《【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに~》17

リーザロッテの細い指がステムに添えられ、ワインを空気にれさせるようにボウルの中で回す。

朝から飲むということもあり、軽い口當たりの赤をリーザロッテは指定している。

渋みも酸味も軽いワインを、リーザロッテは味を楽しむというよりかは、口の中に殘るの重みをリセットするために、洗い流すように口に含む。

「どうしてリーザロッテ様がブランディ侯爵のきについて? ですが、関係あるのかわかりませんが、本日晝過ぎにブランディ侯爵が登城されます」

容は?」

「聖の獻上、とだけ耳にしています」

なるほど、とリーザロッテはこの朝からの騒についてある程度理解した。

カンザスがこの件でくということは、間違いなく魔師であるエインズが絡んでいる。加えて、黒い炎と聖という質。これが意味するところは、

「もうその黒い炎をる魔師はこの世にいないであろうな。騒ぐだけ無駄よ」

口に含んだワインが、中に殘っていたの油を分解する。

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「この件で國王陛下がリーザロッテ様にお尋ねしたいことがあるみたいでして」

「……また妾に出向けと言うのか、ヴァーツラフは。これは一度、しっかりと躾し直さねばならんか?」

「……」

ミレイネは何も言うことが出來ない。リーザロッテに同意するということは、サンティア王國のトップである國王を蔑ろにすることを意味する。逆にリーザロッテの言葉を否定しようものなら、その程度のことで彼は一線を超えるような事はしないものの、ミレイネにかける嫌がらせの頻度はさらに増すであろう。

「ヴァーツラフをここへ呼べ、ミレイネ。ハーラルも同行させるとよい」

何も言わず靜かに直立しているミレイネに、リーザロッテはぶっきらぼうに指示を投げる。

そこに、廊下と繋がる扉がノックされる。

るぞ」

リーザロッテの返事を待たずして扉が開けられる。

ミレイネはすぐに扉の方を警戒する。ノックしたとしても、こちらの——、リーザロッテの了解を待たなければ開けてはいけない。

それを無禮にも開ける輩である。

「誰ですか! ここがリーザロッテ様のお部屋と知ってのことか!」

やや殺気を出しながら語気を強めるミレイネだが、ってきた人を見て一瞬で顔を青くした。

「いや、すまないすまない。だがリーザロッテであれば、余に自らこちらへ出向けと言うと思ったからの」

現れたのは、老いながらもその眼力の鋭さはいまだ健在、見る者に畏怖の念を抱かせる人——、ヴァーツラフ國王。

「へ、陛下! 申し訳ございません! 私、陛下とは知らず、このような——」

ヴァーツラフは、手でミレイネを制し、落ち著かせる。

「よい。そなたはそなたの職務を全うしただけじゃ。むしろその対応の速さは稱賛に値する」

「も、もったいなきお言葉にございます!」

そうミレイネは深くお辭儀を一度して、リーザロッテの橫に控える。

「ほう、ヴァーツラフ。妾が言う前に自らこちらに來るとは殊勝な心がけだな」

ヴァーツラフは適當に、リーザロッテに向かい合うようにして椅子に座る。

「余も、そなたの小言を朝から聞きたくはないからな。自然といた。何か魔でも使ったかリーザロッテ?」

ヴァーツラフの軽口を鼻で笑い、パンに手を付けるリーザロッテ。

「っ!? お、はようございます、リーザロッテ様」

ヴァーツラフの後ろからってきたハーラルは、リーザロッテのネグリジェ姿に狼狽してしまう。

黙っていれば絶世のであるリーザロッテの妖艶なネグリジェ姿は、年頃の青年であるハーラルには目に毒である。

「ほほう、どうしたハーラル? 顔が赤らんでおるぞ?」

「い、いえ僕はっ」

リーザロッテは、ミレイネをいじめるときのような、ニヤリと笑みを浮かばせながらし前傾姿勢になる。

それにより髪の一束が肩口から垂れ落ちる。

一束が垂れ落ち、薄いネグリジェにかかる小さな音がハーラルの耳を刺激し、清らかな青年の耳まで紅させる。

「ハーラル。そなたもに興味が出てきだした年頃か? 初めてが妾では後が大変だぞ?」

爽やかな朝には場違いなっぽい聲で囁くリーザロッテ。

「……リーザロッテ、冗談はよしてくれ。そなたのような年増の魔に余の息子はやれん」

ヴァーツラフは肩をすくめながら、の良い舌でらせるリーザロッテを見やる。

「おい、ヴァーツラフ。お前、殺されたいか?」

「おお、怖い怖い。更年期を何周も過ぎたは怖くてたまらん」

「ふんっ、お前も本當に言うようになったな。それに怖いもの知らずにもなった。頼もしい限りだな、まったく」

ふう、とリーザロッテは一息ついてからミレイネに目配りをする。

ヴァーツラフの前にワイングラスを置こうとするが、手で制され、代わりにグラスと水差しを置く。ハーラルにも同様にグラスと水差しを置くと、再びリーザロッテの後ろで靜かに控える。

「朝からの騒の件は先ほどミレイネから聞いた。何が聞きたい?」

リーザロッテはパンを一口サイズにちぎり、バターを薄く塗って口に放り込む。

「目撃された黒い炎というのは、やはり魔法ではなく魔なのか?」

「ほぼ間違いなく、な」

あっさりとリーザロッテから返され、思案するヴァーツラフ。

しかしリーザロッテは理解している。すでにヴァーツラフが思案する必要はないことを。

「安心するがよい。すでに黒い炎を使う魔師はこの世におらん。新たな魔師が生まれない限り二度と起きんよ」

「なぜ分かるのですか、リーザロッテ様」

ハーラルは水差しからグラスに水を注ごうとして手を止める。

「ヴァーツラフ、……妾はハーラルにもし教えたか? 魔師には必ず『制約』がある。そして黒い炎、『黒炎』の魔は昔から有名でな」

細かな差異はあれどその制約も有名だ、とリーザロッテは遠い目をして語る。

「黒炎の魔。これは魔の中でもとりわけ人間味の強い魔だ。數多く見てきたし、數多く死んでいった」

「今回のも『制約』にれた、と言いたいのか?」

ヴァーツラフの真剣な問いかけに、リーザロッテは頷くと、ミレイネを部屋から外させた後、彼の推測を説明し始める。

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