《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》見習いの大聖 01
一夜明け、仕事場である救護用の天幕に向かう途中でルクスを見かけたマイアは不覚にも揺した。
やっぱり記憶にあるのと同じ、らかそうな焦げ茶の髪に茶の瞳の穏やかそうな顔立ちの青年だ。
同じ傭兵仲間らしい人達と一緒にいるが、格のいい男たちに囲まれているからかなり華奢に見えた。
レザーアーマーにを包んだ軽戦士という出で立ちで、腰には刺突用の剣である長いエストックを裝備している。
エストックは貴族が好んで使うレイピアと違って、より大きく無骨で実用的な剣だ。
ルクスがマイアに気付いた。しかしダグやイエルと一緒にいる事を気遣ってか聲は掛けてこない。
その代わり目配せされてマイアは慌てて目を逸らした。
こっそり抜け出した事がダグたちにバレたら大目玉を食らう。絶対に知られたくなかった。
◆ ◆ ◆
聖は大切にされているので、決して無理な治療はやらされない。
首都にいる時も遠征中も、聖が治療に従事する時間は決まっていて、その時間外に負傷した者はよっぽどの理由がない限り呼び出されてまで治療をすることはないし、仮に時間でも魔力が切れたらその時點で治療は打ち止めとなる。
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早朝は前日魔力切れや時間切れで癒しきれなかった者がいたら治療を行い、治療待ちの負傷者がいない日は醫療資の點検をする事になっていた。
今日は前者なので、昨日魔力切れで癒しきれなかった負傷兵を順番に癒していく。
アベルが救護用の天幕を訪れたのは、その負傷兵の治療が一段落した時だった。
「アベル殿下、討伐には向かわれなかったのですか?」
尋ねたのはダグだ。彼は左目を失うまではアベルの側近を務めていたので面識がある。
「聖見習いが急遽首都から送られてくることになったので出迎えに向かっていたんだ。……りなさい」
アベルの後ろから天幕にってきたの姿に、マイアは大きく目を見張った。
白金の髪に青金の髪の妖のようながそこにいた。
ほっそりとしたは折れそうなくらいに華奢なのに、出るべきところはしっかり出ていて、聖に支給される純白の制服をに付けた姿は大地母神テルースみたいだ。
けぶるように長い睫にき通るように白い、頬はほのかな赤みがさしており、まるで等大の人形がそこに立っているようだった。
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質な形のアベルと並んだ姿はため息が出そうになるくらいお似合いだ。
「彼はレディ・ティアラ・トリンガム……トリンガム侯爵家のご息だ。マイアと同じく十代になってから魔力が急発達した聖で……し事があり、國王陛下に願い出て特例が認められ、領地で聖としての學問に勵んでいたそうだ」
「初めまして、マイア様。正規の教育をけていないという意味では私もあなたと一緒ですね。どうぞよろしくお願いいたします」
「聖認定はまだだが、今日から見習い聖として力を貸してくれることになった。マイア、々と教えてやってしい」
何がどうなっているのかわからないが、異例中の異例なことが起こったようだ。
マイアのようにある程度の年齢になってから魔力が急発達するのも異例なら、討伐遠征中に突然見習い聖が現れるのも異例である。
森の外の村からこのベースキャンプまでは馬車を使っての行軍なら丸一日はかかる。
マイアは戸いが先にきて、返事をするのも忘れてぽかんとティアラを見つめた。
「マイア」
アベルから咎めるように聲をかけられ、マイアは慌てて我に返るとティアラに向かって會釈した。
「よ、よろしくお願いします……」
アベルはそんなマイアにため息をついた。挨拶もまともにできないのかと言われているみたいだ。
「……まずはここのやり方を々とマイアから彼に伝えるべきだろうが、先に確認したいことがある。ダグ、こちらへ」
アベルに呼び出され、ダグは眉を顰めつつもアベルの前に進み出た。
「眼帯を取りなさい。ティアラは目や四肢の再生ができるそうなんだ」
その言葉に、天幕の中にいた全員の視線がティアラに集中した。
(欠損の再生ができるですって……?)
あり得ない、と思った。それは現在の最高位の聖であるフライア王妃にもできないはずだ。
失われた部位の再生は神の業と言われている。かつてそれをし遂げた聖が歴史上一人だけ存在したが――。
偉大なる再生の大聖エマリア・ルーシェン。
彼は百五十年ほど前に隣國の魔大國アストラで活躍した史上最高の聖と呼ばれるである。
エマリアの治癒魔で治せない怪我人はいなかったと言われている。それこそ四肢の欠損から心臓を刺し貫かれた患者まで、息さえあれば治療できたという伝説の大聖だ。
「まあ、左目を失われたのですね。お気の毒です」
ティアラはダグを手近な椅子に座らせると、その前に立ち、普段は眼帯の下に隠れている眼窩に手をかざした。そこはあるべき眼球が失われているせいで大きく凹んでいる。
「目を閉じていてくださいね」
前置きをしてからティアラは手の平から魔力を流した。その手は手袋に包まれているが、その生地ごしに金のが溢れ出る。
「欠損の回復には時間がかかります。しお待ちください」
「……ぐっ」
ダグはき聲を上げて顔を盛大にしかめた。
一彼のの中でどんな変化が起こっているのだろう。
「申し訳ありません。痛みますか?」
「はい。正直、かなり……。耐えられないほどではありませんが」
「再生には痛みが伴います。どうかもうし我慢してください」
変化が訪れたのはで十分ほど経過した時だった。
その場にいた全員が固唾を呑んで見守る中、ティアラの手の平から放たれたが収束して消えた。
が消えると、ダグの左目が落ち窪んだ狀態からただ目を閉じている狀態へと変化している。
「ゆっくりと目を開けて頂けますか?」
ティアラの言葉に従いダグが目を開けると、右目と同じ青灰の瞳が姿を現した。
「見える……」
ダグは自分でも信じられないのか、まばたきを繰り返した。
そして、ゆっくりと首をかしたり、手を目の前にかざしたりと視力を確認する様子を見せる。
「見えます、ティアラ様!」
「本當に見えるのか……?」
「はい! アベル殿下。見えます!」
ダグは興した様子でアベルの質問に答えた。彼は普段寡黙なので、ここまでをあらわにするのは珍しい。
「ダグ卿の目が治って良かっ……」
言葉の途中でふらりとティアラのが傾いだ。
一番近くにいたアベルが反応し、ティアラのをけ止める。
「ティアラ嬢! 大丈夫か!」
つー、とティアラの鼻から一筋のが垂れてきた。
マイアは慌てて制服のポケットから清潔な手巾を取り出すと、ティアラの鼻にあててやる。
「魔力切れかもしれません。殿下、そこのベッドに寢かせてあげてください!」
天幕の中は騒然となった。
「大聖エマリアの再來だ……」
誰かがつぶやいた言葉がマイアの耳に妙に殘った。
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