ルベルメルのを走る黒蛇が式などと、聞いてもあまり頭にってこないダリアス。

「別に式詠唱が全てではございません。に描くのは私以外聞いたことはありませんが、文字や模様として式を描くことは珍しいことではありません」

に描いているのはルベルメル以外には考えられないだろう。なにせ自を一つの式とするのだから、生涯扱える魔法は式で描かれたものしかないのだ。

一種類の魔法しか扱えない魔法士など致命的に過ぎる。誰が好んでに描くだろうか。

「私のこの黒線——、式痕ですが、とあるお方に彫っていただいたのです」

「そのとあるお方というのが？」

「ええ。我ら、次代の明星のトップでございますね」

なるほど、とダリアスは思った。

ルベルメルの、その『お方』への忠誠は絶大なものだと理解した。でなければ、扱える魔法が一種類に限定されてしまう式の刻印など誰が許すだろうか。

加えて、ルベルメルの言うようにかなりクセのある魔法である。だがそれでもキリシヤの従者であるセイデルを容易く下せるだけの魔法、その魔法知識をその『お方』は持っているということである。

「なるほどな。王家が頭を悩ませるのも無理はない、か」

「ですが、我らとて頭を悩ませています。王家には悠久の魔がついているのですから」

銀雪の魔師、魔神アインズ＝シルバータに次ぐ実力の持ち主。當代隨一の魔師と稱される悠久の魔。

先ほどまで魔の正を知らなかったダリアスだが、書庫での戦闘においてリーザロッテが悠久の魔その人であることを知った。

次代の明星と王家の単純な力バランスは均衡しているということか。

現代において絶対的な魔と、バラエティに富み一癖も二癖もある実力を持った魔法士が多く所屬している時代の明星。

「質対量か」

「まあ、それも狀況は大きく変わりましたが」

ルベルメルは再び浸かり、冷えた肩に湯をかける。

「どういうことだ？　僕がお前らの側についたことか？」

「それももちろんありますが、ブランディ家でございます。しきれていないでしょうが、エインズ様がブランディの側についている。これは大きく狀況を変えるでしょう」

「たしかに僕もあいつから魔を教わった。だが、それほどのものか？　僕はあいつが魔にさえ負けてしまう程度に思えるんだがな。実際、僕の魔はあいつに効いた」

「本人に聞いていませんので確証はありません。確定されていない以上、安易に口に出すことは避けますが」

閉口するルベルメル。

彼の直は、エインズこそが銀雪の魔師なのではないかと告げている。だが、彼が生きていた時代は二千年も前。ありえない。加えて、その間の形跡を一切殘さず急に現れるということも。止まっていた彼の時間が飛び、まるで今き出したかのように。

二千年ほどではないが、悠久の魔も一般の人間では考えられない程長く生きながらえている。これがルベルメルにエインズの可能を告げているのだ。

「それでこの後はどうする。お前らの拠點に行くのか？」

口を閉ざしてしまったルベルメルに、ダリアスは話題を変える。

「そうしたいところなのですが、私達にはまだやらなくてはいけないことがあります。ですので、南に下りましょう」

「キルクを離れることは分かっていたが、南か……」

「はい、南には港灣都市があります。流は人の命に直接繋がるものですからね。流の崩壊は生活の崩壊。つまるところは王家への不満、政治機能の停止に追い込むことに繋がります」

「……お前たちは本當に悪黨だな」

「ふふ。さてダリアス様。せっかく汗を流してすっきりしたところ申し訳ないのですが、風に吹かれる覚悟はできましたか？」

はあ、とダリアスはため息をついてルベルメルに尋ねる。

「港灣都市にももちろん、良い浴場はあるんだろうな？」

「相風呂になっても？」

「……好きにしろ」

〇

「それではエインズ殿、よろしくお願いします」

「ええ。これくらい良いですよ。ご迷をおかけしましたし」

向かい合うのはエインズとセイデル。

ルベルメル、ダリアスによる被害によって魔學院は休校していた。その修練場の一つを借りてセイデルとエインズが手合わせをするというのだ。

「僕はどこまでを？」

あっけらかんと話すエインズに神妙な面持ちのセイデル。

「全力で、……と言いたいところですが、すみません。エインズ殿には魔の使用は控えていただけると」

軽く頭を下げるセイデルに、エインズは頭を上げるよう手振りする。

「エインズ殿、をお借りします」

「ええ。こちらは大丈夫ですのでセイデルさん、いつでもどうぞ？」

エインズはまさに力のっていない自然で佇んでいる。

その白濁とした右目に碧眼の左目は、闘志のを見せていない。

あの時、書庫でセイデルが見たエインズの魔師としての闘志。だが、こうして今向かい合っているだけでもセイデルはエインズにかなりの重圧をじている。

「……魔を制限した、純粋な魔法での手合わせ。ですが、まったく勝てる気がしないですね……」

セイデルはため息を一つ吐くと、「行きます」と言い前へ駆ける。

手をかざし、火槍を発現。それから橫へ方向を変え、エインズの右方へと回り込みながら続けて火槍を発現させていく。

もちろん無詠唱での発現。

「流石にライカよりも質がいいですね、セイデルさん」

エインズの前方から右方へ囲むように宙を浮く火槍。それらを見やりながら左手を前に出すエインズ。

「斉！！」

セイデルは火槍をエインズに向けて斉すると同時、自らに強化の魔法をかけエインズの懐へ飛び込む。

火槍の対応に追われるエインズを魔力で高めたで理的に叩くつもりのセイデル。

「『解除』」

指を下げながら呟くエインズ。

それだけでエインズに向けられていた火槍は宙で溶けて消える。

セイデルが近接する前に、エインズは処理を終わらせてしまう。

「なんと！？　私の魔法に迎撃をするまでもないと！」

セイデルはすぐに思考を切り替える。

このまま突っ込んでも間違いなくエインズには敵わない。

なぜなら近接戦闘の腕前はタリッジとの打ち合いでセイデルは確認している。

剣王クラスの剣士と渡り合えるエインズに、強化しているとはいえ魔法による妨害もなしに近接戦闘において一本取ることは難しい。