「……シアラ？」

言葉が途中で終わったシアラに、すぐに異変をじ取るソフィア。

「シアラ！？　どうしました！？」

強く呼びかけても返答もしないシアラの元には黒炎が燈っていなかった。

ソフィアはシアラの両肩を摑んで揺さぶるが、その力で膝が折れ、首が垂れ落ち、いは力なく地に落ちる。

「……まさか、エインズ様の言うように……」

死んでしまったのだろうか。

震える聲で紡いでいたソフィアの言葉は最後まで続かなかった。

ゆっくりとソフィアは小さく軽いのシアラを橫にして瞼を閉じる。

息はなく、脈はなく、鼓はない。

それはまるで苦痛なく眠っていた。

「……どうして」

エインズが危懼していたこととは言え、ソフィアには理解できなかった。

シアラは敵の攻撃を一つもけておらず、魔を発現させている最中も平然とした様子で使用していた。

原因は間違いなくエインズの言っていたように、ペンダントを手にした時だ。

それは一瞬だった。シアラがペンダントを手にしたその一瞬で、ソフィアが認識できなかった何かがシアラに起きたのだ。

気づけばシアラは外傷もなくその心臓のきを止めていた。

「ごめんごめん、遅くなったよ」

悲嘆に暮れていたソフィアのもとに、エインズがやってきた。

その聲はどちらかといえば喜で、足取りも軽やかなものだった。

「……エインズ様、シアラが……」

ソフィアは目を伏せながらエインズに靜かに橫たわるシアラの様子を見せる。

穏やかに眠るシアラを見つめるは、エインズの碧眼と白濁とした瞳。

エインズはシアラの右手に収まっているペンダントに目が留まる。

「そうか。手にしてしまったんだね」

「申し訳ございません。エインズ様に事前にお教えいただいていたのに、この様です」

何をすればいいのか、どんな行を取ればシアラの死を防げたのか、前もってソフィアはエインズから教わっていた。しかし、事は起きてしまった。

ソフィアは悔やんでも悔やみきれない。

そんなソフィアに言葉を投げることなく、エインズはいまだ微かに溫もりが殘るシアラの右手を開き、その中からそっとペンダントを手に取る。

そのお世辭でも高価とは言えない安価なペンダントを眺めながらエインズは口を開く。

「いや、これは仕方ないよ。早かれ遅かれシアラはここに行き著いていた」

「どういうことなのでしょうか、エインズ様？　シアラはどうして……」

いまだ橫たわるシアラから目を離せずにいるソフィア。

「シアラは課されていた『制約』に違反したのさ。世界の理に干渉しそれを歪ませるを持つ魔師が唯一絶対に守らなければならない理——、『制約』をシアラは侵した」

強大な力を有する魔師が何の制限もなくその力を行使することは出來ない。

そこには制約が課されており、それに違反した魔師の行き著く先は死である。

それはリートが魔師に至った時に、ソフィアはエインズから聞いていた。

ソフィアの目の前で起きた、シアラが一瞬で死に至った事象、その理由が制約違反にあるとエインズは語った。

「ではエインズ様はシアラの制約を知っていて、そしてシアラがあのペンダントを手にした時に、制約違反になると分かっていたのですか？」

「いいや、はっきりと分かっていたかと言えばそうではないね。ただ、黒い炎をる魔に至った人間は、シアラが初めてではないんだよ」

「え？」

思わずソフィアは聞き返す。

エインズの右腕もそうだが、あれほど強大な力を持つ魔が固有的なものではないことに驚きを隠せなかったのだ。

「魔の源は、その者の真なる。これまでもそうだったけど、黒い炎を発現させる者のはなべて殘酷なものだった」

エインズはペンダントを手にしながら立ち上がり続ける。

「そしてそれに反するように課される制約というのは、黒い炎をる魔師には厳しいもののようでね、『黒炎の魔師』はみな短命だったね」

だから経験則でシアラに課された制約がなんとなく予想できた、とエインズは結んだ。

（元で燈る炎。なおかつ黒。それだけでその源が何なのか、分かりやすいくらいに想像できる。だからそれに課される制約も）

いまだその場から立ち上がろうとしないソフィアにエインズは落ち著いた聲で聲をかける。

「せめて今だけでも、ソフィアだけは、シアラの死を惜しんであげてほしい」

「埋葬をしてあげたいのですが……」

「……必要ない」

エインズは軽く首を橫に振り、ソフィアの頼みを撥ねる。

靜かに眠るシアラのから、煌めく鱗のようなが次第に発せられた。

「エインズ様、これは？」

まるで初めての現象にソフィアは瞠目する。

「制約違反で死に至った魔師は、世界の理を捻じ曲げた魔師は、その死を嘆いてもらうことも許されない。亡骸は殘らず、その死は世界に迎合するように都合よく改変される」

シアラの周囲を揺うの鱗、そんな幻想的な景をエインズは見慣れた様子で眺める。

無風の商業區。その中の、エインズらが立つ一帯にが散らばる。

その鱗の増加に反比例するようにシアラのが徐々に空間に溶けていく。

ソフィアは無意識に宙に浮かぶを手でかき集める。しかしそれはソフィアの手をすり抜け、その場でじっと揺う。そのどれもがシアラのが発せられ、どれ一つとしていに戻っていくものはない。

「シアラがの欠片として散らばり、そのが空間に溶け切った頃には改変は完了される。そうなれば理に生きる生者は嘆くことも出來なくなる」

すでに太は沈み、夜の帳が下りた一帯に街燈が燈る。しかし街燈のよりも揺うの方が眩い。

街燈の明りよりも溫かみのあるその鱗は、夜の星空よりも多く、無數にそのを燃やす。

それらはエインズらの背丈では屆かない高さまで舞い、その燭らは彼らを包み込む。

靜かに驚いていたソフィアもこの事象を飲み込み、黙してシアラの死を惜しむ。

その橫でエインズはソフィアに聞こえない程の聲量で呟く。

「……助力が必要だったとはいえ、魔師に至ったこと。シアラの魔は確かに君に関わる世界に干渉し、その理を捻じ曲げた。そこに同じ魔師である僕も敬意を示そう」