《【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに~》26

「リーザロッテ様、失禮いたします。キリシヤでございます」

王城の一室、キリシヤはドアをノックして返事を待つ。

「キリシヤか。っていいぞ」

キリシヤはドアを開け、頭を下げて中にる。

日も完全に沈み、窓から覗けるのは、半分に欠けた月のみ。

天井から吊り下げられた、魔石を力とした豪華な魔力燈が煌びやかに輝いている。

「どうしたキリシヤ。妾はそなたを呼んでおらんぞ?」

そう話すリーザロッテは、テーブルを前に座って食事をしていた。

「先日の……、書庫での一件についてお聞きしたいことがございます」

リーザロッテの食事、キリシヤはいつ見ても彼の食事スタイルが慣れない。

夜だというのにリーザロッテの前にはサンドイッチ、目玉焼き、フルーツ、そしてミルクといった軽食。それも朝食として食べられるものばかり。

そんな食事を取ってしまえば、は今が朝だと勘違いしてしまいそうだ。

「なんだ。片が付いたであろう? もちろん、學院の復舊にはちと時間はかかるがな」

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まるで無理やり口に突っ込むようにしてサンドイッチを頬張り、ゆっくりと咀嚼するリーザロッテ。

「そうではありません。なぜあの時、リーザロッテ様はエインズさんを止めたのですか? エインズさんは私のみ、『正義』を形にしてくれたかもしれないのです」

それは力のこもる強い眼差し。

リーザロッテはちらりとキリシヤの目を見た後すぐにテーブルの上のフルーツに目を落とす。

「いいや、そうはならん」

きっぱりと言い放つリーザロッテ。

「どうして」

「それは魔だからだよ。そなたの『正義』を魔という形で現わすにすぎない。キリシヤもあの場を見ていたのなら薄っすらと分かるだろう? 魔の本質が」

リーザロッテはため息をつく。キリシヤに対して魔を話したくはなかった。それを聞けば興味を持つことは必至、志を高く持ち実現できずに藻掻く人間ほどその萬能な一面に目がくらむ。

だが魔はそんなに優しいものではない。

「魔の本質はだ。何にも代えられないを形にしたもの、それが魔だ」

「はい、ですから私は私の思う『正義』を魔に——」

「そなたの『正義』、それはなべて自が正確に把握出來ているか?」

「……どういうことですか?」

とは心の奧底に潛むもの。自でも完全にそれを把握することが難しいくらいにな。そして魔に忠実だ。外面のしい理想論を語った言葉だろうが、醜い言葉だろうが魔にそれは関係ない」

丸いフルーツをフォークで刺そうとしたリーザロッテだが、フルーツはまるでフォークから逃げるように転がる。

「特に『正義』を形にしたいのであれば尚更だ、キリシヤ。自を完全に手なずけなければきっとそなたの思う魔にはならんぞ」

「……」

「……魔は個人のなのだ。個人のが萬人のためのものである方が不自然だ。どこかに綻びがある、醜悪がある、殘がある。妾がそなたとエインズの間にったのはまさにそこよ。そなたは自と『正義』に向き合えていない。これではきっと魔に目覚めたとしても、その後の現実に苛まれていただけであろう」

フォークで刺すのが煩わしくなったリーザロッテは、手つかみ口に運ぶ。

その酸味がリーザロッテには不愉快。

「……」

「……魔など萬能なものではない。己の想いだけで目覚めた魔ならまだ良い。だが、人の言葉を借りて気づかされるの形は、完全に把握できておらず大きな乖離が必ずある。加えて魔にはそなたらが知らぬ呪縛がある。自が思い描く理想の魔の発現に至らなかったとしても魔の呪縛は必ずあるのだ」

キリシヤは、リーザロッテの「魔の呪縛」という點以外については何となく理解でき、納得できた。

そしてつまり、今回もまたキリシヤはリーザロッテから守られていたことに。

「そなたの『正義』は魔以外でも実現できるだろう、その志を失わなければ。そして仮に、それが自の願いのみによって魔に至ったのであればそれこそがキリシヤにとって正しい『正義の魔』なのであろうな。その時は妾もそなたを、歓迎しよう」

そう語るリーザロッテの表は歓迎するような嬉しさをまるで包しておらず、その逆に見られる。

「リーザロッテ様は私を書庫から帰したあと、エインズさんと何か話されたのですか?」

「何もしておらんよ。やつは妾に対して好戦的だったがな、あそこでやり合ったところでお互い無為な時間を過ごすだけだ。魔師の『死』は制約によってのみ裁定される」

制約? とキリシヤは疑問に思ったがそれは魔師にとっては當たり前の周知の事象なのだろうと考えた。

「それでもエインズさんもリーザロッテ様も、……人、なのでしょう?」

「ふふ、『人』か。久しく自を人だと定義することを忘れていた。だがそうだ、妾もやつもを流すし、老化もする。栄養を取らなければ病にかかるし、死もする。長剣で元を突き刺せば心臓だって止まる、なんら変わりはない。だが、魔師にとっての『死』はそこにはないのだ、キリシヤ。魔の呪縛がそれを許さない」

「……」

キリシヤにとってそれらは全く理解できない容だった。だが、魔はキリシヤが思っていた程、しく萬能なものではないことはぼんやりと認識できた。加えて、どこか恐ろしさを包していることにも。

「話はそれだけか? ならば戻れ。もう夜も遅いだろう」

「……はい、ありがとうございましたリーザロッテ様。貴重なお時間をいただきまして」

頭を下げるキリシヤ。

「よいよい。妾が何と呼ばれているか知っているだろう? 悠久の魔だぞ。妾が過ごす時間の大半は無為なものよ。やはり人と言葉をわすのは良いことだな、こう一人で長い時間を過ごしていると味気ないものだ」

リーザロッテは目を下げ、頭を戻したキリシヤを見やる。

キリシヤは穏やかなリーザロッテの表が見られ、ほっと一息つけた。

そのままドアを開け、出る直前で再度頭を下げてから後にするキリシヤ。

ドアの締まる音が聞こえて、部屋にはリーザロッテ一人となった。

「……まったく。キリシヤの自我が揺れいていると言うのに、ヴァーツラフもハーラルも何をしているのか。……やつらは本當に決定的な場面において手遅れになってしまう、は爭えんな」

そうリーザロッテは空いた皿を見ながら呟き、そして自嘲するのだった。

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