れる呼吸にうまく言葉を発せられない男。

もはや命乞いはしない。そこまでの高みはしない。

だからせめてもの慈悲で、苦しみがないように一瞬で殺してくれと、自分の二回り以上も年若いに懇願する。

「お前らは、わたしのお願いを聞きいれたか！」

男の心臓を鷲摑みしていた恐怖という名の手に力が籠められる。

鷲摑みしていた手が形を変え、心臓を包み込む黒い炎になる。

男のを循環する、その溫度が急激に高まっていく。

「あ、あああぁあぁぁああ！！」

シアラの黒炎は心臓を包み、そこを経由して環るを煮え滾らせる。

男は首元を掻きむしり、元を掻きむしり、全を搔きむしる。

の側が燃えるように熱い。だが、掻きむしっても側に男の手は屆かない。

男のに爪が食い込み、が滲む。

が見え、が垂れるが気にする様子もなく全を掻きむしる。

死に際、きがより一層激しくなったがすぐにぴたりと止まった。男はその場で力なく仰向けに倒れ、それ以降くことはなかった。

目からはの涙を流し、全から微かに蒸気を出していた。

最後に殘るはシアラの母親の形見であるペンダントをもった男。

だが、その男ももはや戦意はまったくない。

もはや生きながら死を待つだけのただの死人と化している。

は初めて歩を進め、男に近づいた。

呆然としていた男だったが、シアラが近づいてきたことに気づき、後退ろうとするが、腳がかない。重心だけが後ろにき、そのまま力なく餅をつく。

男へ徐々に近づいていくシアラにソフィアもはっと我に返る。

エインズの言葉を思い出した。

シアラを死なせたくないのであれば、彼の手にペンダントが渡ってはいけない。

なぜかは分からない。だが、主君が言っていたのだから、そうしてはいけない。

ソフィアはシアラのもとへ駆けていく。

男はペンダントを上に掲げ、祈るようにを振るわせながらこまる。

シアラの眼にはもはや彼が大切にしていたペンダントしかない。ペンダントを手にしている男の存在が視界に映るだけで不愉快さを覚える。

黒炎が風のようにぶわっと男を吹き去る。

一瞬にして男は炭化し、ただの真っ黒なペンダントの置とり果てた。

シアラは顔を若干弛緩させながらペンダントに手をばす。

「シアラ！　いけません！　そのペンダントを摑むのはお待ちなさい！」

ソフィアはシアラの肩に手を置き、必死に聲をかける。

「ソフィアさん？　どうしてそんなことを言うの？　今になっていまさら」

「それは……」

エインズの言葉を完全に理解していないソフィアにはシアラを説得できるほどの言葉が思いつかなかった。

「わたしはこれを奪い戻すためにここに來たんだ。エインズさんやソフィアさんには謝している。ここまでわたしに協力してくれて」

シアラは肩に乗るソフィアの手を払い除けると続ける。

「だけど、ここにきてソフィアさんはわたしの邪魔をするの？　わたしの、敵、なの？」

シアラがソフィアに向き直り、そのい雙眼でソフィアを見つめる。

瞬間、ソフィアは死をじる。

まだシアラの元に黒炎は燈っていない。

だが、それもソフィアの言葉一つ、行一つで変わる。場合によっては炭化した男の次に黒炎に包まれるのはソフィアかもしれない。

「勝手ではありますが、私はシアラには死んでほしくありません」

「どういうこと？　わたしは死なないよ。敵だったやつらは全部燃やし盡くした。わたしのものを奪うやつはもういなくなったんだよ？」

「そういうことではありません」

「仮に、これからわたしの敵が出てきたらさっきと変わらず燃やし盡くすだけ。だからわたしは死なない。この黒炎がある限り」

ソフィアも理解している。シアラの言うように、これだけ一方的で強大な力を手にれたシアラであればこの先シアラに敵対する者が現れようと、相手がシアラと同等の者でなければ負けることは、死ぬことはないことを。

「ですが、エインズ様が仰っていました。殘念ながらあの方の真意は、私には十全に理解できません。ですがシアラ、きっとそれをあなたが手にしたならばもう戻れません。死にますよ」

「エインズさんが？　でもエインズさんは言ってくれたわ。全ての覚悟を話した上で、最(・)後(・)までついていく、って」

シアラのペンダントにばしていた手が再度きだす。

それには思わずソフィアも腰に差している剣に手をかける。

「……ソフィアさん、その先はわたしもやりたくない」

シアラの元には黒炎が燈っている。

あとはソフィアを害悪と認識するだけで標的に設定される。

「シアラ、どうしてもだめですか？　せっかく救えた命です。あなたにはまだ先の人生が十分にあります」

ソフィアの真剣な言葉にシアラは思わず笑ってしまう。

「ソフィアさん。どうしてわたしが死ぬの？　わたしは死なない。わたしを死に導こうとする害悪はわたし自が燃やしつくすわ」

そして、剣に手をかけたままけないソフィアを橫目にシアラは真っ黒な置からペンダントをその手に取りながら続ける。

「もし、お母さんのペンダントを取り戻して死んでもそれは——、」

シアラのその後の言葉は続かなかった。

シアラはエインズの力を借りて、魔を使用できるようになった。そしてそれによってシアラは、これまで以上に敏に魔力をじることができるようになった。

聖とは、それ自で魔力を生み出すものである。

ペンダントを手にした右手からシアラはその濃厚な魔力をじ取れた。いや、シアラの中にその報が流れてきた。

「……ああ、おかあさ——」

一筋の涙がシアラの目から流れ落ち、顎先からその雫が落ちそうになるその瞬間、シアラの目の前の世界が非現実に切り替わる。

落ちるはずの雫が落ちずに固まる。

周りの音は完全に消え、橫にいるソフィアも完全にきを止める。息もしていない。

シアラには憶えがある。この覚は初めてではない。

宙が、空間が異次元から切り裂かれ、真っ黒な口が現れる。

そこから現れるのは半明な右腕。

『世界の理にれし者よ。制約に反せし者よ。汝の裁定は為された』

半明な右腕はゆっくりとシアラにびていく。

シアラは不気味さをじながらもはかない。

燈っていたはずの黒炎はいつの間にか消えている。

右腕はシアラを握りこむように包み、そして何かを引き抜くようにしてシアラをけて真っ黒な切り口に戻っていく。

シアラにも覚はあった。シアラの絶対的ななにかが引き抜かれた覚が。

右腕は完全に切り口に戻っていき、その口を締め、宙から消える。

そして、時は再びき出す。

シアラだけを殘して。