたのだ。

加えて、およそが抱くに適さない強烈な殺意という。シアラに降りかかる害その大小問わない全てを排除しようとする強い意志、憎悪はシアラを自暴自棄にさせているのではないかとソフィアはじたのだ。

「(せっかくエインズ様が救って下さったんです。こんなところで死んでほしくはありませんが……)」

そんなソフィアにエインズは歩きながら聲をかける。

「ソフィア。シアラを死なせたくないなら彼のもとにいたらいい。そして難しいとは思うけど、母親のペンダントがシアラの手に渡らないように立ち回らないといけないよ」

「えっ?」

ソフィアは思わず驚きの聲を上げるが、その後をエインズが続けることはなかった。

「(シアラがここに來たのはペンダントを取り返すため。それはエインズ様も知っていたはずです。ですが、今のエインズ様の発言はそれに反するもの。どういうことなのでしょうか)」

エインズの言葉にさっぱり理解することが出來ないソフィアだが、エインズが意味もないことを言うとは思えない。そこにはきっと何か理由があるはずだとソフィアは納得する。

ソフィアはエインズに背を向けて、シアラの元へ向かった。

「シアラ、相手の數が多いので無理はしてはいけません。私も先ほど建の中で拾った剣があります。分擔しましょう」

ソフィアはシアラのその小さな背中に聲をかける。

「……いらない。あいつらは全部わたしがやる」

対するシアラはソフィアの協力を拒絶する。

シアラがじっと見つめるその先には兇悪そうな面構えに武を手にした男が十人以上いる。その中にはもちろん、形見のペンダントを手にしている男もいる。

男たちは先ほどシアラが発現させた黒炎魔に警戒しながら囲むように散開し始める。

そんな連攜を見せ始める敵に警戒するソフィア。まだ完全にシアラの魔を理解していないソフィアにとって、敵に包囲されることがどれだけの脅威となるか危懼の念を抱かざるを得ない。

男たちは口を開くことなく、目配りだけでコミュニケーションを図る。

シアラの左方から一人の男が飛び出す。

れの行き屆いていないその剣は刃が死んでおり、もはや棒として打撃する武り代わってしまっていた。

それでも強度のある剣を大の大人が振りかぶって打てば、の骨など簡単に砕くことも可能。急所にれば死に至るほどの殺傷力すら有する。

男たちも伊達に王都で悪黨として生き殘っていない。本來、人にも満たないを嬲るとなると無意識に引け目をじたり加減を加えてしまうものだ。しかし男たちにそんな甘い考えはない。甘い考えを持っている人間から真っ先に死んでいく、それが悪黨の世界である。

剣を振りかぶる男の目は、シアラを一人の敵として捉え純粋な殺意が込められている。

男の武がシアラに屆く間合いまで近づいた時、シアラの元で燈っている黒い炎が不気味に揺らめき、男とシアラの間に壁を作るように薄く広がる。

「剣に火が纏わりつこうが、そのど頭かち割って綺麗にあの世へ送ってやるぜ!」

男はシアラの黒炎が炎系統の魔法だと推測する。建を燃やし盡くした強力なものでも、剣が燃え盡きるまでには幾ばくかの時間がかかる。その間にそのらかい脳髄を叩き潰せばそれで終わる。

男はそのまま剣を力任せに振り下ろす。

「……へ?」

男の手に何のもなかった。手応えもなく、ただ空を切ったような気持ち悪さだけが男の手に殘る。

薄くびた黒炎の壁が消える。

男の持っていた剣はその刀が消え失せていた。黒炎の壁にれた瞬間に燃やし盡くしたのだ。

「な、なんだよ、それ……。その炎は!」

すぐに男はシアラから距離を取るように飛び下がる。

「絶対ににがすもんか!」

シアラの魔『黒炎の意志』の源はシアラに降りかかる害悪の排除。それが『炎』のような姿をして発現しているだけである。炎ではないのだ。

男が振りかぶった出來損ないの剣はまさにシアラに振りかぶった害悪そのもの。シアラの魔がそれを排除しないわけがない。一瞬で消し飛ばす。灰も殘さず。

壁をしていた黒炎が今度は、飛び退いた男の右腕目掛けて手のようにびていき、巻き付く。

「くっそ、なんだこれ! 離れねえ!」

巻き付いた手はそのまま男の右腕を包みこみ、燃やし始める。

シアラに振りかぶられた剣の刀は害悪そのもの。であるならば、その害悪を振りかぶった男の右腕もシアラにとっては害悪と認識される。

害悪を排除することがシアラの魔源、意志である。

男が必死に左手で炎を振り払おうとするが、消えることはない。質の悪い脂が焦げる臭いを撒き散らしながら、そのと骨を燃やす。

男を襲うのは右腕を燃やす激痛だけでは済まない。

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