「き、貴様、正気、なのか……？」

俺の答えを聞いた偽神はそう口にした。

「ふむ、俺自は自分を正気だと思うが、自分っていう存在をあまり客観視したことがないからな。他人から見ると、俺は案外正気ではないのかもしれない」

まぁ、自分が他人からどう思われるかなんて、どうでもいいんだけど。

「もう、よい」

偽神は會話を切り上げるようにそう口にした。

そして、瞬きをしたときには、元の世界に戻っていた。

他のＤクラスと戦っていた砦近くにだ。

周囲を見ると、異界ではがバラバラに刻まれたクラスメイトたちが五満足の狀態で倒れている。

その中にはビクトルの姿もあった。

見た限り、全員生きてはいるようだ。

偽神の展開した〈混沌の境域(カオス・アーレア)〉において、に干渉できないという事実が改めて立証された。

「こっちの世界で貴様を殺すことにする」

「それは困るな」

この現実世界で殺されたら、本當に死んでしまうからな。

それは避けるべき事案だ。

「〈召喚(エヴォケーション)――フルフル〉！」

偽神が俺に猛威を振るおうとしていた。

だが、さしたる問題はないのだろう。

なぜなら、今この瞬間まで、全てが俺の計畫通りに事が進んでいるのだから。

「〈召喚(エヴォケーション)――フルフル〉！」

偽神が球の悪魔、フルフルを召喚する。

「〈気流作(プレイション・エア)〉」

攻撃される前に、倒してしまえばいい。

そう思った俺は、得意の窒素の作による窒息を狙う。

「あ、が……ッ」

息ができなくなった偽神は一瞬、よろける。

だが、それも束の間、偽神はニヤリと笑ったかとの思うと、俺の方へと一瞬で飛び込んできた。

「くはっ、なるほど酸素の概念を理解しておるのかっ！」

どうやら偽神も俺の魔を理解しているようだ。

そして、俺の〈気流作(プレイション・エア)〉の攻略法として最も有効なのが、俺に近づくというものだ。

俺の周囲まで窒素で充満させてしまうと、俺自が息をできなくなってしまう。ならばこそ、俺の周囲は酸素で溢れているわけで、俺の近くが最も安全な場所となる。

「フルフル、増しろッ！」

と、偽神がフルフルに指示を出す。

途端、一だけだったフルフルは何百と數を増やしていく。

このままだとマズい。

とっさに〈氷の壁(フィエロ・ムロ)〉を繰り出そうとして、考え直す。

フルフルの能力は雷撃。

一度、ミレイアの部屋に招待されたときに見せてもらった。

そして、これだけの數のフルフルが雷撃を放ったとしたら、〈氷の壁(フィエロ・ムロ)〉では恐らく防げない。

ならば、最も確実な手段をとろう。

「〈発しろ《エクスプロシオン》〉」

自分も巻き込まれるが、それは仕方がない。

大量のフルフル、偽神、そして俺が発に巻き込まれる。

が後方に吹き飛ばされるが、一応意識は保つことができている。概念の世界(イデア)であれだけ殺された後だからな。この程度の痛み、なんてこともない。

「まさか自覚悟の攻撃をするとはな。貴様を相手にするのは骨が折れる」

「えっと、褒められてるんか、俺は？」

「そんなわけがあるか」

俺とは反対側に吹き飛ばされた偽神がそこにはいた。

ボロボロではあるが、まだ無事なようだ。しかし、あれだけいたフルフルは一も見當たらなかった。もしかしたらフルフルを盾にすることで、直撃を免れたのかもしれない。

「とはいえ、吹き飛ばされた先に人間がいるのは僥倖だな」

ふと、偽神の足元に気絶しているビクトルがいることに気がつく。

「まずは一、魂を喰らおうか。貴様を殺すのは、それからでいい」

そう偽神が宣言すると同時。

２つの魔法陣を展開した。

「〈魂を魔力に変換(コンヴァシオン)〉、そして〈化(カーネ)〉」

これはまずいかもな。

「〈氷の槍(フィエロ・ランザ)〉」

と、俺は氷の槍を展開し、阻害しようとするが、偽神との距離が意外と離れている。

これは間に合わないな。

「貴様ッ、この期に及んで邪魔をする気かッ!?」

様子がおかしい。

生贄の対象になったビクトルに変化はない。

偽神は誰かに怒鳴っているが、その誰かがわからない。

「アベルさんッ！　私が今、きを止めていますから――ッ」

それは偽神と同じ口から発せられた聲、そうミレイアが発した聲だった。

「だから、今のうちに私を殺してくださいッ！」

「よくやった、ミレイア」

もし、偽神がビクトルの魂から得られた魔力を元にしたら、俺では手を付けられない存在になっていたかもしれない。

だから、ミレイアが偽神のきを止めてくれて助かった。

「やめろッ！　やめるんだッ！　ミレイア！」

偽神アントローポスがぶ。

「いえ、やめませんっ、早く私を殺してくださいっ！」

同じ人から正反対の言葉が飛びう。

そんなミレイアに俺はゆっくりと近づいた。

「悪いな、ミレイア」

「いえ、構いません。私が死んで偽神も死ぬなら本ですから」

ミレイアが俺を決意の眼差しで見る。

その姿を見て、俺はすごいな、と心した。

俺なら自分が死ぬとわかった瞬間に、こんなふうに堂々とした立ち振舞はできないだろう。

「殺すなっ、殺すのをやめろッ！」

と、慌てふためく偽神のように俺も死ぬ瞬間はこんな風にパニックになるに違いないな。

勇敢なミレイアの姿に俺は心の中で敬意を示しながら、手をまっすぐばす。

そして――

「〈魂を魔力に変換(コンヴァシオン)〉」

俺には魔力が足りないからな。だからこそ、偽神、お前の魂を魔力に変換させてもらうぞ。

〈魂を魔力に変換(コンヴァシオン)〉。

會長の研究資料を見て、覚えた魔の一つ。會長が専門に研究しているだけあって、膨大なデーターがそこには記載されていた。

おかげで、変換効率が非常に高くなった。

それでも、會長の〈魂を魔力に変換(コンヴァシオン)〉は完していなかった。

會長の〈魂を魔力に変換《コンヴァシオン》〉では、計算上得られるはずの魔力量に比べてほんの僅かでしかなかったのだ。

つまり會長の〈魂を魔力に変換(コンヴァシオン)〉にはがあるわけだが、そのを埋める存在こそ、目の前にいる偽神アントローポス。

偽神アントローポスは人の魂を喰らって力を得ようとしていた。

そして、現に俺の目の前で完璧な〈魂を魔力に変換(コンヴァシオン)〉を使おうとしていた。

ミレイアが渡した魔資料にも書かれていたが、まさかこんな事実があったとは驚きだよ。

――魂はお前ら偽神が創ったものなんだな。

原初シリーズでは、神が魂を創り、その後にを創ったと書かれているが、どうやらそれは間違いだったらしい。

実際には、魂は偽神が創り、そのとなるのみを神が創ったというのが正しい歴史らしい。

そのことへの理解が會長には足りなかった。だから、會長の魔は未完のままだったわけだ。

十分、魔力が溜まったな。

なら、もう一つ大規模な魔を発させよう。

そうして、俺は呪文を口にした。

「〈隷屬化(エスクレイボ)〉」

これも會長に教えてもらった魔の一つだ。

會長は〈隷屬化(エスクレイボ)〉によって蛾を使役させていた。

今回、俺が〈隷屬化(エスクレイボ)〉を使った対象は、そう目の前にいる――

「アベルくん、これはどういうことですか？」

「あー、さっきも悪いな、とは言ったが、それはお前の願通り殺さなくて悪いなって意味だからな」

「おい、貴様ッ！　これは、なんの真似だ」

「〈隷屬化(エスクレイボ)〉を功させるために、偽神の魂を魔力に変換させてもらった。俺の魔力はゼロだからな。どうしても偽神の魔力を使う必要があったんだよ」

「ふ、ふざけるなッッ！」

偽神のび聲が聞こえたと同時、ミレイアのに変化が訪れる。

「え？」

と、ミレイアが疑問を口にする。

そこには一人のがいた。

地面につくぐらいび切った艶のある金髪にツリ目がちの両目。それに全的にい軀。

あぁ、よく見るとこいつだ。

「お前、偽神アントローポスか？」

一応、確認してみる。

「な、なんだ、これは!?　な、なぜ我がこんな子の姿に!?」

口調から察するに偽神に間違いないようだ。

ミレイアのにいた頃は、低い男の聲質だったのが、今や甲高いの聲質になっている。

まさか、こんな姿で顕現するとはな。

そういえば偽神は〈化(カーネ)〉の魔を発させようとしていた。この姿は中途半端な形で〈化(カーネ)〉が功してしまったせいなのかもしれない。

ともかく――

「うおおおおおおおっ、やったぁああああ！！」

「おい、我を持ち上げるな。持ち上げて振り回すなッ！」

うん、久しぶりに心が酔いしれる気分だ。

しかったものが手にったんだ。

はしゃぐのも仕方がない。